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カワラナイ朝  作者: 白空
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第14話 少女と夏祭り 2

 「あの子めちゃくちゃ可愛くね?」

 「芸能人かなにかかなー」


 会場まで歩いていると、予想通りというかなんというか、白石はやはり人目を惹く存在のようだ。隣を歩いている俺でもわかるぐらい周囲の視線を集めていた。だが当人は気づいていないのか、それとも気にしないようにしているのかいつもと変わらない素振りで歩いている。いや、彼女にとってはこれが日常なんだろう。美人は得することも多いらしいが、その陰で苦労も絶えないだろうことは容易に想像できる。今その場面を直に見ている俺としては。


 「お祭りって具体的にどんなイベントがあるの?」

 「んー、基本的には屋台がずらーっと並んでいるだけだな。あ、20時から花火が打ち上げられるはずだ」

 「それはぜひ見てみたいわね」


 白石が楽しそうにしている。その笑顔を見ているだけでこっちまで楽しくなってくる。


 「まあ俺としては花より団子だけどな。腹が減った」

 「情緒のかけらもないわね……」


 白石がこめかみに手を当ててため息をつきながら目をつむっている。そうは言っても朝昼兼用にしたせいで一食分を省略している俺はもうすでに腹ペコだった。腹が減っては戦ができぬ。


 「てことでまずは屋台を見に行こう。焼きそばたこ焼きイカ焼きからあげ……」

 「ここまで本能に忠実なのはいっそ美徳なのかもしれないわね……」


 すべては腹を満たしてからだ。


 ☆


 「おいしいわね、これ」

 「だろ?」


 俺はおととしから来ていたので慣れたがここの祭りは割と大きいイベントのようで、ずらっと屋台が並んでいる姿は圧巻だった。ところどころに食べ物屋だけでなく射的や輪投げを楽しめるものもあった。


 白石はこういった屋台の食べ物になじみがないらしく、いろいろと吟味しては気になったものを購入していた。いま俺が食べているのはりんご飴、白石が食べているのは綿菓子だ。可愛い女の子が綿菓子を頬張っている姿は絵になる。対照的に……


 「……あなたがりんご飴を食べる姿ほど絵にならないものもないわね」

 「食べたいものぐらい食べさせてくれよ……」


 確かにこういうものを俺みたいなやつが食べているとイメージが崩れるかもしれない。だが誰に文句を言われるものでもないだろう。俺は自分が好きなものを食べる。


 「これを食べ終えたらあの射的?っていうのをやってみたいわ」

 「あれも要はクレーンゲームみたいなものだぞ。しかも店主のさじ加減で難易度が変わる分クレーンゲームよりもたちが悪いぞ」

 「やる前からそんな評判を流さないでくれるかしら」


 白石がじろっとこちらを睨む。しまった、彼女のやる気に水を差してしまった。


 「なら勝負してみないか?」

 「勝負?」

 「ああ、あそこの射的屋で一つでも多く景品を落とすことができたら勝ち」

 「へえ、それは面白そうね。でもただ勝負するだけじゃないわよね?」

 「もちろんだ。敗者は勝者の頼み事を一つだけ聞くってのはどうだ?」

 「望むところよ」


 話はまとまった。この勝負に乗ってくるってことはよほど自信があるのだろうか。だが彼女の今までを見る限り射的の経験はないはずだが……。何か秘策があるのだろうか?



 銃を構える。引き金を引く。撃つ。動作自体は割と簡単だが的に当てるとなると途端に厳しくなる。まあ射的に限っては技術があればとれるってものではないが、それでも基本技術がしっかりしてないと話にならない。


 その点で言えば白石の銃を構える姿を見る限りは俺との技術差はそんなにないことが分かる。浴衣では体が動かしにくそうではあるが。だが彼女の真剣な表情や一点を見据えているまなざしからは迫力を感じる。どんだけ負けず嫌いなんだよ……。


 だが俺とて負けてはいられない。この勝負に負けてしまったら俺は一生白石の奴隷になる可能性だってあるからだ。そうでなくたって彼女からどんな命令が下されるか分からない。それは絶対に避けないと。


 白石ばかりを見てないで俺も目の前の的に集中する。幸い射的の経験があるだけでこの勝負、俺のほうが有利に働くだろう。ちょうど目の前に倒せそうな小さなお菓子の箱がある。箱に狙いを定め引き金を引く。ぽこんと小気味よい音を立ててお菓子がバランスを崩して奥に倒れる。


 だが俺はすぐには喜ばない。さっきも言ったが射的屋とはすべて店主のさじ加減で決まる。つまり店主がイエスと言わなければその商品は手に入らないのだ。俺は祈るような気持ちで店主を見る。店主は俺のほうを見てにっと口の端を吊り上げる。判定はいかに――


 「これ、地面に落ちてないから景品はあげられないねー」


 ――これである。店主はお菓子の箱をひょいと拾って元の位置に戻す。理不尽だ。横暴だ。だが飲み込むしかない。これが店主の『さじ加減』だからだ。それでもめげずに何度も狙う的を変えてはチャレンジする。すべての弾を打ち終えて手元に残ったのは小さなチョコのお菓子と青色のヘアピンだった。うーん、我ながらなんでこんなものを狙ったのかわからない。多分、量を増やそうと画策した結果なのだろう。


 とはいえ、射的で二つも景品をとれたのは上出来といえるだろう。内心勝ちを確信しながら白石のほうに目を向ける。


 「たくさんとれたわ」

 「……え?」


 信じられないことに彼女の両手には抱えきれないほどの景品であふれかえっていた。正確にはわからないがおそらく10個はくだらないだろう。


 「え、なんでそんなにとれるんだ?」

 「え、普通に的に当てただけだけれど」


 白石も頭に疑問符を浮かべているが、それは俺も同じだ。普通に的を狙うだけじゃここにある景品は取れないはずだ。


 「的に当てて倒したらそこの店主さんが『お嬢ちゃん可愛いからおまけしてあげるよー』って景品をくれただけよ」

 「え!?」


 俺は驚いて店主のほうを見る。店主はバツの悪そうな顔をしてさっさと次の客の相手を始めた。おのれ店主め……。ただこれも店主の『さじ加減』なのだ。俺がとやかく言ったところで判定は覆らないだろう。


 「あら、あなたはそれだけ?」


 言葉こそ普通だが声音から明らかに煽っているのが分かる。こいつ本当性格悪いよな。


 「……男に二言はない。この勝負は俺の負けだ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」


 俺は力なくうなだれる。ああ、俺の平穏な人生よ。短い間だったが楽しかったぜ。また会えたら今度こそよろしくな。


 俺は自分で自分に今生の別れを告げながら白石が頼みごとを話すのを待った。白石はしばらくの間何を頼もうか悩んでいたが、視線を俺の手元に向けると何か思いついたような口調でこう言った。


 「じゃあそのヘアピンを私にくれないかしら」

 「これ?」


 そう言って白石が希望したのは俺がさっき射的でとった青色のヘアピンだった。でも見る限りこれは高価なものでも高級なものでもなさそうだ。


 「こんなので本当にいいのか?」

 「ええ」


 彼女は満面の笑みで答える。正直拍子抜けな内容だったが、彼女がいいなら俺が断る理由はどこにもない。


 「あともう一ついいかしら?」


 どうやら彼女の頼み事はまだ終わっていないようだ。まあアクセサリーひとつじゃ味気ないと感じたのだろう。俺は彼女の次の言葉を待つ。だが、彼女が口にした言葉は俺の想像をはるかに超える『お願い事』だった。彼女は真面目な口調でその言葉を口にした。


 「それ、神谷君が私に着けてくれない?」


 ……はい?

はじめて感想をもらえてとても嬉しかったです。誤字報告もありがとうございました。

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