ハガキ
キンコンカンと終業の鐘の音が鳴り響くと、防災行政無線の屋外スピーカーから放送が流れてくる。
この声を聞くと、郁磨はいつも身が引き締まる。賑やかで騒々しい一日の開始となるからだ。
勘治のフリースクールは、leaning school、ではあるが、学校のようなカリキュラムによる授業はせずに、
『下手の横好き』
誰にでも好きなことはある。が、好きだからといって、最初から上手なわけではない。下手だけど好きだから、工夫したり、考えたりしながら熱心に努力を積み重ねる。
『好きこそものの上手なれ』
努力を重ねるうちにもっと好きになって、更なる知識を得ようと時には本を読んだり、時には上手な人に教わったりしながら、更にもっと上手になろうと集中して努力する。
勘治の求めるカリキュラムは、学校では出来ない得意なものや好きなことを自由にさせることだ。
「先生!これを見て!」
生徒が駆け寄ったのは、このスクールを卒業した大学生達。時間のある時にやってきては、生徒達に教え見守っている。大学生達は、更なる知識を得てもっと上手になろうと専門的なことを大学で学んでいる。その好きなことを極めそれを職業にしようとして。
郵便受けから配達された郵便物を取っていると、
「先生、こんにちは」
と、学校帰りの制服姿の由紀が、門から入ってきた。
「今日は、学校へ行ったのか?」
「うん。期末試験だったから休むわけにはいかないもん」
「期末試験か……」
「今日が試験の最終日だったの」
由紀は、学校は休んでも勉強だけは怠らない。そんな生徒だ。
「大学は決めたのか?」
「校長先生の家にも来たのね」
「何が?」
「葉書」
「ハガキ?」
と、郵便物を見ると市議からの支持を呼びかける葉書が郵送されていた。
「来月、市議選だから」
「大学は決めたのか?」
郁磨のとっては選挙よりも、由紀の進路の方が気にかかるが、
「我が家にも来てた」
由紀は、それには取り合おうともせずに、
「別の市議からね」
と、言った。
選挙権年齢を20歳以上から18歳以上に引き下げる改正公職選挙法が成立し、昨年の夏の参院選から適用されている。
由紀を初めとして、このスクールの生徒達の何人かは選挙権年齢に達しているはずだ。
「どうなんだ?決めたのか?」
「先生も選挙行かなきゃダメだよ」
郁磨が、”挑戦するものを探す”と言ったら、”私も探す”と由紀が返してきた。由紀も郁磨と同じように暗中模索している最中なのであろう。それが見つかるまでは、由紀がそのことを口にすることはないだろうと感じた郁磨は、
行かないとでも思ってるのか?」
「うん。そんなの面倒臭いって顔をしてるもん」
「見た目で判断するな」
ムッとしたように郁磨が言うと、由紀は笑いながら裏庭の方へと駆けて行った。
こんなことがあったせいからなのか、いつもは気にもせずに素通りしてしまうところなのに、その日の郁磨は、足を止めて見入っていた。