再会
扇谷郁磨は、フフッとニガ笑いした。一年前に来た時と何らその風景に変化があるわけでもないのに、東京という街に足を踏み入れる、何故かいつもお上りさんになる自分が可笑しかったからだ。東京は、郁磨にとっては故郷。だからこそ気持ちが昂るのであろう。
「横断歩道を、誰が先に渡りきるか、競争しない?」
小原由紀が、歩行者用の赤い信号に苛立ったように言った。
「負けねえからな」
と、大野がその場で足踏みしながら応えた。
「ガキじゃあるまいし、選挙権もある大人がすることか?」
と、郁磨が鼻で笑うように言うと、
「そう言いながら、やる気満々だね先生」
と、由紀が郁磨の足元を指差して言った。
郁磨も、苛立ちを抑えるように笑いながらその場で足踏みをしていた。
「もうじきスタートあよ」
と言って、由紀が車道用の信号機を指差した。
点滅していた青の信号が黄色に変わって、一台のタクシーが停車した。
その瞬間、郁磨の顔から笑みが消え、足踏みが停まった。
停車したタクシーの窓から、父の喜一が、冷たく郁磨を見つめていたのである。
歩行者用の赤信号が青に変わって、由紀と大野が横断歩道を走り抜けていった。
「先生!何してんだよ!」
「早く!早く!」
二人が頻りに呼び掛けていたが、郁磨の耳にその声は届かなかった。
郁磨は、まるで蛇に睨まれた蛙のようだった。冷たく見つめている喜一の眼から、逃れることができずにいた。
「先生!赤になっちゃうよ!」
と、引き返してきた大野が、郁磨の腕を引っ張った。
「え?」
と、郁磨は我に返ったように先を行く大野を追って、横断歩道を駆け抜けていった。
父と息子の、12年ぶりの再会だった。
喜一は、逞しくなった郁磨の背中を見えなくなるまでじっと追い続けていた。