対戦、召喚獣
「なっ――その魔物を使うのか――!?」
思いがけず、驚いたのはデルタだった。いつの間にかまた床から頭を出していたのか、目を丸くして事の成り行きを見届けている。彼のその反応に四人は困惑する。
「どうしてデルタがビビるんだべか――?」
「一体……何を召喚しているんだ――?」
目の前で広がる黒い円は、その底から何やら脈動するように、低い音を響かせていた。その音が、強い闇の波動を放っているのを感じて、双子は思わず後じさる。
「その魔物は――」
デルタが言葉を続けるよりも早く、オミクロンが鼻で笑った。
「折角だ、お前たちの力を量らせてもらおうじゃないか」
その言葉に双子がオミクロンをにらんだ、その直後だった。
地鳴りのような音が響いて、目の前の黒い円から何かが頭を出した。姿は今までシンが倒してきたあの魔物たちと同じ、影のように真っ黒なのだが、明らかにそれとは違った。体に走る紫の不思議な線、そしてギラリとにらむその紫の瞳、長い触覚が二つ、縦に割れたギザギザの口――その頭の大きさだけでも彼らの背丈の半分はあった。それに驚く間もなく、穴から抜け出すように引きずり出て来た腕が次々姿を現す。折れ曲がった関節が二箇所の腕と足が六つ――
「うぇえええええー!?」
あまりに予想外なことで、双子の声がかぶる。双子の前にその影を落とした魔物は、ゆうに彼らの五倍はあろう大きさに伸びたのだ。形はアリだが、しかし見上げるようなその大きさに、双子の口があんぐりとあく。魔物の頭ひとつで、彼らの身長分はありそうだ。
「どどど、どーするのさ~!? こんなのと戦うの~!?」
双子の後ろに隠れるようになりながら、ガイが震えながら声を張り上げる。
――しかし。
「決まってるだべさ!」
「逃げる道がないんだから!」
言うが早いが、双子は即座に構えを取る。
「お前たちのその覚悟の良さ、褒めておこう」
オミクロンのムカつくほどの上から目線な物言いに、双子はおろか、ガイもヨウサも思わずカチンとくる。しかし当の本人は表情一つ変えず、冷徹な表情だ。
「しかし――果たしてお前たちの力でこの魔物が倒せるかな――?」
その幼い顔立ちとは裏腹に、目を細め挑発的に言い放つオミクロンの姿は、不気味なほど大人びて見えた。
これほどにまで巨大な魔物だ。どう考えても彼らには不利だ。しかし双子は目の前の敵をにらみつけ、覚悟を決めた。
「やってみなくちゃ――」
「わかんねぇだべ!」
先攻を仕かけたのはシンだった。
『鎌鼬!』
呪文とともに、その右手の短剣を上に下にと振り放つ。その動きに合わせ二つの風の刃が魔物に襲いかかった。
風を切る音とともに、魔物の体を風の刃がかすめていく。避けきれなかったとみえ、まるで何か硬い大木を切るような音が響いて、魔物の体の一部が切り裂かれた。血も何も出ず、ただ切り裂かれた所が煙のようにゆらめいた。
魔物が雄叫びを上げた。
「気をつけて! アイツ動きが速い!」
シンジが叫んだ次の瞬間、巨大な魔物はシンジめがけて突進してきた。あの縦に裂けた口を大きく開くと、口のギザギザが前に突き出して、噛み付こうとする。それを紙一重でかわすと、魔物が横の少年に向き直るより速く、シンジの呪文が響いた。
『氷刃!!』
刺すような冷気をその口に食らい、驚くように魔物がその足を上げたと思った途端、次の瞬間には少年から素速く距離を取っていた。あの巨体からは想像できない素速さだ。
「虫みたいな魔物だから、意外にシンジの氷系に弱そうだよ~!」
魔物の動きを見て、ガイが声を張り上げた。
「虫なら――こっちも効くだべなっ! 『火焔』!!」
敵の弱点を察し、シンが魔物の上空から攻撃を仕かけた。シンの手から放たれた火の玉は、魔物の胴体に直撃する。またも敵の体から煙が上がり、それを痛むように魔物が叫んだ。
「よっし! この調子で――」
と、シンジが魔法発動の準備をした時だ。魔物の様子がおかしいことに気がついてガイが声を上げる。
「待って〜! なんか、魔物の動きが変だよ~!?」
その言葉に魔物を見ると――魔物のお尻部分から何かが次々出てきたのだ。それを見て、シンが思いっきり眉を寄せて嫌そうにつぶやく。
「げげっ、フンだべか!?」
「違うわよっ!!」
即座につっこんだのはヨウサだ。
「よく見て! あれ――魔物だわ!」
彼女の言うとおり、魔物が生み出したのは小さな魔物だった。次々に出てくるそれは、この魔物と同じアリ型の魔物だ。大きさは小さいと言っても、それでもひざ丈ほどはある。シンやヨウサが倒してきた、あの黒い影の魔物ととても似ていた。それに気がついたときには、そのひざ丈の黒いアリはシンジやガイ、ヨウサに襲いかかっていた。
『皓々《コウコウ》!』
反射的にシンジが呪文を放ち、正面の敵を氷漬けにする。
『鎌鼬!』
上空から、シンはガイに襲いかかろうとしていた魔物を切り払う。
「雷申!」
その指先に魔物が噛み付こうとしていた、その危機一髪のところでヨウサは呪文を放った。その攻撃の勢いに魔物は遠くに吹っ飛んだ。
「ふー、危機一髪だったべ――」
「油断している場合か?」
シンが思わず安堵のため息を付いた直後だった。唐突にオミクロンの声が聞こえたかと思った次の瞬間、視界の隅に黒い何かが入ってはっとする。
「シン!!」
シンジの叫ぶ声と同時に、黒い魔物の足がシンのその足をなぎ払っていた。




