1話 プロローグ
1
ある日の放課後、僕は1つ下のあまり面識のない後輩女子から校舎裏に呼び出されていた。栗色の髪を後でくくった目の前の後輩は、その小柄な体躯や小さな声でぼそぼそと話す気性も相まってまるで小動物のような印象があった。
彼女の名前は荻矢真弓。今年の冬ごろに僕は彼女が危うく交通事故に遭うところを助けた、らしい。らしいというのも僕が今年の冬に誰かをかばって交通事故に遭ったのは事実だが、それが誰だったのかなんてことはとてもじゃないがそのときの僕には気にしている余裕はなかったのだ。
この荻矢という後輩はそのときに僕が着ていた制服を頼りに、この高校の生徒の顔を1人ずつ確認して僕に辿り着いたらしい。
「先輩、わたし、先輩のことが好きなんです。付き合ってください」
彼女の柔らかそうな桜色の唇が動いて、そんな声が発せられた。
荻矢真弓はかわいい。きっとクラスでも3本の指ぐらいには確実に入る美少女だ。おまけに気も使えて、今時スカートの丈を膝下に留めているような清楚さも持ち合わせている。彼女は僕にとっても、僕以外にとっても十分に魅力的な女性であろう。
だから僕は彼女の告白を断るのだ。
「ごめん。君のことは後輩以上には思えないよ」
2
1年生の超絶美少女荻矢真弓が、2年生の誰だか知らない男子生徒に振られた。そいつの名前は黒島道也というらしい。そのうわさ話は一週間のうちに校内中をかけめぐった。娯楽の少ない地方都市の高校はこれだから。ちなみに僕の名前は黒島道也ではなく、黒鳥道也なのだが、そんなことを訂正する気はまるでなかった。
聞いた話によると荻矢が自分から言って回っているわけではないらしい。荻矢が目に涙を浮かべているのを見かねた同級生が聞き出したそうだ。こんな風に噂が吹聴されているのは、こころない断り方をした僕への制裁の意味もあるのかもしれない。
噂では、僕は荻谷に対して『助けてもらったから僕のことを好きになった? じゃあ僕以外の誰かに助けてもらったら今度はそいつのことを好きになるのかい? この尻軽女が』と言ったことになっているらしい。前半から中盤にかけては確かにそんな旨のことを言ったが、尻軽女云々については完全に創作であった。
かくして僕は人畜無害な根暗系男子から女の敵へと見事ジョブチェンジを果たしたのである。