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カワラナイ朝  作者: 白空
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第17話 少年と過去 2

 絶対におかしい。あいつが理由もなしに暴力事件なんて起こすはずがない。私は彼のことを深く知っているわけじゃないけど、それでも彼がそんな人間じゃないことくらいは知っている。


 私、白石琴音は軽く困惑していた。神谷君があんな反応をするとは思ってもいなかったから。あの時の神谷君はどこか後悔の念を心の中に秘めていた気がする。


 私は過去に、ある人に救われた。私がとてつもない絶望に襲われていた時に自分を顧みずに助けてくれた。


 だから、次は、私の番だ。


 私があの人の意思を継いで、彼を助ける番。


 私は転校初日から随分と神谷君に助けてもらった。元来内気な性格の私は新しい学校に対する期待よりも不安のほうが勝っていた。そのうえ初日に遅刻が確定していたこともさらに拍車をかけていた。


 そんなとき、神谷君は声をかけてくれた。道に迷っていた私を助けてくれた。照れくささと恥ずかしさでそっけない反応をしてしまった私を、それでも見捨てずに助け船を出してくれた。


 嬉しかった。あの時のように誰にも助けを求めることができずに不安になってた私に声をかけてくれたことが。

 

 それから何度も何度も神谷君と一緒に行動した。買い物、ゲームセンター、勉強、カラオケ、夏祭り。私は友達がいなかったから、そういった経験が少なかった。すべてが新鮮な体験だった。


 だから、神谷君と一緒にいられたのは純粋に楽しかった。神谷君が笑っているのを見て、私も嬉しかった。


 だからこそ、今の神谷君を見ているのはつらい。もちろん、私が原因っていうのはわかってる。それでも、彼が過去にとらわれている理由を知りたかった。


 暴力事件。彼には昔何があったのだろう。最近になってできたクラスの知り合いから聞いただけだから、全貌は知らない。それに、あの子たちは神谷君をひどく恐れているようだった。そんな子たちに聞いてもおそらくバイアスのかかった情報しか得られないだろう。


 と、なると。あとは一人しか心当たりがない。幸いにも以前、図書館で出会っている。神谷君の古くからの親友、北見君。彼なら神谷君について何か知っているかもしれない。


 そう考えた私はすぐに北見君とコンタクトを取るために動いた。


 ☆


 「珍しい、というか初めてじゃないかな。白石さんから話があるなんて」


 放課後、声をかける暇もなく教室を出て行ってしまった神谷君を後目に私は北見君に声をかけた。学校では話しにくいことだからってことで私は前に使ったファミレスを指定した。北見君は部活があったようで一時間後に落ちあうように決めた。


 「それで、聞きたいことって何?」


 北見君がコーラをちびちびと飲みながら私にそう問いかけた。私は数秒間迷ったが、ここまで来たら後に引けないと考え、意を決して北見君に尋ねた。


 「神谷君のことで話があるの。クラスの子たちが話してたのを聞いたの、神谷君が昔暴力事件起こしたって。それについて詳しく聞きたいの」


 私が訪ねた瞬間、北見君は眼を大きく見開いて驚いた後、次いで気まずそうな表情をした。確かに、友人がそんな悪評を立てられていてはいい気はしないだろう。


 「……そうか。そいつはちょっと厳しい相談だね。そうやすやすと俺の口から話せることじゃない」

 「神谷君にも直接聞いたの。でも全く取り合ってくれなかった。それで、北見君なら何か知ってるんじゃないかと思って……」

 「本人が言ってるなら、知られたくないことなんじゃないの?」


 その通りだ。私は別に誰かに頼まれて神谷君の過去を調べているわけではない。私は、私の意思で知りたいと思っている。言うなれば、私のエゴだ。


 それでも。


 それでも、私は、彼のあんな顔は見たくない。すべてに絶望して、諦めたような表情。彼に尋ねたとき、彼の瞳から光が消えて、今まで近かった距離が一気に遠のいた感じがした。


 わかってる。


 私が過去を知れば知るほど、彼は私から遠ざかっていくって。


 けど、私は彼に借りがある。それを返すまでは、諦めない。


 「……それでも、私は、知りたい。傲慢かも知れないけど、もう彼にあんな顔をさせたくない。そのためには真相を知らなくちゃいけない気がするの」

 「……」


 北見君は私の顔をみて、それから黙りこくってしまった。一度しか会ってないのにこんな話をされて困惑しているのかもしれない。あまりにも不躾なお願いごとに呆れているのかもしれない。


 北見君がゆっくりと口を開いた。


 「正直に言うとね、俺は君のことをよく知らない。まだ一度しか顔を合わせてないからね。それでも、圭がいまだに交流を続けているということは、何か君に思うところがあるのかも知れない。あの事件以来、圭は人を避けてたからね」

 「……」

 「だから、あいつに、圭に変化をもたらせるとしたら君しかいない。俺では、慰めることが精いっぱいだから」


 そういう北見君はつらそうな表情をしていた。


 「それに、君には一つの希望を見ている」

 「希望……?」

 「そうだ。もしかしたら本当に圭を過去から救い出せるかもしれない」


 北見君は遠回しにそう言った。


 「どうか、圭に『未来』を見せてやってくれ、頼む」


 北見君はそう言って頭を下げた。本来、神谷君の心の中にずかずかと土足で踏み込むような行動をする私が頭を下げるべきだ。


 だが、北見君は一向に頭を上げない。おそらく、彼は長年の間、そばで神谷君を見てきたのだろう。そばにいるのに何もできなかった無力さを抱えて。


 「私も同じ気持ちです。彼には、前を向いて生きてもらいたい」


 北見君はようやく顔を上げると、安堵したようにほっと息をついた。


 「俺から言ったってことは圭には言わないでくれ。といっても多分バレるだろうけど」


 北見君は笑いながらそう言った。


 「ええ、心に誓うわ」

 「わかった、じゃあ今から圭に何があったのかを話す」


 そう言って北見君は居住まいを正し、滔々と語り始めた。



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