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カワラナイ朝  作者: 白空
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第2話 少女とゲーセン

 白石とスーパーで別れてから数日後、俺の予想通り彼女はクラスの中で浮き気味になっていた。話しかける人間も徐々に少なくなっていった。だが別段彼女は一人を苦にしていないように見えた。休み時間や昼休みになるとよく小難しい本を読んでいるのを目にする。ただ時々クラスの中で騒いでいる連中をみて一瞬、沈鬱な表情を浮かべているのが印象的だった。



 次に白石と対面したのは、彼女が転校してきてから一週間後の放課後だった。意外だったのは彼女から話を持ち掛けてきたことだった。


 「神谷君、ちょっと私に付き合ってくれない?」


 耳を疑った。こいつは突然何を言ってるんだ?そもそも俺と白石は友達ですらない。いきなり彼氏彼女の関係とか、ちょっとぶっ飛びすぎではないか。だが案外彼女も色恋沙汰には興味があるのかもしれない。小難しい本を読んでるのに意外と頭はお花畑――。


 「この近くにあるゲームセンターってどこかしら」


 ――お花畑なのは俺の頭でしたね、はい。べ、別に期待してたわけじゃないんだからね!


 「なんでまた。というかお前から頼みごとをしてくるなんて初めてじゃないか」

 「今までの経験上貴方に頼み事をするのが一番効率的だと判断したからです」

 「お前もやっと俺の価値を理解し始めてくれたか」

 「ストーカーはいろんな場所を知っていますからね」

 「俺がいつお前のことをつけまわしたんだよ」

 「転校初日の放課後に私が買い物に行くところに、貴方が後ろから声をかけてきたじゃない」

 「お前が道に迷っているように見えたのは気のせいかな?」

 「気のせいですね、間違いなく」


 どうやら彼女は俺に頼ったという事実をなかったことにしたいようだ。どんだけプライド高いんだよ。


 「とにかく、私はゲームセンターに行きたいのです。案内を頼みたいのですが」

 「うーん、ここらでゲーセンっていうと学校から西のほうに大きめのショッピングモールがあったはず」

 「ではさっさとそこにいきましょう」


 そういうと白石はかばんを持って先に教室を出て行ってしまった。いや、頼みを引き受けた覚えは一切ないんだけど……。そう思いながらも俺はかばんを持って渋々彼女の後を追った。



 ここは県下最大級の大きさを誇るショッピングモールだ。ゲームセンターは言わずもがな、洋服店や飲食店から映画館やカラオケ店まで、多彩な専門店が一つにまとまっている。ここら一帯に通う高校生の遊び場といえば、基本的にはここを指すだろう。まあ今日はゲーセン目的なので、ほかに用はないのだが。


 「それで、なんでゲーセンに行きたいんだ?」

 「私、一度もゲームセンターに来たことがなかったから、一度くらいこういう場所に来てみたいと思ってたの。あ、用は済んだのであなたはもう帰っていいですよ」

 「なにそれひどい。感謝の気持ちとかは持ち合わせてないのか」

 「教室に置いてきました」

 「肌身離さず持っておいてくれよ……。せっかくここまで来たんだから俺も遊んでいこうかな」

 「あちらに大型電動自動車の乗車体験がやってるそうよ。一回210円だって」

 「バスに乗って家に帰れと!?」


 突っ込んでる間に白石はゲームセンターに入って行ってしまった。恩知らずにもほどがありすぎる。ぶつぶつ文句を言いながら自動ドアをくぐると、ゲームセンター特有の電子音が爆音で流れていた。何度来ても慣れないな、と思いながら白石のほうをみると、彼女も俺と同じように微妙に眉をひそめていた。


 「ゲームセンターってこんなにうるさいものなの?」

 「まあゲーセンなんてどこもこんなもんだろ。でもゲームに集中してると意外と気にならなくなるぞ」

 「あら、まだいたの。もうすぐバスの発車時刻よ?」

 「もはや隠す気すらないのな、いっそ清々しいわ。それはそうと何のゲームで遊ぶ気なんだ?」

 「まだどんなゲームがあるのか知らないから、見て回るわ」


 そういうと白石は店内を歩き始めた。ここのゲームセンターは比較的メジャーなものが一通り揃っている。クレーンゲームやメダルゲーム、リズムゲームやシューティングゲームなどがずらりと並んでいる。


 「あのゲームはどうやって遊ぶのかしら」


 そういって白石が指を差したのは、クマのぬいぐるみが鎮座するクレーンゲームだった。


 「あーそれはクレーンゲームって言ってな。ほら、上のほうにアームがぶら下がってるだろ?あれをこのボタンで移動させて、位置を調節してクマを掴んでこの穴に落とせば、景品ゲットというわけだ」

 「それだけ?案外簡単なのね。この店、経営的に大丈夫なのかしら」

 「まあ物は試しだ、一回チャレンジしてみろ」

 「いわれなくてもやるつもりよ」


 そう言うと白石は台の前に立ち、お金を入れてボタンを押し始めた。初めてにしては上出来なくらい、縦、横ともに正確にクマの真上にアームを配置できている。そのままアームがクマに近づいて、持ち上げる。白石が勝利を確信した目でぬいぐるみを見つめていたが、事はそう簡単ではない。ちょうどぬいぐるみの足が宙に浮く寸前、アームの力が足りずにぬいぐるみがずり落ち、そのままアームは元居た場所にむなしく戻っていった。


 「これ、壊れてない?今確実にがっちりとつかんでいたわよね」

 「これに限らずどのクレーンゲームもアームの力はぬいぐるみが持ち上げられないくらいには弱く設定されている。だからこういうのは何回もプレイして少しずつ場所をずらして景品を落とすのが定石だ」

 「それだとどれだけお金が必要か見当もつかないわ」

 「まあクレーンゲームなんて得てしてそういうものだ。時間とお金があればなんでもとれる」

 「身も蓋もないわね……」


 いまいち釈然としてなさそうだったが、やめる気はないらしい。すぐに百円を入れて次のプレイを始めていた。俺も通った道だが、これがなかなかきつい。何がきついかって、獲れるかもわからないぬいぐるみに延々とお金を費やすことだ。まあ最近はコツをつかんできて、どのタイミングで店員に助けを呼ぶかが的確に見極められるようになった。まったくもって別ベクトルのコツを掴んでるのは気のせい以外の何物でもないですね、はい。


 そんなことを考えながら白石のプレイを見ていると、どうやら彼女にはクレーンゲームの才能がないようだ。千円突っ込んでるにもかかわらず最初に配置されていた場所から数ミリしか動いてない。それもそのはず、最初と同じ位置にしかアームを置いてないからだ。こういう大きい商品は胴体を掴むより、腰部分についているタグに引っ掛けないと微動だにしない。だが素人同然の白石は気づきもしないだろう。愚直にも何度も同じプレイを試みては失敗している。だんだんと白石の顔も険しくなってきている。


 「思ったんだが、そこまでしてこのぬいぐるみが欲しいのか?」

 「いえ、そこまでこのぬいぐるみが欲しいわけではありません。そもそもぬいぐるみ自体実生活では実用性皆無です。大金をつぎ込んで手に入れようとする神経が私には理解できません」

 「今のお前の行動を動画に撮って後で見せてやろうか?」

 「とうとうストーカーとしての本性を現しましたね。いま手がふさがってるのであなたが自分で警察に通報してください」

 「斬新すぎる自首だなおい」


 とにかく俺を犯罪者に仕立て上げたいということだけは理解できた。いつか冤罪で牢屋にぶち込まれる日が来るかもしれない。そんな日は永遠に来ないと信じたい。


 「でもさっきからほとんど動いてないじゃないか。本当に獲れるのか?」

 「……うるさいわね。黙ってて頂戴」


 いわれた通りに黙ってみること三十分。何一つ進展はなかった。つぎ込んだおかねはそろそろ五千円に到達する勢いだ。さすがにいたたまれなくなった俺は白石が次のお金を投入しようとするのを手で制した。彼女が困惑するのもお構いなしに手に持った百円玉を投入してアームを注視した。俺だってただ店員への交渉スキルを高めていただけではない。ちょっとした知識や小技を駆使して、ようやく五回目のプレイでぬいぐるみを穴に落とすことに成功とした。白石は驚いた表情をした後、悔しさを滲ませながらうつむいていた。


 「ほら、これお前にやるよ」

 「え?」


 先刻以上に驚いた表情をしながら彼女は聞き返した。


 「いや、これが欲しかったんだろ?あれだけ頑張ってたんだし」

 「で、でもそれは貴方がとったものでしょ?」

 「俺は別にこれいらないし。男が持ってても気持ち悪いだけだからな」

 「な、ならなんで獲ったの?」

 「お前が欲しがってたからだよ。もしかしていらなかったか?ならこれ捨てるしかないけど」 ←小説の作法として、終わりの鍵かっこの前に句点はつけてはいけないそうです。正しい知識かは分からないので、修正するかは白空様にお任せします。

 「……捨てるのはこのぬいぐるみにもお店にも悪いです。仕方がないから私がもらっておいてあげます」

 「それもそうだな」


 そう言って俺は白石にクマのぬいぐるみを渡した。受け取った白石は、仕方ない、と言った割には嬉しそうな表情をしていた。普段の凛々しい表情とは似ても似つかないほどあどけない顔に不覚にも、かわいらしい、と思った。だが、俺の視線に気づくと途端にしかめっ面になってしまった。その顔のまま、彼女は足早に出口の方向に向かって行ってしまった。


 「……素直じゃないなあ」


 彼女に聞こえないように小さくつぶやきながら、俺は彼女の背を追いかけた。



 「今日はありがとう。おかげで助かったわ」

 「お役に立てたならよかったよ」

 「それではまた明日」

 「おう」


 そう言うと彼女は俺に背を向けて歩き出した。彼女の姿が見えなくなるころにはもう夕日は沈みきっていた。もうじき夜になるだろう。


 「また、か」


 俺は彼女の言葉を反芻しながら、家の方角に向けて足を踏み出した。

更新はかなり遅いので許してください

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