深い友情
一部より少し短いですが、これは意図的です。
気にせず、ご覧下さい。
3.何かが…
俺は昨日の夢に違和感を感じながら、一階に降りていった。
今度はしっかりと一段一段感触を確かめ、慎重に。
いつも以上に早く起きたため、妹はまだ起きていなかった。
一階にいたのは母と父だけだ。
「あれ?早いわね。どうしたの?」
いつもは寝坊気味の俺がこんな早く起きているのだから、疑問に思うのは当然だ。
時刻は七時を回りかけたところだった。
「いや特に何も無いよ」
「そう。ならいいのだけど」
母はそう言って、朝飯の準備を再開した。
次に父が話しかけてきた。
「なんか浮かない顔をしてるな。何かあったら言えよ」
父はそう言うと、持ち前のクールながら元気な笑みを浮かべた。
この笑顔を見ると、安心感を得ることが出来る。
丁度朝飯の準備ができたようだ。
母のべっぴん料理が机に並ぶ。
俺は昨日とは打って変わって、その料理をゆっくりと口に運んだ。
とても美味しかった。
朝飯を食べ終わり、荷物の準備も確認し、「行ってきます」といつも通りの挨拶を済まし、学校に向かった。
道中の桜の花が心做しか昨日より少なくなっているように思えた。
きっと気のせいだろうが。
時間に余裕を持つと、心にも余裕が生まれることをこの時初めて知った。
こんなにゆっくり学校に向かったのは、初めてかもしれない。
学校に到着し、自らの教室に向かうと、まだあまり生徒はいなかったがやはり勝は着席していた。
「おはよ!相変わらず早いな」
俺はそう言って、勝の肩をポンっと叩いた。
「おーおはよ。お前こそなんでこんな早いの?」
勝はそう言って、怪訝そうな表情を浮かべた。
「なんかそういう気分だったんだよ」
「そうなのか。こんな早いの初めてだろ」
勝はそう言って、憫笑した。
俺はうるせーよと言って、自分の席に座り、今日の用意をした。
その時、俺の右上から聞き覚えの無い声が聞こえた。
「上野くん。おはよ」
その声は甲高く妙な闇を潜んでいるかのようだった。
俺はその声の方に顔を向けた。
「誰だ?俺になんのようだ」
その女は全く見知らぬ野郎だった。
俺は強く睨んだ。
「ちょっと声が聞きたかっただけよ。そんな目で見ないでよ。怖い」
その声にも嫌な馴れ馴れしさが含まれていた。
更に不快になった。
「いきなり何言ってんだ。さっさと自分の席に帰れ」
俺は声に威厳を含んで言った。
「いいから少し話しましょうよ。あ、私の名前知らないでしょ?」
「そんなのどうでもいい。興味がまずない」
「二組の竹本瑠璃子。宜しくね」
別にお前の名前なんか知りたくねぇよと思ったが、返答するのも面倒なため、無視をした。
そうするとその竹本とかいう女は薄気味悪い笑みを浮かべ、去っていった。
何故か心がやけに騒いだ。
父の笑顔とは全く真逆の笑顔だ。
20分を示すチャイムが教室に鳴り響いた。
クラスの皆が足早に座っていった。
隣には宮本が座っていた。
俺はそれだけで舞い上がってしまう。
さっきの不快な顔から喜びの顔に変わっていくのが自分でも恥ずかしいほどにわかった。
「宮本。おはよう!」
早速声をかけた。
「なによ。いきなり」
こんなことを言っているが、顔は嬉しそうなので、内心喜んでいるのはバレバレだ。
「本当は俺と話せて嬉しいくせによ。自分に正直になれよ」
そう言って勝と同じように宮本の肩をポンッと叩き、さり気なくボディタッチをした。
「うわ。汚い」
そう言って宮本は俺に不快そうな目線を送りながら肩から汚れを落とすようにパンパンと叩いた。
だが、本心は不快ではないはずだ。
今日も宮本と軽快なトークをしながら、学校を過ごした。
だが、その拍子に何か不快な目線を感じることがあった。
多分気のせいだとは思うが。
あまり気にはしないことにした。
中学校が始まってまだ二日目だからか、4時限の日程で終わりだった。
給食も明日から。という事だった。
すぐに学校が終わってしまうため、宮本と話せる時間が少ないことに異存があったがそこは我慢し、明日また話せばいいことだと割り切った。
「明日また話そうぜ!」
「んーどうしようかな〜」
宮本はそう言って俺の顔を伺うように目を細め、口を可愛く歪めた。
帰り、勝が少し浮かない表情をしていた。
「どうしたんだ。何かあったのか?」
俺は問うた。
「ちょっとな。珍しく俺が恋をしたかもしれない…」
衝撃だった。
俺が知っている限り、勝が恋をしたのは初めてだと思う。
珍しくと言っているのは単なる照れ隠しだろう。
「それホントか?いいじゃねぇか。面白そうだ」
俺は勝をにやけ顔で見た。
「名前はまだ知らないんだが、さっき教室に来てたなー」
教室?勝が恋しそうなやつが教室に来た覚えはなかった。
ただ、俺が見てなかっただけかもしれないのだが。
少しの疑問を残しながら、勝と別れた。
家に帰ると、妹が今日の出来事をとても楽しそうに母に話していた。
母も楽しそうだ。本当に仲が良い親子だなと感じた。
「おかえり。ご飯食べましょうか」
父はリビングでパソコンを操作していた。
おそらく仕事の件だろう。
今日の夕飯は殆ど妹のおしゃべり会で終了した。
妹曰く、友人が出来たらしい。
とても嬉しそうだ。こいつはすぐに顔に感情が出ることが欠点だ。
俺はみんなより、一足早く眠りにつくことにした。
何故なら、また謎に包まれているあの夢を見れるかもしれないからだ。
少しワクワクしながら就寝した。
うん?なんの夢だろうか。
判断が厳しい。
宮本だ。何かを女子と話しているようだ。
怒っているのか?いや、恐れているようにも捉えられる。
だが、話している女子の判断がつかない…
朝だ。また夢は鮮明に覚えている。
しかし、肝心なところが依然歪んでいる。
何故か嫌な予感しかしなかった。
俺はその日もいつも通り学校に向かい、勝や宮本と会話を楽しんだ。
勝の片想い相手がとても気になるが、未だ判明していない。
給食も食べ終わり、昼休みに入った途端、宮本が唐突に席を立った。
トイレかなにかだろうと思ったため、俺はあまり気にしなかった。
だが、宮本が帰ってきた時の表情は明らかに沈み、昨日の勝とは比べ物にならないものだった。
胸騒ぎを覚えた俺は、
「おい、どうした宮本。何かあったのか?」
思わずそう問うた。
しかし、宮本はぎごちない笑みを浮かべただけで何も答えてくれない。
その笑顔は何か嫌なことを思い出し、決して当たって欲しくない予感が当たっていることを示唆するかのようだった。
その日の夜、あの夢に一種の希望を託し、昨日より更に早い時間に就寝した。
母が怪訝そうな顔をしていた。
昨日の途中からだ。
徐々に宮本と話している女子の歪みが取れていく。
下半身から上半身へ。
そして顔へ。
え…これはあいつだ。
朝起きた瞬間に確信した。
あれはあいつだ。話している内容は聞き取れないが、大体の察しはつく。
俺は朝飯をそそくさと済まし、行ってきますも言わずに家を飛び出した。
思い切り、走った。
宮本に何かあったら、絶対に許さねぇ。
更に速度を上げた。
学校につくなり、二組に向かった。
俺のクラスは一組だが、今回用があるのは二組だ。
すぐに目的のやつを見つけ、襟をつかみ、持ち上げた。
「竹本…お前宮本に何を吹き込んだ」
幸いな事に二組には竹本以外いなかった。
俺がそう言うと、竹本は口元に不敵な笑みを浮かべた。
「なによ。なんのことかしら?」
俺の頭の中で何かが切れた。
「とぼけるな!あまり調子こくなよ。ぶっ殺すぞ」
更に手に力を込め、襟を上げた。
そう言った刹那、聞き慣れた声がした。
「友幸!なにしてんだよ」
勝だ。俺を止めに来たらしい。
「こいつが宮本に何か吹き込んだんだ」
「そんなことで怒るなよ。お前は短気すぎる」
勝は半ば呆れた声でそう言い、竹本の襟から俺の手を解いた。
俺は腹が立ち、舌打ちをして、その場から立ち去った。
少し遠くから勝と竹本の方を一瞥すると、あの二人はいい感じだった。
勝は竹本のことを心配しているようだ。
口元が「大丈夫か」と動いているように見える。
まさかな……。
ふと頭に浮かんだ思考を慌てて打ち消す。
そんな訳ない。勝が不快な闇を抱えているあんな女なんかに……。