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i will challenge  作者: AIAMAAI
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出馬

 籠一杯の採れたての野菜を前にして、美佐と伊吹と矢吹が、献立メニューをあれこれと考えていた。

「郁磨先生にどんな用があったのかしらね?」

 伊吹が、気掛かりそうに言った。

「川田のお爺さんの連れ、誰なのか聞かなかったの?」

 矢吹が、伊吹の落ち度を責めたてるように言った。

「うん。お客を目の前にして、誰って聞くわけにもいかないしね」

「それも、そうね」

「ほら、二人とも。無駄話しないの」

 美佐が言うと、伊吹と矢吹はそこでその話を打ち切った。

「伊吹。書斎の湯呑を片付けてくれないか」

と言いながら、勘治がダイニングキッチンに入ってきた。

「お客さんは帰ったの?」

 伊吹が、含みを持たせるように問うた。

「うん」

 勘治はそれを感じながらも、それには応えようとはせずに

「生徒達は?」

「畑仕事で疲れたらしくて。部屋で昼寝中よ」

と、矢吹が答えた。

「川田のお爺さん、郁磨先生に何の用があっていらしたんですか?」

 美佐が訊くと、勘治が言った。

「市議選への出馬要請にな」

「ええッ!?」

 美佐と伊吹と矢吹は吃驚して、言葉を失った。

「それで、郁磨先生は?」

「挑戦したいそうだ」

「お父さんは賛成したの?」

 矢吹が、訊いた。

「反対はしないわよ。ねえ、お父さん」

 伊吹が、賛同するするような含みをもたせて言った。

「郁磨先生がそうしたいと言ってるからな」

「……」

 美佐は、勘治の言葉に返すことはしなかった。

「生徒達にここに集まるようにと」

と、勘治が言うと

「起こしてくるわ」

「私は湯呑を下げてくるわ」

 伊吹と矢吹が、部屋を飛び出して行った。

「お父さん」

「協力してあげてくれないか」

「でも……」

「大変なのはわかってる。お金もかかるし、人手もかかる。君には迷惑のかけっぱなしで、すまないと思ってる」

「私が反対したら、また、伊吹と矢吹に説得されるんでしょうね」

と言って、美佐はクスクスッと笑った。

「生徒達には、いい経験になるかもしれませんね」

「うん」

と、勘治は厳しい表情で自席の椅子に腰を落した。

 川田と市議会議員の老人が乗り込んだハイヤーが、走り去って行った。

 門前でそれを見送っている郁磨は、噴き出す手の汗を頻りにズボンで拭っていた。今になって、勢いで言った後の後悔と緊張と不安と複雑に絡み合った感情に苛まれていた。

 大野と斉藤と富樫と上杉と他の六人の少年達が、渋々と面倒臭そうに階段を下りてきた。

「おやつの時間か?」

 玄関に戻ってきた郁磨が、問い掛けた。

「校長先生が、集まれってさ」

と、大野が答えた。

「何をやらかしたんだ?」

と、斉藤が言って

「俺じゃなくておめえじゃねえのか?」

と、大野が返した。

「心配するな。お前達じゃないから」

 郁磨が、真顔で言った。

「先生。何をやらかしたの?」

 少年達が、案ずるように郁磨を見た。

「市議選に出馬することにしたんだ」

「え?」

少年達は、郁磨の言葉が理解できずにキョトンとしていた。

 川田は、市議会議員の老人を家まで送った帰りに、二代目の市議会議員の事務所に立ち寄った。

「先生は?」

 事務所に入るなり、デスクに座っている女性秘書に聞いた。

「お部屋にいらっしゃいます」

と、女性秘書が席から立ち上がった。

「あ、いいよ」

 川田は、部屋に行きかけた秘書を止めて、ズカズカと部屋の扉に歩み寄って、ノックした。

「どうぞ」

 部屋の中から、声がした。

「退かせて貰うよ、後援会長から」

 川田が、対座している二代目の市議会議員に言った。が、二代目の反応は冷ややかなものだった。

「それは残念ですよ」

「頑張ってくださいよ、先生」

「長い間、お役目ご苦労さん」

と、二代目の市議会議員はソファから立ち上がってデスクに戻り、机上の電話の受話器を取って電話をかけた。

 事務所を出た川田は、晴れやかな表情で待てせておいたハイヤーに乗り込んだ。

 縁側に、太田と斉藤と富樫と上杉と他の六人が、むっつりと黙り込み、暗い表情でズラリと横に並んで腰かけていた。

 そこへ、学校帰りの由紀が、玄関の方から回り込んできた。

「どうしたの?皆。暗い顔しちゃって。校長先生に怒られでもしたの?」

「明日から夏休みか?」

と、大野が言った。

「うん、そうだけど」

と、由紀が言って

「お前も手伝え」

と、斉藤が言った。

「何を?」

 由紀が訊くと、廊下をやってきた郁磨が

「市議選の応援だ」

と、答えた。

「市議選?……校長先生が立候補でもするの?」

「いや」

と、郁磨が言うと

「郁磨先生」

 少年達が、一斉に声を揃えて言った。

「ええッ!?」

 由紀が、驚愕の声を上げた。

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