予告状
「おい聞いたか、シン、シンジ!」
朝っぱらから元気に声をかけられ、双子は口いっぱいにご飯をほおばった状態で振り向く。その様子に声をかけた少年が吹き出した。白いふわふわの羽毛頭、黄色いくちばしにキョロキョロと大きな瞳が特徴のクラスメイト、鳥族のトモだ。
「お前ら、二人してそのほっぺ……ぷぷぷ……」
顔を見た途端、笑いを堪えるように、トモはうつむいてくちばしを押さえる。
「聞いたって……何がだべ?」
なんとか口の中のご飯を飲み込んだらしいシンが首をかしげる。するとトモではなく、彼の隣にいた猫耳少年が身を乗り出してきた。同じくクラスメイトのマハサだ。二人ともご飯を食べながら話し込んでいたようで、片手にさじを持ったままだ。口の周りにご飯粒をつけたままマハサが口を開く。
「ほら、前に学校の時計壊した盗賊がいただろ」
「えっ!?」
「ペルソナだべか!?」
マハサの発言に、勢い良く双子が身を乗り出す。あわてすぎたシンジはその椅子から転げ落ちそうになるほどだ。
「な、なになに、ペルソナがどうしたの!?」
マハサに詰め寄るようにシンジが顔を寄せると、猫耳少年は新聞を取り出して双子の目の前につきつけた。
「今朝のセイラントップニュースだぜ! あのペルソナがなんと予告状を出したんだ!」
その言葉に、双子はマハサから有無を言わさず新聞を取り上げた。驚くマハサをよそに双子は食い入るようにそれを見つめた。机をはさんで反対側に座っていたガイも、あわてて走り寄ってきてそれをのぞき見る。
新聞をじっとにらみながら、シンジがそれを読み始めた。
「えーっとナニナニ……『盗賊ペルソナ、アイリーン家に予告状』……!?」
「アイリーン家って……ユキんちのことだべな!」
シンが思わず声を上げると、シンジもガイもうなずいて、また新聞を読む。
「『セイラン警備隊の調べによると、アイリーン家に差出人不明の手紙が届き、その内容はアイリーン家の財宝を奪うという予告状であった。予告状には、かの有名な盗賊、ペルソナの名前が書かれており、警備隊も警戒を強めている。手紙には本日の夜8時に奪いに行くと書かれており、警備隊は本日早朝から警戒態勢に入っている……』だって!」
ひと通りシンジが読み終えると、それを後ろから眺めていたトモとマハサも興奮気味に声をかける。
「あのペルソナの事件だなんて、久しぶりだな!」
ワクワクと両手を握りしめ、興奮気味にそうつぶやくのはトモだ。その隣でマハサもつぶやく。
「確か、学校の時計が壊された時なんかは、シン達も大変だったよな。犯人扱いされてたしさ」
そう言って横目を向けるマハサに、シンはほおをふくらませ、宙をにらむ。
「まったくだべ! オラはアイツら、許すつもりはないだべよ!」
「そうだね〜、それに前回だっけ? あの地下神殿ではあの石も――もがっ!」
うっかり闇の石の話をしそうになったガイを、横からシンジが押さえこむ。
「そうそう、ペルソナ! 時計壊された時はホンっと散々だったもんね! ね、ガイ!」
もがもがと苦しそうなガイを見えないように、自分の背中に隠しながらシンジは声を大きくして言う。
「それにしても、ずいぶん大きなニュースになってるだな」
新聞を見つめ、あごを押さえるシンに、白い頭をかしげながらトモがため息をつく。
「そりゃあ、あのペルソナだぜ。前回の事件でも相当なニュースだったしよ。しかも今回はわざわざ予告状まで出してるんだ。こりゃあ大騒ぎにもなるだろ」
ガイを押さえこむシンジの様子に気がついていないトモは、そう言って肩をすぼめる。だがすぐに新聞をのぞきこむようにして、興奮気味にその声を大きくした。
「それにしたって、あの天下の大悪党だもんな! うーん、警備隊とどんな対決すんのか、今から……も〜! ワクワクするぜ!」
「オレ、今回はペルソナがお宝盗める方にかけるぜ!」
マハサがそうにやりと笑うと、トモとシンが同時に声を上げた。
「オレ絶対阻止派〜!」
「盗ませるわけないだべさ!!」
二人の気迫に、思わずマハサが身をのけぞらせると、白頭のトモと赤頭のシンが、がちっりとお互いの右手と右手を握りしめてうなずき合う。
「今回も警備隊があいつらの野望を阻止するんだ! かっこいーな、警備隊!!」
「そうだべ! あんな悪党に好き勝手やらせるつもりはねーだべ! 必ずオラが止めてやるだ!」
そんな二人の様子を見て、シンジからようやく開放されたガイがため息を付いた。
「二人とも、微妙に話が食い違ってるけどねぇ……」
そんなガイのツッコミなど耳に入るはずもない二人は、鼻息あらくこぶしを握りしめていた。
「それにしても、予告状とは珍しいわね」
学校の休み時間、お昼を食べながらヨウサは首をかしげた。
朝からペルソナの話題で学校中持ちきりだった。休み時間になれば嫌でもその話題を耳にする。ペルソナが起こした最初の事件、時計破壊事件で、時計を壊した犯人と勘違いされたことがある双子である。当然クラス中、時にはクラス外の生徒にまで、二人は話題を振られていた。そしてお昼休み、ようやくいつもの四人で今回の件を話すことができたのだった。さすがにそれだけの騒ぎになっていて、狙われている当の本人、ユキは学校を休んでいた。
「今までのやり方を見ていても、そんな予告なんて一度もしてこなかったじゃない?」
ヨウサのもっともな意見にシンジは首をひねる。
「確かにそうなんだよね」
「単純に、目立ちたいだけだべさ! オラ達が邪魔しているのも知ってるから、まさに宣戦布告だべ!」
鼻息あらくシンが言うと、それを聞いてガイが難しい表情で首をかしげた。
「でもさぁ……わざわざ予告状を出すなんて、どう考えてもペルソナには不利になるじゃない〜? 警備も硬くなるし、ボクらだって絶対邪魔しに行くに決まってるんだしさぁ……」
事実、予告状を出したことで学校だけでなく、セイランの街中大騒ぎだった。一度セイラン学校の時計を破壊し、図書館にも現れ、そして博物館でも大暴れした盗賊だ。世界に名高いセイランの都市でそこまで暴れる大胆不敵な盗賊に、たくさんの人々の感心が高まるのは想像にたやすい。
「そうよね、あのニュース、すごいことになってたわよ。朝一で新聞見てたお母さんもびっくりしてたし、商店街でも大騒ぎ。うちのクラスだけじゃなくて学校中大騒ぎになってるんだもの」
そう言ってあきれるようにヨウサは両手を上げて見せる。
「……そうか、その狙いもあるかも」
急にポツリとシンジがつぶやいた。その言葉に三人の視線が集まる。
「どうしただ、シンジ?」
兄の言葉に、シンジは一つうなずいて見せた。
「もしかしたら、僕らをおびき寄せる作戦じゃないかな? ここにペルソナが現れる、と知ったら、僕らも石を持って現れる。そしたらまとめて奪っちゃおうっていう、そういう狙いかなと思って」
「……ありえるねぇ……」
シンジの推理にガイもその細い目で真剣な表情をしてみせる。
「デルタはさておき、オミクロンってあの小さいヤツはずいぶん頭まわりそうだもんねぇ」
「確かに……あのオミクロンなら、考えつきそうだべな、デルタは無理だべが……」
そう言って納得する四人の言葉に、間違いなくデルタはくしゃみをしていることだろう。
「ということは、シンくんの言うように、これはペルソナの宣戦布告ね」
真剣な表情で、ヨウサが三人に目配せした。
「私達が来ることも予想して、わざと予告してきたんだわ。ユキちゃんが私達のクラスメイトと知って……トモが行方不明になった時の私達の行動を知って予測したのよ。友達のために、きっと私達が石を持って現れてくるだろうって」
その言葉に三人は決意を込めてうなずいた。
「止めてみせるだべ!」
「うん、ペルソナ達の思い通りになんてさせるもんか!」
「ユキちゃんを守ってみせるぞ〜!」
四人は青い空の下、お互いに顔を見合わせて大きくうなずいた。
まさにその時だった。
「何してるの?」
急に声をかけられ、その方向を見ると――銀髪の少年が首をかしげて立っていた。見ればその手にボールをもっており、今まさに遊びに校庭に出てきたばかりのようだ。彼らのクラス級長、フタバだ。
「あ、フタバ!」
気がついたシンが声をかけると、シンジも思い出したように声をかける。
「そうだ、級長も聞いてよ〜」
「え、あ、ちょっ……なに、どうしたの……?」
戸惑う本人をよそに、双子は級長であるフタバの腕を取り自分たちの話に引っ張りこむ。
「ほら、フタバ、今日学校中話題になってるペルソナの話があるだべ?」
「あ、ああ、例のね……。すごい大騒ぎだったけど、あれもやっぱり『例の石』が関連してるのかい?」
さすがフタバは元々彼らの「超古代文明調査隊」の一員だ。急な話でも、彼らの話をしっかり理解している。飲み込みの早いフタバにシンジはうなずいて、兄であるシンの言葉の先を続ける。
「そうなんだよ。で、ペルソナの狙いはユキちゃんが持っているペンダントなんだ。だから僕らでユキちゃんを今日守りにいこうと思ってるんだ」
双子がひと通り話し終えると、フタバの困惑していた表情は消えていた。シン達同様、真剣な表情で力強くうなずいた。
「そういうことか……! わかった、そういうことなら、僕も出来る限り手伝うよ!」
級長の申し出に、双子は力強くうなずいた。
「分かっただべ!」
「じゃあ、待ち合わせは今日の放課後、ユキちゃんのお屋敷の前でね!」
そう答える双子に手を振って、フタバはボールをもって、彼を呼ぶ友人の方へかけて行った。軽やかに銀髪を弾ませながら去っていくクラスメートを見送り、双子が顔を見合わせてほほえんだ時だ。
「……ねぇ、よかったの……?」
思いがけず、暗い声が二人にかかった。声の主はヨウサだ。彼女が急にそんな声を出すので、二人は思わず首をかしげた。
「よかったの……って何がだべ?」
シンが首をかしげると、ヨウサは双子に顔を寄せて声をひそめて言った。
「フタバくんよ。ホラ……前にケトが言ってたじゃない? フタバくん、なんだか私達のことをよく言ってなかったって……」
その発言に思い出したように双子が目を丸くする。そういえばそうだ。闇の闇の石を探すために、地下神殿に落とされた事件の時のことだ。行方不明になったトモを探すために一緒に協力してくれたケトが、事件の後気になることを言っていた。
『……シンたちのことだからいたずらかもしれない、みたいに言われてさ……まったく信じてくれなかったんだよ……』
「ケト……そういえばそんなこと言ってたね……」
あごを押さえシンジがつぶやくと、ガイも眉を寄せてうなる。
「う〜ん……でも、あからさまに断っても怪しまれるしねぇ……」
「それに、フタバが怪しいって言ったって、別にオラ達の邪魔はしたことないべよ? むしろ協力してくれたことの方が多いべさ」
シンの意見に、三人とも思わず沈黙する。
「下手に疑うわけにも行かないし……」とシンジ。
「でも、ちょっと気になる様子はあるし……」とヨウサ。
「それにもう、一緒に行こうって言っちゃったし〜……」とガイ。
「そうだべ、今更言っても仕方ねーべさ!」
のん気なシンの発言に、ヨウサはしぶい表情だ。それを見て、思いついたようにシンジがぽんと手を打った。
「そうだ、今回は様子見にしようよ! 本当に怪しいのかどうか、今回の動きを注意して見てみればいいんだよ!」
その発言に残る三人もぱっと表情を明るくした。すぐさま同意したのはヨウサだ。
「それ、いいわね!」
「実際に気をつけて見てみれば、怪しいのかどうかもわかるしね〜!」
続けてうなずくガイを見て、シンも腕を組み、納得げにうなずく。
「さすが、オラの弟だべ! 冴えてるだな!」
その言葉にシンジも得意げに笑うが、すぐに表情を凛々《りり》しくして三人を見て言った。
「そうと決まれば、今回は気をつけてフタバくんを見ておかないとね! なるべく彼を一人にしないように気をつけていこう!」
その言葉に三人は深くうなずいた。
「さ、そうとなれば今日の放課後、みんなでユキの屋敷に行くだべよ!」
シンのかけ声に、四人は顔を見合わせ強くうなずくのだった。




