確執
用事を済ませての帰りの電車の窓から、外を流れる景色を薄ぼんやりと眺めていた郁磨は、年老いたと思った。
黒々としていた頭髪は白くなり、広くてガッシリとしていた肩は細くなり、窓外に流れているこの風景が変わらぬように、父もまた変わらぬであろうと思っていた郁磨にとって、老いた喜一の姿は余りにも衝撃的だった。だが、郁磨を冷たく射るように凝視していた鋭い眼は、当時のままに変わってはいなかった。
「諦めずにもっと頑張れば、必ず兄さん達のように」
成績表を見る度に、郁磨は喜一にそう言って慰め続けられてきた。
男ばかりの三人兄弟の末っ子の郁磨には、二人の兄がいた。長兄の喜和も、次兄の敏志も、幼い頃から神童と言われ、成績は常にトップでその座を他者に譲り渡すことはなかった。
そんな二人の兄達に比較されての慰めの言葉は、郁磨にとってはただの屈辱でしかなかった。
郁磨は勉学よりも運動が得意だった。運動会では、リレーのアンカーを務めるほどに。小学生の郁磨は、父の喜一に褒められたくて、バトンをビリで受け取りながらも牛蒡抜きをし、一位でテープを切った。
「勉学でもそれぐらい励めば」
と言って、喜一は郁磨を褒めるようなことはしなかったのである。
大学で教鞭をとっていた喜一は、優秀な学生を郁磨の家庭教師につけた。そのお蔭で郁磨の成績は上がったが、二人の兄達のようにトップにはなれなかった。それでも郁磨は喜んだ。成績が上がったことを。頑張れば出来るんだということを知ったからである。
しかし、喜一から返ってきた言葉は、
「どうして、兄さん達のように頑張れないんだ」
喜一が求めていたのはトップの座であって、成績が上がったことには関心などなかった。その事に気付いた時から、郁磨は勉学に励む虚しさを感じるようになり、知らず知らずのうちに喜一の慰めの言葉は、馬耳東風と化してしまった。
高校二年の春に、郁磨は高校総体のリレー選手の一人として選ばれたが、担当教師に快い返事をできずにいた。
返事を先延ばしにしていると、担当教師が喜一に電話をかけたのである。
「郁磨君を高校総体に出場させたいのですが、承諾の返事をなかなか貰えなくて。どうでしょうか?お父さんの方から出場するように説得してはいただけないでしょうか?」
「郁磨を高校総体に?」
「はい」
「断る」
「どういうことでしょうか?……説得しては貰えない」
「出場そのものを断ると言っておるのだ」
「しかし」
「出場はさせん。二度と下らぬ電話をかけてくるな」
と言って、喜一は電話を切った。
電話をかけてきた担当教師が悪いわけでも、出場をさせなかった喜一が悪いわけでもない。悪いの返事を渋っていた自分だということは、郁磨自身にはわかっていた。わかってはいても、それでも喜一には
「総体がんばれよ」
そう言って欲しかった。
その年の夏休みの最後の日に、郁磨は家を飛び出し、二度とその敷居を跨ぐことをしなかった。