エピローグ 沈みゆく気配
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夏の始まりにしては薄暗い日だった。昨日から天気は崩れ、今日も雨でも振りそうな、そんな天気だ。広い厳かな部屋も今日は薄暗く、弱い光を背に受けながら白ひげの老人は鏡に話しかけていた。
「――そうか……石をひとつ――守りきれなんだか……」
天候にも似た暗い声が、老人の気持ちを表していた。そんな老人の声に鏡が答える。鏡の中に映る姿は老人のそれではない。ぼんやりと映る姿はもう少し若い男のように見えた。恐らく茶髪の男だろう。鏡の中の男は、返事に続けて何か老人に話し続けていた。不鮮明な声は薄暗い部屋にぼんやりと消えて行き、老人以外に聞き取れる者はいない。
鏡が話し終えると、ひとつ息を吸い老人は低い声を続けた。
「そうなると――沈んだ石はいくつになるのじゃ?」
その問いにまたも短く鏡の中の男が答える。その答えを聞いて、老人は白いひげをさすりながら短くうなった。その表情は豊かな白い眉に隠れてはっきりとは見えないが、緊張感が漂っている。
「――なるほどのう……悪影響が出るには時間はかかるだろうが……油断ならんのう。阻止する方法はないのかのう?」
その問に、一瞬鏡の男は沈黙したようだった。短く間をとって、鏡からまた低い声が響く。
その言葉に黙って耳を傾けていた老人だったが、唐突に背を伸ばし鏡以外の方向へ耳を澄ました。どこかからざわついた子どもの声が響く。ちらと背後の窓から外を見る。眼下には広い校庭が広がっており、そこを十数名の生徒がかけていく。授業中のはずなのだが――体育や魔法実演という様子でもない。
そんなよそ見をする老人に鏡の中の男が大きく呼びかけたようだった。その声に反応した老人は、ほほえみながら鏡に向き直った。
「――ほっほ、すまんのう。いや、話は聞いておったよ。どうもそちらもこちらも、騒がしい時期のようじゃて」
そう言いながら老人がひげをなでると、鏡の中の男は説明を続ける。それを聞きながら老人はちらちらと校庭を見、部屋の外へ気配をうかがっていた。
「――話はだいぶわかった。そうなると――どうもこちらの盗賊が気になるわい」
その言葉に鏡の中の男が短く問う。老人はどこか遠くを見ながらつぶやいた。
「ペルソナとやらが、一体何者なのかが――のう……」
そうつぶやいた直後だった。廊下を駆けてくる足音が聞こえて、老人はちらと鏡の男に視線を向けてほほえんだ。
「こちらも来客のようじゃ。夏休みに入るのだし、ワシもまたそちらにうかがおうかのう。では、さらばじゃ」
老人が別れのあいさつを述べた直後、鏡の表面がゆらめいて中の男が消えた。そしてそこに老人の顔が映し出されると、今度は老人の部屋の扉が勢いよく開けられた。
その扉の先に立っていたのは太陽クラスの犬科の女の子、そしてその後ろにはハセワ先生が立っていた。
彼女たちを見て老人は静かにほほえんで見せた。
「朝から騒々《そうぞう》しいのう。どうしたのじゃ、二人とも」
その直後、校長に今回の事件、シンたちの行方不明事件が告げられたのだった――。
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「それにしても、結局みんな無事でよかったね」
シンの隣を歩きながら、クラスメイトの一人が言う。その言葉にシンだけでなくシンジもヨウサもガイもほほえむ。
全員の無事が確認できて、クラスメイトと先生とアルバイトのリサが喜んだのも束の間、すぐにみんなは学校への帰り道についた。そもそもこの時間は普通に授業中なのだから無理もない。
薄暗い天気の中、行きとは違って、今度はまるで遠足のような明るい声を響かせながら、森の中を十数名の子どもたちが列になって歩いていく。
「オラにかかればあんな事件、あっという間に解決だべさ!」
クラスメイトの言葉にシンが胸を張ってそんな答えをする。その背中には眠っているミランがおぶられている。そんなシンに、背後を歩くガイがため息混じりにつっこんだ。
「まったく、シンの自信過剰ぶりには困るなぁ~。ボクの助けもあってこそじゃない〜」
「あはははは、まあ、みんなの協力あってこそだよ」
シンの隣で弟のシンジは笑いながら答える。
「それにケトが助けてくれたことも大きかったよね!よかったよ、僕らだけじゃ三人は運べないもの」
と、シンジが背後に目を向けると、彼らの後ろをケトが歩いていた。見れば背中に猫耳少年のマハサを背負っている。
体の大きいクマ科のケトがマハサと、レイロウ先生がトモを、そしてシンがミランをおぶって連れているのだ。
「やあ、シンくん、シンジくん」
先程まで並んで歩いていた魚族の子が前へ行くと、少し前を歩いていた級長のフタバもシンのとなりに並んできた。
「お、フタバも来てくれてただな! ありがとうだべ!」
それに気がついてシンがにかっと笑うと、その笑みに彼もほほえみ返した。
「まったくもう……遅刻するからどうしたのかと思ったよ……まさか事件に巻き込まれてたなんてね」
そう言ってフタバは軽くため息をつくと、そっと顔をシンに寄せて小声で問いかける。
「もしかして――またあの『石』に関連しているの?」
その問いにシンは気がついたようにこそこそと返す。
「そうだべ……実はあの広場の下に神殿があって――そこにペルソナの部下たちがいたんだべ」
その言葉にフタバはきょろきょろと周りを見てこそこそと続けた。
「その話、気になるね……。またあとで聞かせてよ」
「わかっただべ! また寮で話そうべさ!」
そのシンの答えにフタバはにこりとほほえむと、
「じゃあ僕は列の先頭に行かなくちゃ。またね、シン!」
と、駆けていった。それを見ていたヨウサが静かに胸をなでおろす。
「そういえば、フタバくんにはあの話、しているんだったわね」
「そうだね、級長も『超古代文明調査隊』のメンバーだからね」
ヨウサの言葉にシンジが笑いながら答えた時だった。急にシンジは背後から声をかけられた。
「なあシンジ、シン……」
名を呼ばれ振り向くと、クマ耳の少年が暗い表情で唇をかんでいた。その表情にシンジは首をかしげる。
「――ケト?」
「ん? ケト、呼んだだか?」
今しがた振り向いたばかりのシンも合わせて問いかけると、ケトはしばらくの沈黙をはさんで重い口を開いた。
「――いや……大したことじゃないんだけどよ……。級長……お前らとホントに仲いいのか?」
その問いかけに思わずガイとヨウサまでも振り向く。
「――え? どういうこと?」
「そりゃあねぇ、級長はボクらの活動の一員だからねぇ。ケトたちのオバケ調査の秘密結社と一緒だよ~」
すかさずヨウサとガイも口をはさむと、シンとシンジも顔を見合わせる。彼が何を言いたいのか、つかみかねていたのだ。
そんな四人にケトは静かに言葉を続けた。
「いやさ……ホントはここに来ること、最初に級長に説明したら……シンたちのことだからいたずらかもしれない、みたいに言われてさ……まったく信じてくれなかったんだよ……。ホントにお前ら信頼してるなら……一緒に活動してんなら……フツー言わねぇよなって思ってよ……」
ケトのその言葉に思わず四人は顔を見合わせた。
「級長が――」
「そんなこと言ったんだべか……?」
双子は視線を列の先へと送る。レイロウ先生に並んで歩く銀髪の少年――にこやかなその表情を見て、にわかには信じられなかった。小鬼の話はともかく、石の話までしていて、風の闇の石を見つけた時のことも、水の闇の石の神殿の話も、全てフタバには話していたのだから――。
今回のような事件が起こりうることを、彼なら察してくれそうなものなのだが――
四人は困惑した表情で、お互いに顔を見合わせた。そんな彼らの間を生暖かい風が通り抜けていく。その風に髪をゆらされ、シンは思わずつぶやいた。
「風行きが――怪しいだべな……」
空を見上げれば、重たい雲が今にも泣き崩れそうな色をしていた――。




