時間稼ぎ
「いっ!!」
叫んだその直後、空中にいたシンの体はよろめいていた。足を横殴りされ、その体制を崩していたのだ。その隙をあの魔物は見逃さなかった。動きの鈍ったシン目かけ、次の足がまた横から迫っていた。
『雷申!』
ヨウサの声がして、次の瞬間にはその足が痙攣していた。寸でのところで攻撃を交わしたシンは、再び宙へと舞い上がった。
「ヨウサ! ありがとうだべ!」
「えいっ!」
立て続けてシンジのかけ声が響き、シンジはその右手の氷の剣で、震えている敵の足を切り裂いた。たちまち魔物の足の一つがぼろりと崩れた。
「やった!」
それを見ていたガイが思わず歓喜の声を上げるが、オミクロンの威圧的な声が響いた。
「果たして、喜べる状態かな?」
その声にハッとしたのはシンだった。魔物の足に集中していたシンジとヨウサは気がついていない。魔物の目は――ヨウサを狙っている――!
「あぶねーだっ!」
シンは即座にその短剣を振り払う。
『鎌鼬!』
しかしシンの攻撃を感じ取ったらしい魔物は、急にその頭を後ろに引っ込めた。その直後、シンの放った風の刃が、魔物には当たらず床に激突する。
その音に、ヨウサがようやく迫り来る敵の攻撃に気が付いた。しかしその時にはすでに、魔物はまた目の前のヨウサ目かけてその口を突き出していた。
「きゃあ!!」
「くっ!」
ヨウサの叫び声と同時に、シンは少女と魔物の口の間にすべり込んでいた。とっさにヨウサはその目をきつく閉じて身をこわばらせる。甲高い金属音が耳の奥に響いた。
「シンっ!!」
気がついて叫ぶシンジの声に、続けて応じたのはオミクロンだった。
「ほう……。やるな」
本当にギリギリのところだった。シンはあの短剣を横に構えて持っていた。その剣がつっかえるようになって、ギリギリのところで魔物の口が閉じられずに済んだのだ。しかしシンの体はすでにその口の閉じられる射程範囲内にある。剣がなければ噛み付かれている位置だ。
「シンくん!!」
シンの背中越しに、思わず目を閉じていたヨウサが叫び声を上げる。
「くっ……ヨウサ……アレを使うだ!!」
シンの言葉に思い出したようにヨウサが息を飲んだ。
「任せて!――『雷申』!!」
その至近距離からヨウサは術を放った。シンに当たることなく、彼女の放った雷は一直線に魔物の口の中に炸裂した。
その抜群のコントロールに、シンはタイミングよく剣を抜き、すぐにその剣を振り下ろした。
『鎌鼬!』
しびれて開きっぱなしの口に風の刃が襲いかかった。口の牙の片方が切り裂かれて煙と共に消えた。
「ちょっとはダメージになっただなっ!」
「さすがシンくん!」
シンに続いてヨウサも嬉々として声を上げる。
しかし、喜ぶのはまだ早い。
「また出たあ~!!」
ガイの叫び声が響いて、シンはガイの方を見た。またあの巨大アリが小さな魔物を生み出していたのだ。シンとヨウサの少し先で、シンジが襲いかかる魔物目かけて術を放っていた。
『皓々《コウコウ》!!』
またも彼らはあの小さな魔物の消滅に大忙しだ。
「 ――ったく! これじゃこんなことのくり返しだよっ!」
シンジが忌々しげに叫んだ時、オミクロンが笑いを含んだ声を響かせた。
「お前たちの力、なかなかなようだが――そんなにのんびりしていていいものか? 今デルタが闇の石の結界を解いている。我々が石を手に入れるのは時間の問題だぞ」
目線を向ければ、意地悪い笑みを浮かべてオミクロンが見下ろしていた。その隣でまた頭を出して戦いを見ようとしていたデルタが、彼の蹴りでまた頭を引っ込めた。
「私たちを止めるのではなかったのか?」
確かに彼の言うとおりだ。着々と魔物を弱らせてはいるものの――
目の前であの巨大なアリが頭を震わせていた。きっとあの震えが治まったら、またあの頭からも攻撃を仕かけてくることだろう。まだ油断できない――。
オミクロンは闇の石を手に入れるまでの時間稼ぎをしているのだ。このままでは敵の思うツボだ。思わずシンはその唇を噛んだ。
「くっそー! どうにかして早くアイツを倒さねーといけねーだべっ!」
今の戦い方ではどうしても倒すのに時間がかかる。どうしたらいいか、思わずシンがうなった時だ。
「小さな魔物にかまっていると〜、本体が攻撃してくるでしょ〜? 逆にそれ、利用できないかなぁ」
思いがけずつぶやいたのはガイだ。ガイは何かをひらめいたのだろう。彼の発言は気になるものの目の前の敵から目線を外さずに、シンが質問を投げかける。
「どういうことだべ?」
ガイは敵の動きを見ながら、小声でつぶやくようにいった。
「いや、小さい魔物に集中しているフリをして〜……。大きい魔物がこっちを狙ったスキに、大打撃を与えるっていうのはどうかなと思って……」
「それいいじゃない!」
同意したのはヨウサだ。しかしすぐに顔を曇らせる。
「でもどうやって?」
「来ただ!」
三人の思考はそこで中断された。魔物がまたあの頭をシン目かけて突撃させてきたからだ。
『火焔!』
火の玉を投げつけると、思いがけず魔物はそれを頭を上にあげてかわしてきた。そのまま上から突っ込むようにしてその口を大きく開いた。
『雷申!』
またも噛み付かれそうになるその寸でのところで、ヨウサが雷を食らわせる。
『水柱!』
立て続けに響いたのはシンジの声だった。見ればいつの間に小さな魔物を倒し終えたのか、ガイのその隣から術を放っていた。シンジの放った水魔法のおかげで、魔物は勢いよくその体を水に流され、彼らと魔物との距離を大きく離した。
「ナイスだべ!」
「それよりも――アイツをさっさと倒す方法を考えなくちゃ!」
走りよるシンジの表情も、焦りが表れていた。二人の危機感を煽るように、ガイもバタバタと騒ぎ立てる。
「そうだよ~! 急がないと、闇の石が奪われちゃうよ~!」
ガイの言葉に双子は目を合わせる。そうだ、こうしている間にも、デルタが(嫌々ながら)闇の石の封印を解いているのだから――!
「なんとか――ガイの思いついた作戦を実行できねーだべか……」
と、シンがつぶやきながら、目線を上げると――弟の刀が目に飛び込んできた。
「――そうだべ……これはどうだべ?」
シンがふと思いついたように三人に向けて声を潜めて話しだした。




