厳重な警備
ヨウサは家に帰ってすぐに荷物をまとめると、その足で最初に商店街に向かった。恐らく今日はペルソナ達と正面衝突になるだろう。それに備えてある程度準備を整えておきたかったのだ。
「シンくんもガイくんも、結構おっちょこちょいだからなぁ……。怪我した時のために薬くらい買っておかなきゃ……」
まだシンジくんなら大丈夫かな……なんてひとり言を言っていると、急に背後から声をかけられた。
「ヨウサちゃん、お買い物?」
振り向けば、クラスメイトの女の子二人だった。猫耳が特徴の副級長のミツキと、植物精霊族で茶褐色の肌に黄緑色の髪が特徴のロウジ―だ。
「みっちゃんにロウちゃん! あれ、二人もお買い物?」
思わず声が大きくなるヨウサに、二人も嬉しそうに歩み寄る。二人とも帽子をかぶったりアクセサリーをつけていたりと、かわいらしくおしゃれして、まさに遊びに来たといった雰囲気だ。
「うん、傷薬を買おうと思って。明日からだもんね、数魔法の攻撃実戦」
「攻撃系は自信がないから、ちょっと怖くって。怪我した時のために念のために‥…と思って」
ミツキに続いてちょっとはにかむように言うロウジーに、ヨウサは思わず彼女の腕をつつく。
「もー、ロウちゃんってば準備いいなぁ〜。さすが女の子って感じ」
ヨウサの言葉に、ロウジーは照れながら首を振る。
「そ、そんなことないよ……! そ、そういうヨウサちゃんだって〜」
「いや、だってこれは明日用じゃなくて……」
言われて、これは本当に今日、必要に迫られる可能性があることを思って彼女は思わず口を閉じる。今日、ユキの屋敷に行くことはみんなには内緒だったことを思い出したからだ。ペルソナに関わる話は、極力人にしないほうがいい。そうでなくても闇の石の話や、以前双子が見つけた鬼族のキショウの話も絡んでくる。そもそもユキの屋敷にあの盗賊が現れる、というだけで街中大騒ぎなのだ。その屋敷にヨウサ達が行くとなったら、またクラス中大騒ぎになるだろう。
そう思って思わず沈黙していた時だ。
「ヨウサちゃん」
急に声をかけられ、振り向くと、そこには銀髪の少年が立っていた。サラサラで、光に当たると輝く銀髪、大きくて優しそうな青い瞳、にっこりとほほえむその少年は、幼いながらに人目を引くなかなかの美少年だ。案の定、ヨウサの隣にいたロウジーはほほを赤らめる。
「あ……級長……」
言いながら、すでに身体はヨウサの後ろに隠れるようにして顔を隠している。照れているのだ。ロウジーも級長であるフタバのファンの一人だ。美少年であるだけでなく、クラスの級長を任されるほど成績も優秀、その明るい人柄もあって、彼のファンはクラス内だけでなく外にも実は多いらしい。ヨウサはそんなうわさ話を頭の隅に思い出していた。
「ヨウサちゃんも今から行くところ?」
肩に下げた小さなカバンを持ち直しながらフタバが首をかしげる。その言葉に思い出したようにヨウサが短く返事をする。
「あ、う、うん、ちょっと買い物してから行こうと思って……」
「そうなんだ。よかったら一緒に行こうよ」
にこやかに提案されて、ヨウサは一瞬言葉に詰まる。フタバと一緒に行動して大丈夫かなと不安に思ったのだ。フタバは本当に自分たちの協力者なのか……正直、信用していいのかどうか怪しい発言をケトから聞いている。でもここでこちらがフタバを怪しんでいるということを、彼に悟られるわけにもいかない。彼は本当に協力者なのかどうか、それを今日はこっそり確認しなくてはならないのだ――!
「あ……う、うん! もちろん!」
あわててうなずくヨウサだったが、彼女のその一瞬のとまどいは、余計な誤解を招いた。
「あれ……ヨウサちゃん、もしかして照れてるの〜?」
横目で彼女を見ながらイタズラに笑う猫耳の少女と目が合う。
「なっ……ち、違うよっ!」
ロウジーの気持ちを知っているヨウサは、誤解されたら大変と、あわてて首を振る。しかしそのあわてぶりは余計に誤解を招くというものだ。
「なーにあわててるの〜? なんだか余計に怪しいな〜??」
からかうのが面白いと見え、猫耳少女のミツキがニヤニヤとヨウサの顔をのぞき込む。その横で、ロウジ―は不安そうにほおを赤らめている。
「え、ナニナニ? フタバくん、ヨウサちゃんとどこ行くの? もしかして……デート?」
ミツキがフタバの顔をのぞきこんで楽しげに問うと、フタバは驚いたように目を丸くする。
「デート? 誰と誰が?」
「え、フタバくんとヨウサちゃんだよ〜! どこか一緒に行こうとしてるみたいだからさ」
楽しげに笑う猫耳少女の言葉に、困ったように笑ってフタバが頭をかく。
「いや、デートっていうか……一緒にシンたちと――」
「あ、えっと――!」
フタバのセリフの続きを心配して思わずヨウサが声を上げると、それに気がついたフタバが言葉を飲む。ちらとヨウサに視線を送り、察したように急に声を上げた。
「あ! うん、デートじゃないけど、ヨウサちゃんの買い物の付き添いに。ね?」
「そ、そうそう!」
フタバのとっさの機転に、ヨウサもそれに合わせて首を縦に振る。そしてこれ以上話を突っ込まれても困ると思ったのか、ヨウサはそそくさとその場から離れていく。
「じゃ、じゃあ私はここの買い物も終わったし、フ、フタバくん、行こっか!」
「う、うん。じゃ、ミツキちゃんもロウジーちゃんもまたね〜」
あわてて去っていくヨウサの後ろ姿を追うようにフタバも足早にその場を離れていった。
残された二人のクラスメイトはぽかんとその後ろ姿を見送っていた。
「……買い物の付き添いねぇ……」
ため息混じりにつぶやくミツキに続いて、黄緑色の髪をゆらしながらロウジーが首をかしげる。
「で、でも……そういうのをデートっていうんじゃないかな……」
「……言えてる……」
どんどん小さくなっていく二人の後ろ姿を見ながら、二人は深くうなずき合っていた。
「ごめんごめん、この活動は秘密だったっけね」
ほっと安堵のため息をつきながら、銀髪の少年がつぶやく。その言葉にヨウサが何度もうなずいて答えた。
「そうよ〜! もー危なかった……。そうでなくてもユキちゃんのお屋敷に盗賊が出るって、街中大騒ぎなんだから……」
「でも、なんとかごまかせたかな?」
そうほほえむ少年に、ヨウサはそのピンクの髪をかきあげながら横目で視線を送る。たしかに今回のはちょっと危なかったが、彼女たちの活動を他人にバラすような行動をしようとしているわけではなさそうだ。優しく笑うその表情は、とても悪意があるようには見えない。ヨウサは再び、ほっとため息を付いた。
「なんとか……って感じかなぁ……。でも、デートとか言われて困った……」
その言葉に、隣の少年が軽やかに笑った。
「あはは……それ言ったら、ヨウサちゃん、しょっちゅうシンたちとデートしてることになっちゃうよね」
フタバの言葉に、ヨウサは思わずため息をつく。
「シンくんとデートねぇ……」
言いながら、そんな光景はまったく想像がつかなかった。デリカシーゼロなあの少年と、一体どんなデートをするというのだろう。少女はまた深くため息を付いた。
「シンくんたちとはまったくデートにはならないだろうなぁ……」
そんな二人の向かう先には、立ち並ぶ建物から頭一個分とび出した大きなお屋敷が見え始めていた。
屋敷に到着した双子とバンダナの少年は、思いがけない光景にあっけに取られていた。ちょうどその時、そこに到着したヨウサとフタバは顔を見合わせた。
「おまたせー……って、あれ、何かあったかな?」
フタバが首をかしげる先では、門の前でぽかーんと立ち尽くしている三人の少年の姿があった。あいさつに無反応な彼らに、ヨウサは内心焦った。もしかして、もうペルソナが来てしまったのだろうか――?
「ど、どうしたの、シンくん、シンジくん?」
そう思ってあわてて声をかけると、はっと気がついたように青髪の少年が振り向いた。
「あ、ヨウサちゃん!」
「どうしたの、三人とも? 何見てるの?」
三人の様子を不思議に思ったフタバが首をかしげて近づくと、シンジはその門の奥を指さして応えた。
「見てよこれ、すごいことになってるよ……」
そう言ってシンジが指差す門の鉄格子の向こうには―—
昨日までの様子とは、またまた違った光景が広がっていたのだ。
広々とした庭には青々と芝生が広がって、たくさんの美術品が飾られている――はずだった。しかし今日は、その庭のいたるところに警備員が歩き回っていたのだ。その数は庭を埋め尽くしそうな勢いだ。見ればどの警備員も武装しており、中には長いローブを着ていたり杖を持っていたりと、魔術師と思われる人までいる。
「うっわぁ……。何よこれ?」
目の前の風景に思わず少年たちと同じようにヨウサの口もあんぐりと開く。
「わかんねーだべが……もしかして町の噂のせいでねーべか?」
鉄格子にぴったりくっつくようにして中をのぞき込んでいたシンが、ようやくヨウサの言葉に応える。
「そりゃあねぇ〜……。セイラン学校の時計を壊したり、美術館に忍び込んできた強盗だもん〜。それが現れるってなったら、この騒ぎになるんじゃないかなぁ〜……」
シンの隣でガイもあきれたような空気でつぶやく。
その時だ。庭をうろついていた警備員のうちの一人が、門の前に張り付いている少年たちに気がついて歩み寄ってきた。それに気がついたフタバがあっと声を上げる。
「警備員の人が来たよ?」
「何かしら、立入禁止、とか言うのかしら……」
「あり得るねぇ〜」
思わず眉を寄せる三人とは裏腹に、息を飲んだのは双子だった。
「あれ、あの人……」
「もしかして……」
双子がそう言って顔を鉄格子に寄せた時だ。その警備員が声をかけてきた。
「やっぱりそうだ、レイロウ先生の生徒さんだね」
「リンさん!」
「やっぱりそうだっただな!」
双子は声をかけてきた警備員に、思わず表情を明るくした。
「あれ、シンくん知り合いなの?」
ヨウサの問いに、シンが応えるより早く警備員の方が答えてきた。
「こんにちは。シンくんとシンジくんには前に一度会ってるんだ。久し振りだね、ココ山の湖の時以来だよね」
雨の時期に、闇の石を探そうと双子があちこち探し回っていた時だ。セイランの町から少し離れたココ山という山で、たまたま地震の原因調査に来ていたレイロウ先生と出くわしたことがあった。その時、魔物も出るココ山の湖探索に備え、先生が護衛を頼んだ人物――それがこのリン警備員だったのだ。
親しげな警備員の言葉に、双子はにこやかに応える。
「また会えただな!」
「あの時と比べてずいぶん焼けたねぇ。さすが先生の言ってた通り、ワンパク少年だね」
「それほどでもあるべさ〜」
そんな会話を少しかわした後、興味津々《きょうみしんしん》で庭をのぞきこんでいたシンジが問いかけた。
「ねえ、ところでリンさん。これは一体どういうことなの?」
シンジが庭を指さして問うと、リン隊員はうなずいて応えた。
「ほら、先日……ここにあのペルソナとかいう盗賊が現れたって話があっただろう? しかも予告状まで届いたって……。なんでも予告状には、ここのお嬢さんが持つ大事なペンダントを盗みに行くって書いてあったらしいんだ。そこで、この屋敷の主人から警備隊に依頼があったんだ。この屋敷とここのお嬢さんを護衛して欲しいってね」
「やっぱりね」
予想通りの答えに、ヨウサがうなずく。
「それにしたって……ちょっと数が多すぎませんか?」
フタバの問いに、リン隊員が困ったように頭をかく。
「警備隊の隊長が張り切っちゃっててねぇ、あの有名な盗賊を捕らえたら名誉なことだろうって……。それにここの執事さんも、やたらと用心深くてね、お金はいくらでも出すから、最強の護衛をして欲しいって……」
その言葉に、執事を知る四人の少年少女は思わずため息を吐く。
「あの執事さんだべか……」
「ま、それも予想通りだねぇ〜……」
シンとガイのつぶやきに続けて、シンジが首をかしげるようにしてリン隊員の顔をのぞき込む。
「ねぇねぇ、リンさん。僕達、ここのお嬢様のユキちゃんの護衛を手伝おうと思ってきてるんだ」
「魔法の腕なら、オラたちもきっと役に立つだ。オラ達も入れて欲しいだ」
双子の言葉に、リン隊員は困ったような表情でため息をひとつついた。
「ホントは誰も入れるなって言われてるんだけどね。でも、キミ達の強さはレイロウ先生から聞いてるよ。きっと君たちなら、助けになるだろう。いいよ、僕から隊長には話しておくから」
思いがけずあっさり許可してくれた警備員に、五人の子どもたちは思わず顔を見合わせてほほえんだ。
「ありがとう、リンさん!」
「必ずあのペルソナ捕まえてやるだべ!」
鉄格子の門をわずかに開け、すべりこむようにして五人の子どもたちは中に入っていった。その少年少女の先頭に立って、リン隊員は屋敷の方へと彼らを案内するのだった。




