短期短気
選挙運動期間は、公示日から投票日前日まで。
「一週間?……たったの?」
「そんな短期じゃ、無理だな」
大野と斉藤が、手許に配られた資料を見ながら溜息交じりに絶望的に発言すると、
「無理、無理、無理だよ」
と、他の少年達も同調したように口々に言った。
「そうとは限らんぞ」
と声がして、少年達が一斉にその方を見遣った。
市会議員の老人が、椅子から立ち上って、少年達のテーブルに歩み寄ってきた。
「夏休みの長い期間の間、君達は毎日毎日、コツコツと宿題をやったかね」
老人が問い掛けるように言うと、少年達は互いを探るように同意を求めるように顔と顔を見合わせた。
「君達も夏休みの終りが近づいた頃に、慌てて宿題をやった口じゃないのか?……私がそうであったように」
「お爺さんも?」
少年達が、意外そうに言った。
「ああ、私もその一人だ。遊ぶ方が楽しかったからな」
少年達が、クスクスと笑った。
「長期だと人の気持ちは緩む。先はまだ長い、時間はたっぷりあるじゃないかと思ってな。だが、逆に短気だと人の気持ちは引き締まり緊張感を生む。夏休みの宿題と同じように必死になって頑張ろうとする。良い結果を出そうとして。だから、短いからと意に介する必要はないんだ」
少年達は、説得力のある老人の言葉を感心したように聞き入っていた。
「長いだの短いだのと気を揉まずに、どうやれば当選できるのか、君達で考えてそれを実行すればいいんだ。後悔のないように。どうだ?私の意見は間違っていると思うか?」
少年達は、一斉に頭を振った。
「ただし。ルールに従って応援するんだぞ」
と、老人が言った。
「ルール?……そんなものがあるの?」
大野が、不思議そうに言うと
「ルールと言うのは、法律のことだ。応援の仕方によっては罰せられることもある。郁磨先生のためにはそうした方が良いと思っても、法律によっては罰せられることもあるんだ。それを踏まえて応援はやらねばならない。この事は決して忘れるでないぞ」
と、老人が言った。
「へー、知らなかった。そんな法律があるんだ」
と、斉藤が言うと
「俺は知ってたぜ」
と、大野が反論して
「嘘つけッ。おめえが知ってるわけねえだろうがよッ」
と、斉藤が罵倒した。
「何だと!」
「何だよ!」
大野派と斉藤派に分裂した少年達は、ダイニングテーブルを挟んで睨み合い一触即発状態になっていた。
「止めないかお前達!」
と、郁磨がいきり立って、少年達のテーブルに歩み寄ってきた。
「寄ると触ると喧嘩ばかりしおって。今日ぐらいは静かにできんのかッ」
郁磨が、両手を腰に当てて睨みを聞かせ怒鳴った。
「郁磨先生も、短気なようだな」
市議会議員の老人が、ニコニコとして言った。
「え?あ、すいません。つい」
郁磨は、気恥ずかしそうに頭をポリポリ掻きながら謝罪した。
「戦いはこれからですよ、郁磨先生。真の戦いの凄まじさに接すれば、彼らの気持ちに変化も現れるでしょう。気にすることはないですよ、彼らのことは。それが、人というものです」
「はい」
「校長先生。後を託しますよ」
と言って、老人は自席に戻った。
老人が着席したテーブルには、勘治と美佐と伊吹と矢吹が椅子に座っていた。
「郁磨先生も、席に戻って」
「はい」
勘治に促されて、郁磨は自席に戻って椅子に座り直した。
「公示日まえ、後二週間しかありませんよ。それまでにやらなくてはならない事が、数多くあります。気を引き締めて頑張っていきましょう」
と、勘治が椅子から立ち上って言った。