プロローグ 怪しい転校生
「きゃぁ」
「ホントだ、かっこいい~」
「ね、リサ! どう? あの人、かっこよくない?」
クラス中の女の子がおおはしゃぎだった。
時間は朝の会、専門高等学年一年のあるクラスでは、転校生の話で持ちきりだった。クラス中の女の子がその転校生を見て、黄色い声を上げているのだ。
予定の確認をしている最中に突然話を振られ、リサはあわてて顔を上げた。
「あ、ごめん、聞いてなかった…」
「何をどうしたら聞かないでいられるのよ! 見てよ、あの人! すっごくかっこいいと思わない?」
リサの反応に一瞬あきれるようなそぶりを見せたが、その女生徒はかまわず会話を続けた。リサの腕を軽く叩き、教卓の隣に立っている一人の少年を指差しながら、黄色い声を上げる。
「今日からこのクラスメイトになるらしいわよ~。どーしよ、仲良くなっちゃおうかな」
女生徒の声を聞きながら、リサも指差す方向に目を向けた。灰色の肩ほどの長い髪、整った顔立ちに、キリリとした目鼻立ち。少々きつめのな印象も受けるが、それは逆に彼の男らしさを助長していた。背丈は高く、体格もがっちりとしてたくましい。クラスの女の子がはしゃぎだすのも無理はない。
今まさに、そんな彼の隣に立つ先生が、彼の紹介を始めるところだった。
「今日からこのクラスの新しい友達だ。彼は遠く南の国から来た魔導師の見習いだ。君達と同じように、専門分野を極めるために、わざわざこの学校に来た意欲的な生徒だ。これからみんな、仲良くしてくれよ」
紹介されると転校生ははにかむように笑い、頭を軽く下げた。その表情にまた女の子がきゃあきゃあと声を上げる。
「さ、自己紹介して」
「これからこのクラスメイトになります、『デュオ』といいます。よろしくお願いします」
先生のうながしに男が名乗る。見た目どおりの低い男らしい声に、リサの隣に座る先ほどの女生徒がうっとりとため息をつく。
「やばーい、やっぱり私、彼好みだわ~。ね、リサ。彼、いいと思わない?」
「う、うーん……。そ、うだね……」
リサは少々引き気味に答える。そして隣の友人に目をやり、軽くため息をついていた。
「毎度毎度、コトノは惚れっぽいんだから……」
どうやら、この反応はおなじみの行動らしい。
「では、デュオくん、しばらくはリサくんの隣の席を使ってくれ」
先生の突然な指名にリサが驚く間もなく、友人のコトノがまた声を上げる。
「ラッキー! めっちゃ近く! リサ、手を出したら許さないわよ!」
「出さないわよ!」
反射的に答えるリサの隣に、デュオが歩み寄りニコリと微笑んだ。
「よろしく、リサ」
「なっ……羨ましいッ!」
驚く間もなく、コトノがまたまた先に声をあげる。リサは見上げるように少年を見た。灰色の髪の下、赤く燃える瞳が楽しそうに笑い、その右手を目の前に出してきた。
「あ、うん……。よろしく、デュオくん」
リサがおずおずとその右手に自らの右手を伸ばすと、デュオは思ったより優しく握り返してきた。隣でそれを見ているコトノの視線も感じながらも、リサの中には、不思議な感覚が沸いてきていた。
「へへっ」
デュオは握手を解き、席に着いた。
「うらやましい、握手まで……! 次は私もしてもらおっと!」
隣でまたも友人が騒いでいたが、今度のリサは関心を示さなかった。
一瞬、ほんの一瞬だったが、彼の目の色が変わったことに、リサは気付いていた。この人、ちょっと普通の人とは違う……。
心の中にふつふつと沸く疑問と不安感を抑えるように、リサは息を吸い授業の準備を始めた。
ちょうどその頃――
セイラン学校の事務室では、一人の職員が頭を抱えていた。
「おかしいなぁ……。昨日まであった書類、どこ行ったかな……」
そう頭を抱えるのは、茶色の肌、緑色の髪をした女性職員だった。きょろきょろと机や棚を行ったり来たり、落ち着きがない。見かねて、もうひとりの職員が声をかけた。
「何をそんなに探しているんだい?」
「転入生の書類ですよ。入学手続きの書類、確かに昨日見たのに、今日見当たらなくて……。困ったなぁ……」
その様子に、声をかけた職員も首をかしげていたが、お茶を一杯すするとあっけらかんと笑い飛ばした。
「ま、そうあわてなくても、そのうち出てくるよ、ははは……」
「だといいんですけど……」
そんなやりとりをしている部屋のすみで、一枚の書類が煙のようにうっすらと消えているのだった。




