アイディア
二階の少年達の部屋の広間で、大野と斉藤と上杉と大場と富樫とその他の五人の少年達は、畳の上で車座になって話し合っていた。
「どうです?」
と言って、少年達が大野と斉藤に詰め寄った。
「どうです?、って言われてもな」
「ああ、そうだよな」
「でも、あのままじゃ誰も郁磨先生の演説を聞いてくれませんよ」
「見たのか?お前達」
「はい。二手に分かれて一応」
「誰も見向きもしないんで」
と、悔しげに上杉が言った。
「しかしな」
「俺達が決めることじゃねえしな」
大野と斉藤が返答に窮していると、
「何が決められないの?」
と、伊吹と矢吹が障子を開けて入室してきた。
少年達は、驚愕して二人から目線を逸らした。
「大野君と斉藤君がいないから」
と、伊吹と矢吹は少年達の間に割って入った。
女子大生の二人が、少年達と家の中に入っていったと聞かされたことを伊吹と矢吹が話した。
「こいつ等が悪いわけじゃ」
と、大野と斉藤が少年達を庇うように言った。
「わかってるわよ」
「それを責めてるわけじゃないのよ」
「すいません」
と、少年達は頭を垂れた。
「で、何をしようとしてるの?」
伊吹と矢吹に詰め寄られて仕方なく、少年達は話して聞かせた。
「乗った!」
「え?」
「矢吹、郁磨先生を呼んできて」
「矢吹先生!」
と引き留める少年達を無視して、矢吹は部屋を出て行った。
選挙事務所の中で川田や支持者達に取り囲まれて、現状を報告している郁磨に、矢吹はそっと近づいて耳打ちした。
「すません。ちょっと失礼します」
と、郁磨は川田や支持者達に断りを入れて事務所から矢吹とともに出て行った。
車座になっている少年達の中に加わり、郁磨は少年達の話を聞いた。
「良いアイディアだな」
「え?」
と、少年達は嬉しそうに口元を綻ばせたが、不安の種は付き纏っていた。
「今の状況を打破するには、皆と同じことをやっていては無理だ。このアイディアなら、違いが出せるし、やってみる価値はあると思うぞ」
少年達は、郁磨の言い分を聞いて安堵したような表情をした。
「失敗は反省の元って、川田のお爺さんが言ってたじゃないか。やって駄目なら別の方法を考えればいいさ」
「はいッ」
少年達は、ウキウキと返事をした。
「明日からは、伊吹先生と矢吹先生が、彼女達と入れ替わってください」
「ええ。その方がいいわね」
と、伊吹と矢吹が承知して首を縦に振った。
「スマホで撮影して、それを彼女達に送るんだ」
「送ってどうするの?」
「SNSで拡散して貰うんですよ」
と、矢吹の問い掛けに郁磨が答えた。
「上手くやるための打ち合わせをしましょう」
伊吹と矢吹が言って、郁磨達は顔を寄せ合ってボソボソと小声で打ち合わせをした。
「それじゃ」
と、郁磨が腕を突きだした。
その手の甲の上に大野、斉藤、上杉、富樫、他の少年達が手を載せて、その上に伊吹と矢吹が手を置いた。
「頑張ろう!」
「オーッ!」
翌日の午後。広場には親子連れや、老人達、若者達で賑わっていた。
そこへ選挙カーがやってきて、郁磨と伊吹と矢吹と大野と斉藤が降車してきた。
上杉と大場と富樫と他の五人の少年達が桜となって、見物人を装って立っていた。
富樫が、手にぶらさげているCDラジカセのボリュームを最大限にして、スイッチを入れた。その瞬間、CDラジカセから、チャーラ、チャーラ、チャーラ。
『ピンクレディのUFO』のイントロが流れてきた。
最初にそのイントロに反応したのは、その世代の女性達だった。彼女達は、一斉にその音の方に顔を向けた。
伊吹を先頭にして、大野、矢吹、斉藤の順で縦一列に並んでいた四人が、UFOのイントロに合わせて、『EXILEのchoo choo train』のダンスのように交互にその場で上半身をクルクルと回した。
そして、歌の出だしの、ユ~~、フォ~~、ピンクレディの歌声に合わせて、郁磨が登場した。
「こんにちは、皆さん。扇谷郁磨です。市会議員選挙に立候補する扇谷郁磨です」
と、郁磨は引き寄せられるように集まってきた大勢の見物人に向って挨拶をした。
選挙運動の終了時間に選挙事務所に帰ると、近所に住む大勢の主婦や若者達が押し寄せていた。
「どうしたの?何があったの?」
郁磨が、二人の女子大生に怪訝に訊ねた。
「郁磨先生の街頭演説の動画を見たんですよ」
「今日、君達に送ったあの動画?」
「はい。兎に角、snsでの反響が凄いんです」
と、興奮したように二人の女子大生が言った。