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i will challenge  作者: AIAMAAI
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個人演説会

 どこかで花火大会でもやっているのか、薄暗くなりかけた遠くの空に、美しい火の花が満開に咲き乱れていた。

 壁に立てかけられた、『市議会議員選挙 扇谷郁磨候補者の個人演説会』の立看板。

 老若男女の支援者や後援者達が、ゾロゾロとやってきて、公民館の正面玄関からロビーへと入って行った。


【公職選挙法第161条】

政見の発表や投票依頼のため有権者を参集させ、候補者個人が自ら開催する演説会、開催回数は自由、会場外の立札・看板類の数や規格などに制限がある。

 公職選挙法とは、衆議院議員参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び首長(総称して公職と呼称する)の定数や選挙の方法といった制度面について規定した法律


 待合ロビーの受付のテーブルに置かれたノートに、参会者達は名前と住所を記帳して、会場の中へ入って行った。

 テーブルを挟んで向う側には、美佐と伊吹と矢吹が立って受け付けをしていた。

 応援に駆けつけた元市議会議員の老人と郁磨が、二人掛けの応接用セットのソファに向かい合って座り、郁磨の背後には付き添いの大野と斉藤が立って、二人の出番をソワソワと落ち着きなく待っていた。

「今夜は、俺の応援のためにわざわざお越し頂きありがとうございました」

 郁磨が感謝の意を述べて、大野と斉藤とともに深々と頭を下げた。

「こうして若い候補者の応援ができるというのは、喜ばしいことですよ」

 元市議会議員の老人が、顔を綻ばせて言った。

「郁磨先生。ちょっと用足しに」

「俺も。すみません」

と、斉藤と大野は元市議会議員にペコリと一礼して控室を出て行った。

「すいません。俺の事なのに、二人も同じように緊張してるようなんです」

 苦笑して郁磨が詫びると、老人がそれに返して言った。

「君が詫びることはないですよ」

「え?」

「彼らは、きちんと私に、失礼のないように頭を下げたのですからね」

「あ、はい」

 ”すいません”と言い掛けたその言葉を、郁磨は咄嗟に飲み込んだ。

 廊下を慌てたように走ってくる足音がして、

「先生!先生!」

と斉藤と大野の呼びかける声がして、ドアがけたたましく開いた。

「出番ですか?」

と、老人が訊いた。

「はい、先生」

と、斉藤と大野は老人に対して敬意を表して答えた。

 振り返っている郁磨が、

「参会者達の集まりはどうだ?」

と大野と斉藤に尋ねと、元市議会議員の老人が二人に向ってそっと首を横に振った。

「わかりません」

「俺達そこまで見てないんで」

 大野と斉藤は、老人の意向を汲み取って返答した。

「それでは、ステージへと、行きましょうか?」

と言って、老人がソファから立ち上がった。

「はい」

 郁磨が、それに続くように席を立った。

「先生、ファイティン」

「頑張ってください、先生」

と、大野と斉藤が片拳を上げて、控室から出て行く老人と郁磨を激励した。

 観客席は参会者達で満杯に埋め尽くされザワついていた。冷房の効き目が悪いのか、それとも、熱気がそうさせているのか、扇子や団扇で扇いでいる者や、ハンカチやタオルで汗を拭っているものが所々で見受けられた。

 観客席の後方には、川田と勘治と伊吹と矢吹、二人の女子大生が、不安な面持ちで見守るように静かに立ち見していた。

 ステージでは、元市議会議員の老人が、応援演説をしていた。

「役人の暴走を抑え止めるのは政治家であり、政治家の暴走を抑え止めるのは、有権者である市民の皆さんの一票なのです」

 観客席から、”そうだ、そうだ”の声が上がった。

「しかし、晴れて議員となった政治家達の暴走を抑え止める手段は、私達市民には何もありません。声高に叫んでもその声が届くとは限らないのです」

 またも、”そうだ、そうだ”と、観客席の中から声が上がる。

「そんな議員達の暴走を抑止できるのは、同じ議員しかいないのです。物事を世間を、まだまだ広く、広い視野で見ようとする若者こそが、それを可能にする人物だと、私は思っています」

 元市議会議員の熱の籠った応援演説を、川田と勘治と伊吹と矢吹と二人の女子大生は、物静かに聞き入っていた。

「私はそう信じているからこそ、こうして応援に駆けつけたのです。私が応援している彼こそ、そうです、私の背後に立って出番を待っている彼、扇谷郁磨候補こそ、その人物なのであります」

と、老人はその向きを替え、腕を伸ばして郁磨を指し示した。

 ステージの袖で控えるように見つめている大野と斉藤が盛大に拍手し、観客席の参会者達も拍手した。

「お父さん。ちょっと」

 待合ロビーの受付からやってきた美佐が、勘治に耳打ちした。

「どうしましたか?」

「受付にいらしてください」

と美佐は会場から出て行き、勘治も追うようにしてその場から立ち去った。

 盛大な拍手に迎えられて、郁磨は笑顔でステージの中央に歩み出てきた。

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