古代神殿の罠
「いでででで……」
「ふー、危なかっただ……!」
「……ていうか、床に激突してるじゃねぇかよ!!」
真っ暗な空間に、にぎやかな三人の声が響く。
「何が危なかった、だよ!! 確実にオレたち、今床に叩きつけられたじゃねぇか!!」
シンの髪をぐいぐい引っ張りながら、キショウが抗議する。
「いでで! 引っ張るでねーだ!! 串刺しよりはマシだべさ!!」
キショウの身体を両手で引っ張るように、シンもまた抗議する。その様子はまるで飼い主を引っかこうとする子猫を、引きはがそうとする光景のようだ。
そんな二人の背後でシンジがブツブツと呪文を唱える。照明用のライトの呪文だ。たちまち真っ暗だった空間がうっすらと明るくなる。
「あれ? シンジ、ライト使えるだべか!」
「ちょっとだけだよ。ガイにふるーいやり方教わったから、ちょっとだけ使えるんだ。あんまり明るくならないけど」
双子がそんな会話をしている足元は、くだけた木の残骸で散らかっていた。うっすらした明かりの中、目を凝らすと人の骨もちらほら見える。どうやら落とし穴の底を槍が埋めていたらしく、落ちてきたものを串刺しにするトラップだったようだ。人の骨に気がついたキショウが思わず息をのんで、またシンの髪をひっぱり抗議する。
「危なかったじゃねーかよ! 機転が利かなかったら、オレたちだって串刺しだったんだぞ!」
「き、キテン……?」
「気が利かなかったら、みたいな意味じゃないの?」
言葉の意味が分からない双子がのん気にそんな会話をすることが、ますますキショウには腹立たしいらしい。ますますシンの髪を力強く引っ張る。
「なんでこんな所までオレを巻き込むんだよッ! やめとけってオレは止めてたのによ~!! オレは帰りたいんだッ!!」
「いでででっ! 髪が抜けるだ! やめるだって言ってるだべさ!!」
「まぁまぁ、キショウ、落ち着いて。無事だったんだからいいじゃない」
二人のやり取りに見かねてシンジがケラケラと間に入る。そのあまりに緊張感がない二人に、キショウは思わず力が抜ける。
「全く……お前らのノーテンキさには気が抜けるぜ……」
落とし穴に落とされた時、とっさにシンは底に向かって鎌鼬の魔法を三連続発射したのだ。その衝撃で落下の速度を弱め、ついでに底にあるかもしれないトラップ回避をしようとしたわけなのだが……。
「いやあ、さすがに飛翔の魔法を使っても、シンジとオラとキショウの三人は浮かないだべよな~」
「……っていうか、飛翔の呪文唱えるの、床に直撃する三秒前くらいだったもんね」
シンジも意地悪い目をしてシンを見て笑う。その視線にシンはバツが悪そうに笑ってごまかす。それを見てキショウが再びシンに噛み付く。
「何が浮かない、だよ!! 飛べば確実に落下速度は弱まるし、オレの重さなんか、重いうちに入るかよ!! 大体ただ飛ぶ呪文忘れてただけじゃねーかよ!!」
「いや、飛べることの方を忘れてただ」
シンの発言に、がっくりとうなだれるキショウとは対照的に、シンジは腹を抱えて笑っている。
「大体、落とし穴の下には何かあるからね~。僕が底に向けて攻撃して、シンは浮くこと優先してよかったのに」
シンジがそう助言するがもう遅い。三人はようやく(二人は笑いが)落ち着いて、そこで初めて立ち上がって上を見た。思ったより落とし穴は深かったのだが――
「あれ?……それにしては……」
「落ちてきた穴すら見えないだな」
双子の発言にキショウは鼻を鳴らす。
「おそらく、ただ落とされた、ってわけじゃないだろう。あの床に光った魔法陣は転送用の魔法陣だ。おそらく地下のどこかにワープさせられたんじゃないか?」
「そっか。それじゃ、ただこの上に上がっていっても、さっきの場所には出れないんだね」
キショウの発言にシンジはあごに手を当てる。
「まずここがどこなのか、がわからないもんね。多分、あのお城の地下なんだとは思うけど……」
「あ! 思い出しただ!!」
二人の思考をさえぎるようにシンが大声を出す。
「何を思い出したんだよ」
あまりの大声にキショウが不快そうに返すと、シンは興奮気味に弟に問いかける。
「あの女の声だべ! あの声、あのデルタを連れ戻しに来た女の声に似てないだべか!?」
その言葉にシンジもはっとしたように息をのむ。
「言われてみれば……! あの話し方とか声の感じ……たしか、エプシロン……とかいう奴じゃなかったっけ……?」
「一体なんの話だよ?」
またも会話に取り残されているキショウが双子にうんざりした表情で問いかけると、シンはやや顔を緊張させてキショウの方を向く。
「ペルソナの部下だべさ。たしかエプシロン、とかいう女だったべ」
「まだ戦ったこともないんだけどね。でもワープとかすっごい得意そうな人だった」
双子が交互に説明すると、キショウがふぅん、と興味なさそうに生返事をする。
「なるほど、ペルソナの部下ねぇ……。ま、予測できる範囲内だよな。ペルソナがいるんだったら、お供がそいつを守っていてもなんら不思議じゃねぇもんな」
キショウの言葉にシンもうなずく。
「そうだべな。それにしたってイキナリ落とし穴はあんまりだべ。お城の中、まったく探検できなかっただべよ」
「一体誰のせいで落とし穴に入ったと思ってんだよ」
すかさずシンの言葉にキショウが鋭くつっこむ。またもむぐぐと口を閉じるシンの隣でシンジが例の本を開いてのぞき込んでいた。
「あ、でもさ、シン。今僕らのいる場所見てみるとさ、まだあのお城の中にいるみたいだよ? ほら」
といって、ケンカを始めそうになる二人に本を見せる。思わずそれにつられてシンもキショウも、その手を止めて本に顔を寄せる。本に表れた地図を見ると、変わらずくぼんだ湖の地形に闇の石の点滅が続いている。地図の中心は本の現在位置だ。
「て、ことはどこだかわからないヘンな場所に飛ばされたわけではねーんだべな」
地図を見て、シンはほっと胸をなでおろす。そしてすぐにその手に握りこぶしを作り、
「て、ことは落とし穴から早く脱出して、お城の探索だべ! そんでもってペルソナを捕まえてやるだ!!」
と、意気揚々と叫ぶ。その様子を見ながらキショウがため息をつくと、それを目ざとく見つけたシンジがキショウを指差しして口をとがらせる。
「キショウってばまたため息~! もうここまできたら、僕らに付き合ってもらうしかないよ。早くここを抜け出そう!」
そうだべそうだべ、とにぎやかにシンまで叫びだすと、キショウは両手を二人に向けてなだめる仕草をしながら口を開いた。
「わかったわかったって。オレだってこんな所で無駄にケンカなんかしてたくないからな」
「じゃなんでため息なんかついて……」
キショウの行動にまだ噛み付くシンジの言葉をさえぎってキショウは続ける。
「オレがため息ついてたのはだな、おまえら二人とも、ここから出ることばかりに気をとられているからだよ。別にここから出ることばかりが、方法じゃないだろ」
「……というと?」
シンが首をかしげると、キショウがまた口の端をゆがめて笑う。
「この場所をよく確認してみようぜ。話はそれからだ」
キショウは勿体つけてそういうと、開かれた本に近づき呪文を唱える。
『……アンゲステュス』
またも本の中の地図が変化する。今度は地図の位置がぐっと狭まり、今の彼らのいる神殿の中が映し出される。
「すごい! これがあれば、今の僕達がお城のどの辺りにいるのか、一発で分かるね!」
「そういうことさ。この本は優れものだぜ」
感心する双子に、キショウがニヤリと笑う。そして本の地図を指差しながら、現在位置を確認する。
「今、オレたちがいるところがここだろ。地図をちょっと拡大表示すると……『ラトゥス』……ほらな、やっぱり、さっきの神殿の地下にあたる」
そういって変化する地図を見てみると、思ったよりも高い階層状の建物の姿がうかがい知れる。薄ぼんやりと光っている現在位置から三つ上の階層が、地図上の端から端まで平たい線が続いている。どうやらこの三つ目の階層が、湖底の地面になっているらしい。
「……ってことは、オラ達、お城の地下三階にいるだべか?」
「そういうことになるな。で、この細長い棒が、この建物を囲っている柱だろうな。で、これが入り口。オレたちは入り口に入ってすぐにこの地下に落とされた。だがオレたちがいるのはこの位置だろ」
そう言ってキショウが指差す薄く光る現在位置は、入り口の位置から見て右にずいぶんそれていた。思わずシンジが首をかしげる。
「入り口のすぐ下に落ちててもいいのにね」
「やっぱあのエプシロンってヤツに飛ばされたんだべな」
「そういやあの女、ナントカ用の罠、だとか言ってたな。ホントなら別の侵入者用の罠なんだろう」
シンの言葉にキショウも続ける。そしてまた地図を移動させ、地図の大きさを縮小し、神殿全体の図を地図に映す。半透明に建物の構造が透けて見えるこの地図は、現在位置や神殿の中の様子を知るのに非常に便利なようだ。
「こうやって見てみると……どうやらこの建物、地上三階、地下三階の六階構造なんだな。見ろ、お前ら。この二階のこの広い場所、黒塗りにされて中の仕組みが分からないだろ? こういう所が怪しいんだ」
キショウの言葉に双子はその場所をまじまじと見る。シンは眉を寄せて問う。
「なんでここだけ見えないだべ?」
「おそらく妨害魔法だろう。結界っていってな、敵から詮索されるような魔法を防ぐものがあるんだよ。もともとこの城に備わっていた能力か、はたまた妨害してきた女の仕業かは……分からんがな」
キショウの言葉に双子は顔を見合わせてニヤリと笑う。
「地図もあるし」
「敵のいそうな位置も分かっただ!」
「と、すれば、どうやってそこまで行くか、ってことだな」
双子の言葉に続いて、キショウもニヤリと笑う。
「いきなり罠にかかっただべが、問題なしだべ! 謎のお城の探索、スタートだべ!!」
二人と一匹は、本を片手に暗い道を進みだした。




