第13話 少女と夏祭り
『夏祭り?』
『ええ』
図書館での一騒動から数日後。結局あれ以来俺と白石が一緒に勉強することはなかった。本来夏休みの課題を終わらせるために集まっていたのだから、その目的が消えた今となっては俺たちが会う理由はなくなった。
その間俺はどこか胸にぽっかり穴が開いたような毎日を過ごしていた。なまじ白石とほぼ毎日のように会っていたせいでそれがふと途切れるとどこか物足りなくなるのだろうか。
そんなこと考えていた矢先に白石から一通のメッセージが来た。画面を見ると『明日は暇?』と簡素な文面が表示されていた。
『暇だけど』
『可哀そうな人生ね』
『わざわざ煽るために連絡したのか!?』
まさかそんな返しをされるとは夢にも思わなかった。質問に答えただけで憐れまれるとは。
『どうせ私と会えなくて寂しかったんでしょう?』
『その自意識過剰ぶりを少しでも分けてほしいくらいだ』
本当にかわいくない性格をお持ちのようだ。
『それで、何の用だ?』
『ああ、忘れていたわ。明日、夏祭りがあるのは知ってる?』
『ああ』
彼女が言っているのは俺たちの住んでいる地域で開かれる花火大会のことだ。市内を半分に分ける川をまたぐ橋付近で毎年、多くの屋台が所狭しと並んでは街をにぎわす。学生やカップルのための目玉イベントかのように毎年多くの人であふれかえっている。
俺も中学までは毎年龍太と行っていたが高校に入るとそれも自然と無くなっていた。まあ龍太も部活とかの関係であまり時間が取れないだろうし仕方がない。
『それがどうした?』
『私、実は夏祭りというものに行ったことがないの』
『だろうな』
こういった遊びに疎いということは今までの彼女の行動からある程度予想はつく。今回もその一つだろう。
『なんだか馬鹿にされている気がするわ』
『してないしてない。ぜーんぶ気のせいだ』
『まあいいわ。それで虚しい夏休みを過ごしているあなたがあまりに惨めで見ていられなかったので、この私が直々に誘ってあげようかと思ってね』
『大きなお世話だ』
なんで夏休みまでこいつにいじめられなければならないのだろう。
『もう言質は取ったわよ。明日18時に駅前に集合よ。異論は認めないわ』
『いつも急すぎるんだよなあ』
いつもいつも強引だが、彼女から遊びの誘いを提案してくることが増えたこと自体は純粋にいい傾向だ。彼女にはもっと楽しい思い出を増やしてほしい。相手が俺ではいい思い出が増えるかは疑問だが。
まあ俺の夏休みの計画にも『夏祭り』は入ってたしね!両者の利害は一致している。一石二鳥とはまさにこのことだ。いやー効率厨だからなー。無駄なことが嫌いだわー。
☆
翌日、超効率主義者の俺はその調子でダラダラと無為な時間を過ごした。昼に起きては朝昼兼用の食事を食べ、そのあとにはゲームをした。俺が自分のアイデンティティーについて疑問を抱きかけていると、白石との待ち合わせの時間まで残り三十分を切ってしまった。急いで着替えて家を出る。遅れたらまたお小言をもらうかもしれない。
駅につくとロータリーの時点ですでに人の波であふれかえっていた。彼らの目的も夏祭りだろう、数人の団体や待ち合わせをしているらしき人たちで通る場所もないぐらいだ。そういえば正確な待ち合わせ場所を決めてないことに今更気づいた。この人混みじゃそう簡単に見つかんねえよ……。
そう思っているとちょうど電車が到着したみたいだ。さらに多くの人で駅が埋まっていく。いったん人の流れができると逆行するのは不可能だ。おとなしく改札の外で待とう。
そのまま数分待っていると改札近くで浴衣を着た女性が目に留まった。深い青色にところどころオレンジや赤の丸模様が描かれている。帯は簡素な赤色で、それゆえに赤と青のコントラストがより着ている人を引き立たせている。だが、それもあくまで脇役だ。その人は上品な黒髪をかんざしでまとめ上げていて、無表情でメイクをしていないにもかかわらず、彼女はテレビで見るようなどの芸能人にも負けず劣らずきれいだった。
正直見惚れていた。俺だけでなく、周りの人たちも堂々と見ることはなかったが、それでもちらちらと彼女から目が離せないでいるようだった。彼女の周囲はまるで時間が止まっているかのように静謐で、どこか冷たさすら感じた。
そのまま彼女を見続けていると、不意に目が合った。見続けたことへの罪悪感から俺は彼女から視線を外した。だが彼女はお構いなしにつかつかと俺のいる場所まで向かって歩いてきた。
「な、なんですか?」
「は?」
何言ってるんだこいつは、みたいな目で睨まれた。だがこっちも困惑している。いきなり見知らぬ人に声をかけられてそんな目で睨まれるほどのことをした覚えはない。
「す、すいません。じろじろ見てしまって……」
「ようやくストーカー行為を認めたのね、神谷君」
「え?」
なんで俺の名前を知ってるんだろう。いや、まてよ……。
「もしかして、白石?」
「そうだけど?」
白石はどこか拗ねた口調でそう言った。素材はいいと思っていたが、まさかここまで化けるとは……。
「最初見たときは誰かわからなかったぞ」
「あら、目が腐っているのかしら」
白石が上品に口元を押さえながらにやにやとこちらを見ている。うーん、喋らなければ美人なんですけどねー。
かと思うと今度は途端にもじもじしながら上目遣いでこちらを見てきた。
「それで、その、ど、どうかしら?」
「なにがだ?」
「……いえ、なんでもないわ。早く行きましょう」
突然冷めた表情になる白石。コロコロと表情を変えて忙しいやつだな。と、思ってたらそのまま目的地の祭り会場とは逆方向に歩いて行ってしまった。
「あ、おい。そっちは逆方向だぞ」
「……それを先に言いなさいよ」
しずしずとした足取りで戻ってきた。こういうところはやっぱり白石だよなあと妙に納得しつつ、俺が先導して歩き出した。