闇の魔物
「あっただべ! 階段だべよ!!」
長かった牢屋続きの通路もようやく終着地点に来たようだ。先頭を歩いていたシンが振り向きながら言うと、ヨウサも嬉しそうにうなずいてみせる。
「これで上にいけるわね! 出口がすぐだといいけど……」
「いや、出口の前にきっと…………っと、これもしゃべっちゃいけねぇだべか?」
言葉を続けようとしたシンがあわてて言葉尻を飲む。そんなシンにヨウサはにらみをきかせうなずき、その背後でマハサがほほを膨らませる。
「何でそこまで秘密にすんだよ~! お前達二人の秘密って、ずりーじゃねえか!」
「そうだよ! あたしだって気になる~!」
二人の反論に、ヨウサは怒ったように首を振り、シンは苦笑しながら頭をかく。
「私とシンくんの秘密じゃなくて、シンジくんとガイくんも含み、四人だけの秘密なの!」
「ここでオラがしゃべった、オラ……ヨウサに殺されそうだべからなぁ……」
二人の言葉に、マハサとミランは不服そうだが、まだ聞き出すことを諦めたわけではなさそうだ。二人は顔を見合わせると、お互いに力強くうなずく。
「シンのヤツは口軽いからな」
「またチャンスがあったら、話を聞かせてもらおうね!」
虎視眈々《こしたんたん》とチャンスを狙っているようである。
そんなやり取りを終えて、四人は階段を上り始めた。階段の側面にも白い光の魔法は埋められており、決して明るくはないが足元を確認できる程度だ。慎重に階段を上がりながら、ヨウサは前方のシンに小声で注意する。
「うっかり話したりしたらダメよ、シンくん!」
「わかってるだべさ! で、でも、ここまで来ると逆に隠し切れねぇんでねーべか?」
自分の発言で何度も結果的になぐられているシンは、先ほどぶたれた鼻をさすりながらつぶやく。この階段に辿り着くまでに、ヨウサの口止めで、……なぐられていたようである。
「エプシロンがいたってことは、またペルソナがいる可能性は高いだべよ? もしいるとしたら、また戦う可能性だってなくはないだべさ」
「だとしたら余計によ。マハサくんはさておき、ミランもいるのよ? 危険な目にあわせられないじゃないの! それに……」
と、そこでヨウサはシンの隣に並んで耳に顔を寄せてささやく。
「活動のことを知られたら、キショウさんって人のことだって絡んでくるわ。それはさすがに危険なんでしょ?」
その発言に、シンは困ったように頭をかく。
「そうだべな……。よし、なんとか二人にはばれないように、ペルソナの悪事も止めるしかねえだべな!」
と、決意を新たにすると、ヨウサも笑顔でうなずく。
「それに焦ることは無いわ。こっちにはあの本もあるのよ! まずは外に戻って、シンジくんやガイくんと協力してからってことだって出来るじゃない」
と、二人が顔を見合わせてうなずきあっていると、ふいに背後にいたマハサが不機嫌そうな声を発する。
「なんだよ、二人して作戦会議か?」
「この地下を抜け出す作戦会議なら、混ざってもいいでしょ?」
ミランは上目遣いでそう首をかしげてみせる。その言葉にシンはいつものように、にかっと笑って見せた。
「おう! そっちは構わねぇだべよ!」
「あ、次の階に到着よ」
階段を上り終えて、ヨウサが声を上げた。四人の目の前には先ほどよりも広い通路が広がっていた。相変わらず薄暗く、壁にはめ込まれたか弱い光だけが光源で、不気味さは変わらない。土の匂いのする湿っぽい空気を吸って、マハサがうんざりしたようにため息をつく。
「まだ地下っぽいなぁ……。窓もないし」
「そう簡単には抜けられないわよ、きっと。それより……」
と、ヨウサはそこで緊張した表情で目線を動かす。
「なんだかちょっと嫌な気配を感じるわね……」
「ヨウサにも分かるだべか……。これはちょっと魔物の気配があるだべよ……!」
いち早くこの階の空気を感じたシンが珍しくその表情を険しくしてつぶやく。その言葉に、マハサがげっ、と声を上げる。
「マジかよ……!魔物!?」
「やだっ……! こわい……」
ミランはおびえる様にヨウサの腕にしがみつく。そんな二人の様子を見て、シンはにやりと笑ってみせる。
「なぁに、心配いらねーべさ! なんてったって、このオラがいるだべよ!」
と、自信たっぷりに笑うシンを見て、ヨウサはあきれた様子ではあるがほっとしたように微笑んで見せた。それを見ていたマハサが、その耳としっぽをピンと立てて深く息を吸った。
「よっし! こういう危険な場所では男の出番だもんな!」
と、こぶしを振り上げるその様子とは裏腹に声が若干震えているようである。
「むん? マハサ、大丈夫だべか? なんだか声が震えてるだべよ??」
「う、うるさいな! 大丈夫だよ!! いいか、ヨウサ、ミラン! お前らは危険だからオレたちの後ろにいろよ!」
「う、うん……」
マハサの発言だけはかっこいい言葉に、ミランは小声でうなずくが、ヨウサは不敵に微笑んだ。
「あら、私の心配は要らないわよ。私だって戦力になると思うけど」
その発言にマハサは首を振り、いつに無く真剣な表情でヨウサを見つめる。
「いや、こういう時は遠慮はいらないぜ。ホントはヨウサだって怖いんだろ?」
「え、いや別に……」
「いいか、オレから離れるんじゃないぜ……!」
ヨウサの発言を聞いているのかいないのか、マハサは前方をにらむようにしてさっさと進みだした。ヨウサは思わずミランと顔を見合わせて、首をかしげている。
「お! マハサも張り切ってるだべな! よーし! 魔物なんか蹴散らしていくだべよ!」
逆にシンは進みだしたマハサの様子に、自らもやる気になったのか、こぶしを回しながら鼻息荒く前進を始めた。
「へ、シンは怖くないのかよ?」
隣を並んで歩くシンに、マハサが気丈に問う。発言とは裏腹に声が裏返っている。
「怖くなんかねぇべさ! オラが負けるはずねーだべさ!」
相変わらずの自信過剰ぶりは、彼ののん気な性格ゆえなのだが、こういうときには頼もしい。堂々たる発言にマハサは思わず感心して声を漏らす。
「へ、へぇ……やるな、シン……。で、でもっオレだって負けないぜ!」
負けん気が強いのか、マハサがにらむように言うと、シンは楽しそうに笑う。
「おうだべさ! ……と、さっそく出ただべよ!」
と、シンが構えるその前方から、怪しげな音が響いた。キイキイと小動物の鳴き声に似ているが、その響き方が攻撃的であることを感じ取って、シンが短剣を取り出す。思わずミランが小さな悲鳴を上げて縮こまると、ヨウサも緊迫した表情で前方をにらむ。うっすらと暗闇から浮かび上がるように現れたのは、でっぷりと太った黒いネズミのような魔物だった。
暗がりではっきりとは見えないが、丸みを帯びた二つの耳の間で、瞳が光を反射していた。その瞳は通常の配意とは違い、三つ並んで見えた。その後ろでちらちらとゆれる細い線はしっぽだろうか、途中から二つに裂けて左右に激しくゆれていた。
歩みを止め構える四人の前に、魔物の鋭い視線が向く。暗闇の中、光を反射する紫の瞳は全部で六つ――
「くるだべよ!」
シンがそう言って短剣をなぎ払うと同時だった。
鳴き声とともに、魔物が突進してきた。大きさは彼らの膝くらいだったが、そのスピードは思ったよりもすばやかった。シンの放った風の刃をジャンプで避けると、そのままシンの真上に飛び上がっていた。
「シンくん、危ない!」
ヨウサが叫ぶのと同時にシンはその短剣を真上に向けていた。
「せいのっ!!」
両腕で構えた短剣は、剣先が魔物の腹に触れた刹那、力強く前方に振り払われた。先ほどより激しい悲鳴を上げると、次の瞬間、魔物はシンの位置から真っ二つに裂けた。その体が地面につくかと思いきや、裂けた体は煙のようにふわりと消えた。
「むッ……」
それに気がついたシンは、一瞬その煙を盗み見るが、すぐに視線は前方に向けられた。
その次の瞬間、シンの目の前に魔物の黒い牙が迫っていた。背後にいたもう一匹の魔物が、その大口を開けてシンに跳びかろうとしていたのだ。
『雷申!!』
呪文の声とともに、シンの視界の隅で何かが一閃したのもつかの間、すぐ目の前で火花が散って、バチバチと電気の光が破裂した。と、同時に目の前の魔物がのけぞるようにして倒れ、体をその電気で震わせながら悲鳴を上げた。
「ナイスだべ! ヨウサ!! っと……『鎌鼬』!!」
背後に声を飛ばして、すぐに短剣を構えると、シンは目の前の敵目がけて再びそれをなぎ払った。風の刃に切り裂かれ、ネズミの魔物はまたも煙のようにふわりと消えた。
「……す、すごーい! あっという間に倒しちゃった!」
背後で二人の戦いを見ていたミランは、その両手で拍手しながら黄色い声を上げた。
「すごい! まさかヨウサちゃん、あんな攻撃できるなんて! 学校であんなの習わないじゃない!」
興奮で隣のヨウサの肩を叩きながらはしゃぐ彼女に、ヨウサはえへへと照れ笑いする。
「ま、私もちょっとくらいならね~。ね、私も役に立つでしょ?」
言いながらヨウサはマハサを見上げるように上目使いして首をかしげる。あまりにすばやいシンとヨウサのコンビネーションに、マハサはまぬけに口をぽかんと開けていた。しかしヨウサの視線に気がつくと、あわてて我に返ったようだ。
「――っと、お、おう……。ま、まさかヨウサがあんな魔法使えるとはな……」
「ふふっ、びっくりしたでしょ」
「ホント、あたしもびっくり! でもでも、シンくんってやっぱりすごいのね! あんなに強いなんて、すごいよ! ね、シンくん!!」
はしゃぎながら、ミランがシンの隣に走りよるが、シンはそれには反応せず、魔物の消えた場所を見つめていた。
「……この魔物、妙だべな……」
はしゃぐ女の子二人をよそに、シンが珍しく神妙な表情でつぶやいた。あまり見ないシンのその表情に、ヨウサが小首をかしげた。
「……? どうしたの、シンくん? なんかあった?」
「――いや……何でもねぇだ……。それより、先に進むだべよ!」
そう答えるや否や、シンは再び暗い通路の奥へと前進を始めた。




