夜の図書館
その日の夜、寮の三人は図書館前に集まっていた。時間はすでに夜八時。普通だったら、寮のみんながお風呂を終え、そろそろ寝る準備に追われている頃だ。規則がそれなりに厳しく、監視も厳しいはずなのだが、三人はすんなり外に出られたようだ。
三人は図書館を囲う塀に張り付くようにして座っている。この図書館は建物の周りを壁で囲っており、門を閉めたら中に人が入れないようになっているのだ。そんな壁の周りにはまばらに木が植えられ、三人は、壁が木々にうまく隠れる図書館の裏側、裏口近くの壁に張り付いていた。少しでも気配を消そうとしているらしい。その服装はいつもと違い黒尽くめで、いかにもスパイのような格好だ。どうやらこの作戦のために着替えたらしい。
図書館周りは人影も見当たらず、しぃんと静まり返っていた。風に吹かれる木々のさわさわと葉のこすれる音だけが辺りを包んでいた。そんな中、シンジは空を見上げ、星空の中から月の位置を確認していた。
「大分月、昇ってきたね。まだ満月は昇りきってないけど」
シンジがつぶやくようにいうと、ガイが同じように空を見上げてつぶやいた。
「多分、八時過ぎ……きっと九時辺りだと思うんだよね~。あの映像、廊下にあんまり月明かりが入ってなかったでしょ~? だから、ペルソナが廊下を歩いていた時間は多分そのくらいだと思うんだよね~」
「ま、もっともあの映像が今日の出来事を映していたのならって話だよね」
「まぁね~」
そんな二人の会話をよそに、シンが落ち着きなく周りをきょろきょろしている。その様子にシンジは気がついて問う。
「どしたの、シン? 落ち着きないよ?」
「あ、さては緊張してるな~!?」
ガイがからかうと、シンはむっとして言い返す。
「そんなんじゃねーべさ! ヨウサの奴が遅いから心配してるんだべよ! 作戦実行はまもなくだって言うのに、何してるんだべか……」
心配と苛立ち、焦りが表れた表情でシンがつぶやくと、シンジがあっけらかんとした様子で首をかしげる。
「そういえばそうだね。でも、ヨウサちゃんのことだから、そのうちちゃんとやってくるよ。ヨウサちゃん、時間は守る人だしね」
「もちろんよ!」
「わぁ!」
と叫びそうになるシンとガイの口を、ヨウサとシンジがそれぞれ押さえ、しい、と制した。予想外にヨウサがシンとガイの背後から現れたので、二人は思わず叫びそうになったのだ。それにいち早く気付いたヨウサとシンジが、声をあげる前に口をふさいだというわけである。シンはヨウサに押さえられた手を払い、静かにコソコソ声で叫んだ。
「おどかすでねーべさ! いきなり背後から来るからびっくりしただべよ!」
「まったくだよ~!! ボクも驚いたじゃないか~!!」
シンとガイが憤慨している間で、ヨウサがぺろっと舌を出して笑った。
「おどかすつもりはなかったもん。シンくんたちが勝手に驚いたのよ。それに、こんなことでびっくりしている場合じゃないでしょ」
と、ヨウサはウインクして壁に寄りかかる。みればその服装はいつもの軽やかなワンピース姿ではない。黒の長袖シャツに、黒のパンツ、靴も黒と、シン達に負けないスパイぶりだ。肩からは小型な鞄を斜めに下げ、その中には細々とアイテムを入れてあるのだろう。そんな彼女の服装に三人が感心していると、ヨウサは三人の顔を見て怪訝そうに問う。
「……ナニ? どうしたの、三人とも」
「あ、いや、別になんでもないだべ」
「あはは、あんまりヨウサちゃんのそういう服装見ないからさ」
「シン達ってば見とれちゃったんだよ~」
口々に三人が言うと、ヨウサはその怪訝そうな表情からさらに眉をひそめ、ふうんとつぶやいた。しかしすぐに首をかしげて再び三人に質問を浴びせた。
「ところで三人とも、よく抜け出せたわね。寮の規則って、結構厳しいんじゃないの?」
すると、自信たっぷりにシンが胸を張って答えた。
「大丈夫だべ! そういう規則をうまくすり抜けるのが、オラ達だべよ」
「今日は部屋を回ってくるのが、バイト知り合いの人だから、お願いしといたんだ」
「それにボクの術で、僕らの部屋の扉にはきっちり鍵掛けといたから、先生でもあけられないかもよ~!」
三人が自信たっぷりに言う様子を見て、ヨウサは額に手を当ててため息をついた。
「そういうところばっかり得意にならないでよね……。しかもガイくん、明らかに術の使い方間違ってるじゃない」
もっと授業やテストで使ってよ、とぼやく彼女をよそに、ガイは心外だと言わんばかりに口を開く。
「それは違うよ、ヨウサちゃん〜。術は本来、ボクらの生活や目的達成のために使うのであって〜、ボクの使い方は決して間違っているわけでは……」
「さておき、どうやって侵入する?」
ガイの言葉を無視してシンジが無邪気に問う。こういう時、シンジが一番冷たい。
「そうだべな……。ペルソナがどうやってこの建物の中に入るかわからないだべが……。前もって中に侵入しておいたほうがいいだべな」
シンがシンジに答え、あごに手を当てながらつぶやくと、ヨウサが鞄から紙を取り出した。小さく折り畳まれた紙を開きながら、彼女は小声でライトを唱えた。豆電球程度の魔法の光がヨウサの目の前に浮かび上がった。その明かりを頼りに、四人は開かれたその紙切れをのぞき込む。
「これ、私が描いた大まかな図書館の内部よ。今私達がいるのは、裏口に繋がる壁の所。で、この二階にある大きい部屋、これが多分ペルソナが入ったと思われる、あの扉の部屋よ。この部屋にはかなり古い本が置かれていて、先生とか、偉い学者さんばっかりがよく使っている部屋だったはずよ」
ヨウサがこそこそと説明を始めると、ガイも補足するようにつぶやく。
「おそらくは、そこの本があやしいね~。古来の本で魔力を秘めたものって言うのは、魔法アイテムが埋められているものもあるからね~。もしかしたら、その本の中に『闇の石』を秘めたものがあるのかも~!」
その言葉に、シンとシンジが目を合わせてうなずく。そして、シンジが紙をのぞきながらうなる。
「裏口から入って、ここの部屋まで行くには、階段を使って、そのまま廊下を進んでいけばいいわけだから……。ペルソナがどこから侵入するのかにも寄るけど、待ち伏せするには……。やっぱり部屋に入るしかないかなぁ…」
「その部屋に鍵が掛かってなければいいけど~……。掛かっていたら、あいつの後を追って、現場をつかむしかないよ~?」
ガイがつぶやくと、シンがぶんぶんと首を振った。
「アイツの後を追うって言っても、気付かれたら終わりだべよ! 気付かれないように追うっていっても、難しいと思うだべよ。ましてやオラたちは一度アイツと会っているから、バレたら厄介だべ!」
「うーん、アイツが悪さをしている瞬間を写真に撮るってとこまではいい考えだったんだけどね。それをどう盗み撮りしてやるかが問題だよね」
シンの言葉に、シンジがふうとため息をつく。どうやら四人の作戦は、ペルソナが悪事を働いているところを突き止めて、証拠として写真を撮ろうというものだったらしい。
ガイもシンジの発言を聞いて、同じくため息をついて続ける。
「さすがのボクにも、姿を消すような術はないからね~。できて、気配を絶つくらいだから、見えちゃったら駄目だもんね~」
そういって、ガイが鞄からちいさなカメラを引っ張り出す。おもちゃカメラだが、普通に撮影する分には十分だ。シンもそのカメラを見ながらため息まじりにつぶやく。
「オラだけなら、飛んで窓から入る、も可能だべがなぁ」
「……それよ! いいこと思いついた!」
突然ヨウサが声を上げ、びっくりする三人を手招きし、こそこそと小声で会議を始めた。
「……で、……でしょ。……は、どう? ガイ君」
「いや、可能だけど~……」
ガイの同意を得ると、ヨウサはまたこそこそと三人に耳打ちする。
「…で、………て、いうのはどうかと思うの」
「……ええっ!?」
「本気だべか!?」
双子が不安そうに声を上げるとヨウサが真剣な表情で訴える。
「だって、それ以外思い浮かばないんだもん」
ヨウサの提案を聞いて、男子三人は不安そうに顔を曇らせる。
「そりゃ、確かに可能性は増えるけど~……」
「ヨウサちゃんはそれでいいの?」
「そうだべよ、ヨウサ一人、危険な目には遭わせられないだべ! オラはちと反対だべさ」
三人が歯切れ悪そうに言うと、ヨウサは双子をにらむように見つめ、強い口調で言った。
「シン君たちの濡れ衣がかかっているのよ! 私だってできる限りの協力をしたいの!それに」
そこまで言って、ヨウサはふっと笑顔を浮かべた。
「シン君もシンジ君も、ちょっとは強いんでしょ? ……信じるわ」
ヨウサにそこまで言われてしまっては、双子としても返す言葉はない。この作戦には四人の協力が必要なのだ。意を決したようにシンがうなずいた。
「……心配だべが……。オラだってヨウサにばかり危険な目にあわしていられないだべ。わかっただべ、オラに任せるだ!」
「僕達、でしょ」
シンの言葉にシンジがクスリと笑って付け足す。そしてヨウサを見つめて念を押す。
「でも、絶対に無茶しないでね!」
「よぉし!! ボクも気合入れて取り掛かるからね~!!」
ガイが張り切って叫ぶと、あわてて三人が口を抑え、四人は目を合わせてうなずきあう。
「よし! 作戦実行だべよ!!」
そして四人は暗闇に溶け込むように移動を開始した。




