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2話 黒鳥道也はこじらせている

「いよう、色男」


 昼休みの廊下でクラスメイトの皆越がそんな風に絡んでくる。僕は無言で彼の脇腹を小突き返した。皆越とは1年生のころからの付き合いで、部活も違えば、趣味も違うが、自然と僕たちはよく話す。


 たった数日にして学園中の嫌われ者にジョブチェンジしかけた僕と話していて彼の評判までも悪くなることを多少危惧したが、要領のいい彼のことだ。きっとうまくやるのだろう。


「荻矢さんのことどうして振ったんだよ。彼女いい娘そうだったじゃないか」


 荻矢とは彼女が告白する前に2度2人で出かけたことがある。彼女は事故のときのお礼だと言っていた。そして彼女が僕を誘うのを、皆越は目の前で見ていたから彼女と僕の間に交流があるということをこいつは以前から知っていた。


「別にいい娘ってだけならそんなに珍しくもないだろう。いい悪いってのは相対的な評価なんだから。世のなかの女の子の半分ぐらいはいい娘のはずだよ」


「とびきりいい娘だと思うけどね。普通恋愛モードに入ったら女って、いや男もだけど、視野がこう狭くなるだろ。でもあの娘はお前と一緒にいる俺とかのこともちゃんと眼中にあって、気を使える。なかなかいないよ。おまけに顔もかわいい」


「そんなよくできた娘がさ。たまたま彼女を交通事故からかばっただけの冴えない男と付き合うなんて世の中がどうかしてると思わないか」


「だけっていうけど、それもなかなかできることじゃないと思うけどね。一歩間違えば死んでたかもしれない。実際お前はあの事故のせいで2カ月学校来れなかったわけだし」


「今思うとかわいい女の子だから助けたのかもしれない。そんな不純な動機のやつが助けた女の子と結ばれていいとは思えない」


「顔なんて見てる余裕なかったって言ってたじゃないか」


「女子学生だってことぐらいはわかったよ。それに事故後に混乱した頭がいかにもヒロイックにストーリーを組み立てなおしたのかもしれない。あるいは実は無意識レベルで彼女の顔を確認してたからあんな風に車の前に飛び込むなんて命知らずの真似ができたのかもしれない。

 なんにせよあの場にいたのは僕だけなんだ。僕が真に価値ある男かを判断するためにはほかの男にもチャンスが与えられなくてはならない。そんな棚からぼた餅みたいな形であんないい娘の恋人になれるだなんて、僕にはごめんだよ」


「結局お前荻矢さんのことどう思ってるの」

「憎からず思ってるよ」


「お前は相変わらずこじらせてるなあ」

 級友はそう言って笑った。


 放課後、僕は部室に顔を出すことにした。僕は文芸部員である。


 といってもこの高校の文芸部は廃部寸前で、僕が入学する時点で部員が1人もいなかった。文芸部はこのまま廃部する予定だったらしいが、新入生の僕ともう一人六原皐月という女子生徒が入って廃部は免れた。


「黒鳥はさ。仮にその場に100人の男がいて、それでも彼女を助けたのが自分だけだったとしたら胸を張って彼女と付き合えるの?」


 そんなことを聞いてくるのは僕と同じ文芸部ただ2人の部員である六原皐月だ。彼女は背中までかかるような長い黒髪の毛先をいじりつつ、ベストセラー作家の最近文庫落ちしたばかりの新刊を読みながら雑談に興じている。


「どうだろうね。結局相手のことを一面的にしか見てない人と付き合うのは限界があるような気がするよ。いくら好きな相手でもこっちのことを好きな理由が顔とかお金とかだったらしらけるだろう」


「別に荻矢真弓はお前の人格に惚れたんであって。顔や金に惚れたわけではない筈だ。そもそもそのどちらの基準で言ってもお前は論外だ」


「後者はともかく前者はそんなことないだろ。親戚の伯母さんもよく僕が星野源に似てると言ってるし」


「まあその話はいいよ。どうでもいい」


「――人格って一体なんなんだろうな。要するにその人のいろんな要素の集合体みたいなもんだろう。金持ちだったり貧乏だったりするのだって、顔がよかったり不細工だったりするのだってそれは人格の一部だよ。俺が荻矢を助けたのだってそんな人格の一部でしかない。彼女が大げさに捉え過ぎなんだ。

 俺のほんの一時だけを見て好い人だとか、優しい人だと思うのはやめて欲しい。

 俺はいつだって車に轢かれそうな女子学生をかばってやることはできない。あの日僕が荻矢をかばったのは急ぎの用もなかったし、数か月入院するぐらいは大した痛手でもなかったからだ。でなければ俺の身体はあんな風には動かなかっただろう。たとえばそのとき俺がデートの待ち合わせに向かう途中だったら荻矢のことを見捨てたかもしれない。

 そんなもしかして、の話をしなかったとしても、俺はあたりにゴミ箱がないからポイ捨てしてしまうこともあれば、電車のなかで疲れてるからと目の前にご老人がいても席を譲らなくて済むように寝たふりをするような普通の人間なんだよ。普通にクズなんだ。でもきっと荻矢はそんな俺の姿に幻滅するだろう。だから俺は荻矢と付き合わない。そのほうがお互いに幸せだと思うから」

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