表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スルトの子  作者: 活字狂い
22/22

スルトの子2 炎と雷と閃光と 終章後編 楽園にて

 そこはユーラシアと呼ばれる大陸の南東部、混迷深まる清国の隣にあるチベットという名の小国だった。史実では強国である清国により蹂躙されたこの国は、だがこの世界ではその清国が内戦を起こしているという事もあり日本と同盟を結ぶことでかろうじて独立を保っていた。だが田舎でであることに変わりはなく、日本の支援が行き届いている首都とその近郊ならともかく、少し進むと開発されていない山々のほとりに、かろうじて村と呼ぶことのできる小さな集落が点在しているぐらいであった。




 その里は、点在している集落の中でも特に小さな集落の一つだった。人口は五百人に満たず、その半分以上が老人であり、少ない若者もここではなく少し離れたところにある中規模の村で仕事をしている。外部とのつながりも半年に一度、気化石で動くトラックでやってくる行商人だけであった。



 その里から山に入り中腹まで進むと、脇に小さな参道がある。荊や藪が生い茂り、もはや誰も入ることのなくなったその参道をさらに進んだ先にあるのは、今にも崩れ落ちそうな苔むした石造りの寺院だ。その寺院の中を歩き、本堂に入ってもはやほかの石と見分けがつかなくなった石像の下をくぐると、まだ建物の中のはずなのに、なぜか外に出る。火の光が届かず、所々苔が生えている太古から生息している巨大な樹々の下を通り、日のまったくあたらない洞窟の中を抜け、濃霧の中、一歩間違えれば真っ逆さまに転落する切り立った崖を渡り、その奥に無数に存在するけもの道の中からただ一本伸びている“本物”を通り、狼とウサギがお辞儀をする傍らを抜け、もはや時間もわからなくなったほど歩き続けた時、目の前がいきなり開かれる。樹々には一口かじれば永遠の命が得られる果実が実り、川や湖には飲めばこの世のありとあらゆる苦しみや絶望を忘れさせてくれる銘水が流れ、どこからか天女が弾く楽器の音色が響き渡るこの場所こそ、かつて大小さまざまな国を治めた無数の皇帝や王たちが探し求め、ついにはその中の誰も到達することができなかった、桃源郷と呼ばれる楽園であった。




その楽園のほぼ中央に一本の古ぼけた樹があった。すべての植物の始祖とも言われている樹はこの世の始まりと共に生まれ、そしておそらくこの世の終わりとともにその命が尽きるだろう。そのためかいまだに成長をやめないこの樹はあまりに大きく、そのうろも三階建ての家ほどの大きさがある、その洞のほぼ中央に、不自然に盛り上がった部分があった。他の地面より二メートルほど盛り上がったその場所は、苔むした岩があるように見えるが、その割には全体が草花に覆われており、その周りでは小鳥やリス、ウサギといった小動物が点滴のいないこの場所で遊びまわっていた。



 だが、何物にも終わりという物は来る。そしてそれは、楽しい時間ほど早く来るものだ。上の方に木の実を見つけたリスが、それを取ろうと手を伸ばした時、



 いきなり、大樹が揺れた。いや、大樹だけではない。他の木々も、山も、そして川も、楽園全てが、まるで何かに怯えるかのように激しく揺れた。永遠に続くかと思われたその揺れは、だが実際にはほんの数秒で収まり、周囲は先ほどまでの平穏を取り戻した。そのことを感じたのか、盛り上がった部分の陰に隠れていたリスが、再び木の実に手を伸ばすと、


 そのリスを、盛り上がった部分の中から現れた手が掴んだ。



「・・・・・・・・・・・・む」



 手の中でリスが暴れる感触に、いまだぼんやりとしている裸の男の意識はだんだんとはっきりしてきた。一度大きく頭を振ってから、半年の間瞑想していた自分にこびり付いたコケや草を払いつつ立ち上がる。

 


 立ち上がった男はまだだいぶ若かった。恐らくニ十歳を二つか三つ過ぎたぐらいだろう、長身で痩躯だが引き締まった体格をしている。濡れた鴉の羽のように艶のある黒髪と、同じ色の瞳を持つ顔つきは整えられており、まず美丈夫といっていいだろう。


 だが彼を見たほとんどの者は、まず彼の身体に刻まれた数多の傷跡に目を向けるだろう。特に心臓の部分は胸から背中までまるで貫いたように大きな傷跡があり、そしてその左腕は、肘から先の部分が完全に欠損していた。



「先ほどの揺れはなんだ? まさか」



 ある一つの考えが自分の中で浮かび、青年は思わず彼に残った唯一の手を握り締めた。と、その中でキュッと小さな悲鳴が上がった。我に返った彼が慌てて手を開くと、もう少しで握りつぶされそうだったリスが地面に落ちた。


「すまない、大丈夫か」


 謝罪の意味も含め、左肩に付いていた木の実を取って地面に置くと、リスはしばらく青年を眺めていたが、やがて恐る恐る彼が置いた木の実に近付き、ぱっとそれを取って一目散に駆けだしていった。それを優しげな表情で見つめてから、青年はしゃがみこむと、右腕で目の前の茂みを探った。半年前ここに来た時と比べ辺り一面に草が伸びていたが、それでもすぐに目的のものが見つかった。彼が右手で取り出したもの、それは鈍色に光る“左腕”であった。




 取り出した“左腕”、すなわち義手を持ち上げ、まずは状態を確認する。彼の知り合い(実際には知り合いどころではない関係であるのだが)が作った義手は半年ほど放置していたにもかかわらずまるで新品のような光沢を放っていた。それを左腕の付け根に持っていき、肘の先にある丸い金属の部分にがちりとはめる。一瞬鋭い痛みが走ったが、青年はまったく表情を変えることなく左腕の指を“動かした”。


「装着者の身体から流れる微量な電気を感知し、意のままに動かす・・・・・・さすがだな、“桜子”」


 これを作った娘の名を呟くと、青年は再び草の中を探り半年前に脱いだ下着とズボン、シャツにジャケットといった衣服を取り出し身に着けていく。それらは黒一色だ。衣服を着た後、彼は最後にもう一度手を入れた。草の中を探る手に何か固い小さな物体が触れる。掴んで持ち上げると、それはもう錆が浮いてぼろぼろになった缶バッチだった。表面には僅かにではあるが十年以上前に流行った子供向けのヒーローの絵が描かれている。どこにでもある見た者のほとんどがゴミだと思うそれをだが何よりも大切な宝物のように眺めると、ジャケットの左胸に付ける。記憶の片隅で、微かにほほ笑む少女の幻影を見たと思った瞬間、まるでそれに浸ることを許さないという風に、彼の中で何かが脈打った。




「おいおい、すこしぐらい感傷に浸らせてくれてもいいだろう、まったく・・・・・・さあ、出るか」




 自分の中で脈打つ何かに苦笑すると、青年は振り返りゆっくりと歩き出した。自分が半年の間食事も睡眠もとらずに瞑想を続けていた大樹の洞の中から出て、小動物が駆けまわる間をゆっくりと歩き出す。不老不死の果実や、全ての苦痛を忘れれられるという川の水には一切目をくれず、楽園の出口に向かってゆっくりと歩を進めた。



「おや、お目覚めかの」



 出口まであと数歩というところで不意に聞こえてきた声に、青年の足はふと止まった。辺りを見渡すと、草木の間に隠れるように、彼の膝丈までの身長しかない小柄な老人がこちらを眺めているのが見えた。


「・・・・・・ええ、半年間お世話になりました」

「礼など良い。それよりこの半年で何か掴めたかの?」

「いえ、半年間自然の中で過ごしてきましたが、無為自然の極致、掴むには至らなかったようです。私が未熟者だったせいでしょう」

「いやいや、あのまま瞑想を続けておれば、きっとつかめたじゃろう。しかしなんじゃったんじゃろうな、先ほどの振動は」

「おそらくは我が友人の仕業でしょう。摂理に反して“地から天に墜ちる”稲妻、それを放つことができる者を、私はあいつ一人しか知りません。そしてあいつはそれを軽々しく放つ奴じゃない。ならそれだけの存在が出たというのでしょう、それがエイジャか“鬼”か、それともまったく別の何かかは知りませんが、とにかく一度戻らねばなりません・・・・・・失礼します」


 小柄な老人に深々と一礼し、再び歩き出そうとした時である、




「・・・・・・ならば、やはり“ここ”から出すわけにはいかんな。のう、“炎の鉄槌”よ」

「っ!!」



 いきなり、老人の纏っている温和な気配が消えた。それより先に青年は出口に向かって駆けだしたが、相手のほうが早かった。出口を抜けたと思った瞬間、彼がいたのはいまだ楽園の中であった。





「・・・・・・・どういうことです?」

「簡単じゃ話じゃよ、“日本最大戦力”の片割れであるそなたをここから出さぬ、それが我が使命じゃ。それほどまでにそなたは脅威なのじゃよ、“炎の鉄槌”、“努力する天才”、そして“虚無を打ち滅ぼした者”、数々の異名を持つそなたが外に出れば、“我ら”にとって大きな脅威となるからのぅ」

「・・・・・・・」


 不意に、周囲の景色が変わった。不老不死の果実を実らせていた木の先端には果実ではなく赤子の死体が吊るされ、この世のすべての苦を忘れられるはずの銘水が流れているはずの川にはどろどろとした液体が流れ、大小様々な死体や汚物が浮かんでいる。


「いや、本当に惜しかった。そなたが果実か水を少しでも摂取すれば、ここに永遠に封じ込めることもできたのに、まさか仮死状態となって酸素の供給すら絶つとは。さすがは死から最も遠い存在というべきか」

「不老不死も苦を忘れることも、私は望んでいません。ただ皆と共に限りある命の中で懸命に生きる。それが私が唯一望むものです」

「生命賛美か、まったくもってくだらんの。第一それがそなたに許されると思っているのか? そなたからは随分と死の匂いがするのぅ、これは百や千では効かぬ。万を優に超す濃厚な死の匂いじゃ」

「・・・・・・最後にもう一度だけ聞きます。私をここから出してくださるわけにはいきませんか」

「先ほども言ったじゃろう、断っ!?」


 せせら笑いながら放った言葉を、老人は最後まで言うことができなかった。実に三十歩以上離れているはずの距離を一瞬で積んた青年が、その右手で老人の身体を貫いたからである。老人を貫いたまま、青年は右手を振り上げると、それを荒廃した大地に向かって思いっきり叩きつけた。だが、


「いやはや、乱暴なことじゃのう」

「っ!!」


 身体を拳で貫かれ、そのまま殴り飛ばされても、老人は顔色一つ変えずにせせら笑うだけだ。と、その姿がいきなり消えた。同時に世界が薄暗くなり、空に一対の金色の目が現れる。



「そなたを抑える使命を帯びたこの我が、ただの“氏民”だと思っていたのか? たとえ“アカシャ宮”を追放されたといえど、元は緑界の副王の座についていたこの我、すなわち“死と再生をつかさどる竜”であり、星と同等の領界を持つこのウロボロスが、その程度で倒されると、本当に思っておったのか?」

「・・・・・・なるほど、この世界そのものがあなたというわけですか」

「さよう、そして正体を知られた以上もはやそなたを生かしておく理由もない。忌々しきあの“小娘”からは虚無を滅ぼすほどの実力を持っているそなたを封じておけと言われていたが、思い通りにならぬ以上、もはや殺すしかないようのう」

「・・・・・・それがあなたの決められたことなら仕方ありません。ですが、私の全力をもって抵抗させていただきます」

「家畜風情が囀るではないか。ならば見せてもらうとしようか、“星”を相手に、どこまで粘れるのかをなっ!!」


 交渉とともに空中に浮かび上がる眼が細められる。と、不意に地面が揺れた。立っていられないほどの揺れに青年が思わず片膝をつくと、それに追い打ちをかけるように隆起した大地がこちらを押しつぶそうと落下してくる。跳躍してそれを避けると、青年は大地を渾身の力で殴りつけた。


「かかっ、何をするかと思えばただやみくもに殴りつけるだけか。我は確かにこの星の中心にいるが、大地を殴りつけたところで何の通用も感じぬわ。だが調子に乗られるのも好かんからな、一気に終わらせてやろう」


 嘲笑と共に大気が震える。同時に遥か前方の山が一瞬膨れ上がり、その山頂がいきなり爆発した。噴煙が空高く立ち昇り、流れだした溶岩や岩塊が青年めがけて猛烈な速度で迫ってくる。



「・・・・・・っ」


 押し寄せる溶岩を見て、それでも青年は冷静だった。地上に逃げ場のないことを悟ると高く跳躍し、すぐそばにある川へと飛び込む。



「愚かな、その川の水は鉄すら溶かす猛毒よ。人間なんぞ数秒で骨すら残さず溶かしきる。どうやら頭の方は悪かったようじゃな」



青年が消えた川を、金色の瞳はしばらく眺めていたが、青年がいつまでも浮かんでこないのを知ると関心を無くしたのか、ふっと掻き消えた。








「・・・・・・」


 ウロボロスの気配が遠ざかっていくのを青年は川の中で感じ取っていた。できればこのまま川の中でやり過ごしたかったが、残念なことに川の水は強い毒素を含んでいる。着用している服は特注品で防毒にも優れていたがいつまでも耐えられるという事はないだろう、現に布地の薄い部分から徐々に溶け始めている。さらには服で守られていない部分、即ち手や顔の部分はひどいものだ。“加護”によって溶けてはいないものの、猛毒に浸されていることで激痛は絶え間なく襲ってくる。



(・・・・・・川の中に退避したのは失敗だったか)



身体を苛む激痛に、青年の顔が苦笑とも取れる表情に歪んだ時、



『否、失敗ではない。いくら我でも絶え間なく押し寄せる溶岩から汝を守ることなどできはしなかったからな。ならばまだ毒の方がましという物だ』



 頭の片隅で彼の行動を肯定する声が響いた。その声はどこか荒々しくどこか冷静で、そしてどこまでも青年に厳しいものだったが、その声が聞こえた時、青年は毒の水を飲まないように僅かに口の端を上げるだけの笑みを浮かべた。




(今まで一体どこにいたんだ、心配したんだぞ?)


『我はどこにも行かぬ、常に汝のそばにいる。我の声が聞こえなかったのは、汝が五感を塞ぎ我の存在すら認識できなくしていたからだ』

(しょうがないじゃないか。そうしなければ私はあの美しい世界に浸ってしまいそうだったんだ。どこまでも美しい、けど美しいだけの虚像の世界にな)


 

『されど汝はその虚像の世界から抜け出した。それは素直に称賛しよう・・・・・・だが相手は竜が治める世界に副王として降臨していた強大な存在だ。勝てぬとは言わぬが勝つことは難しいぞ。それでも戦うか、それとも諦めるか?』






(くだらない質問だな、この程度で諦めるなら、私は“あの時”すでに諦めている)






 自分の問いに顔色一つ変えず言い放った青年を見て、声の主は僅かに笑みを浮かべた。




『それでこそ我が契約者よ。ならば見せつけてやるがよい。この星の核にて惰眠を貪る愚かな駄龍に、汝が鉄槌をな』


(ああ、判ってる!!)



 自分に降りた神の、どこか嬉しそうな声を聴きながら、青年はその言葉を口にした。荒神の力を、最大限に引き出すその言葉を










「・・・・・・む?」




 星ほどもある領界の地中深く、星でいえばちょうど核のある場所で、ウロボロスは自分の尾を噛みつつまどろんでいた。半年前、家畜でありながら自分を捕えた尊大な物言いをする女からの頼まれごとはすでに終わっている。彼女から頼まれたのは青年の監視であったが、その青年が猛毒の池の中で骨も残さず溶け切った以上、自分を縛る必要もないはずだ。恐らくそう遠くないうちに自分は解放されるだろう、そしてその時こそ、自分を追放した緑王エンシェントを始めとしたアカシャ宮の愚か者共に復讐するときだ。



 だがその時、そんな夢とも妄想とも判別がつかない勝手な考えを打ち消すように、彼の眠る場所を、巨大な轟音が襲った。



「な!? あの小僧、生きておったかっ!!」


 咥えていた首から口を離し、慌てて地表の気配を探る。ここは自分の領界だ。どんなに距離が離れていようとも自分の目から逃れることはできない。だが地表だけでなく彼が飛び込んだ川の中もくまなく探したが、青年の姿はどこにもなかった。


「先ほどのは間違いだったか? 否、そんなはずはない。ここは我が領界ぞ、天候だけでなく、天地に遍く物全てが我がものだ。間違いであるはずがないっ!!」



 まるで自分に言い聞かせるように叫ぶと、ウロボロスは青年を探すために先ほどまで出していた目を再び出すために目を閉じようとした。だがそれより数秒早く頭上の地盤が崩れ、そこから探っていた青年が飛び降りてきた。



「ば、馬鹿な・・・・・・貴様、いったいどうやってここまで来た」


 


 

 相手が突き出した拳が自分に当たる寸前、身体の周囲に結界を張ることに成功してからウロボロスは大きく目を見開いた。


「どうやってといわれましても、川の底からここまで地面を掘り進んできただけの事です」

「掘り進んできただと!? 正気か貴様、地表からここまで一体どれだけの距離があると思っておるのだ!!」

「千里の道も一歩から。できないと思ってやらなければ何もできません。それより・・・・・・もう一度聞きます。私をここから出してはいけませんでしょうか」

「貴様・・・・・・この我に命令をするつもりかっ!!」


 張られた結界の上に乗っている青年の口調はどこまでも丁寧であったが、それが逆に文字通り龍の逆鱗に触れたのだろう、巨大な絶叫と共にウロボロスはその身をよじった。



「ですが、そのお体ではあなたに万に一つも勝ち目はございますまい」

「なっ!? 貴様・・・・・・まさか」


 青年の指摘はもっともであった。今から八百年以上も昔、“全無し”と言われたリンドヴルムを王位継承者にすることに反対したほかの者たちと共に反乱を起こした彼はエンシェント率いる緑界軍に敗れ、首謀者である彼は副王の身分を取り上げられ散々に拷問を受けた後にアカシャ宮を放逐された。かつて何匹もの牝竜のあこがれの的であった白銀の鱗はそのほとんどが削り取られ、手も足も、牙も爪も、体内にある白銀のブレスを吐くための息袋も、そして何より副王の証であった光り輝く金色の三本の角も、そのすべてがその身体から抉り取られていた。



「貴様、まさか憐れんでいるのか? 高々家畜の分際で、この我をっ!!」



 ウロボロスの絶叫に、青年は沈黙で応えた。だがその沈黙こそが皇帝と受け止めたのだろう、怒りと屈辱に最後に残った細長い胴体を振り回すと、彼らがいる空間の遥か頭上で、赤い何かがポッと灯った。



「あれは・・・・・・」

「我が頭上に流れていたマグマよ、それが貴様の開けた穴を伝ってここまで向かってきておるのだ、さあ、マグマがこの部屋を満たすのに何分・・・・・・否、何秒かかる? いくら貴様でも逃げ場のない場所でマグマに飲まれたらひとたまりもなかろう。我を見下したこと、あの世で永遠に後悔するがよい!!」


 ウロボロスの嘲笑に対する返礼に、青年は唯一残っている右手で結界を殴りつけた。だがその一撃を受けても結界は皹どころか振動すらしなかった。


「くかかっ、無駄よ。竜の張った結界を家畜風情が破れるものか。貴様にできることはただ一つ、溶岩に飲まれるのを待つことだけよ」

「・・・・・・」


 竜の言葉に、青年は溶岩が流れてくる天井を眺めていたが、やがて深々と息を吐いた。



「・・・・・・最後にもう一度だけ聞きます、私をここから出してはいただけませんでしょうか」

「くどいっ!!」


 どこか懇願するような青年の声に、ウロボロスがにたりと残忍そうな笑みを浮かべた時である。



「そうですか、なら仕方がありません。その命、奪わせていただきます・・・・・・ホノカ」



 その瞬間、辺りは炎に包まれた。だがそれはマグマの輝きではない。マグマがここまで来るにはあと数秒はかかるし、何よりもその炎は、どす黒い色に染まっていたからだ。




「な、なにがお」


 なにがおこった、そう叫ぼうとしたウロボロスの意識は、だが青年の右手に何かが現れるのを見たのを最後に深淵へと落ちていった。









 永遠に


















「・・・・・・はっ!?」






 青年の意識が回復した時、彼の身体は汗びっしょりに濡れていた。額にへばりついた前髪を拭いつつ辺りを見渡すと、自分がいるのは古ぼけた寺院のようだった。



「どうやら・・・・・・戻ってこれたようだな」



 ふらつきながら立ち上がると、青年は部屋の外に出て廊下を進み、所々苔むした入り口から外へ出た。寺院はどうやら小高い丘の上にあるらしく、眼下には数か月前に上ってきた道と、その先にある小さな集落が見える。その集落に続く道を、一台の古ぼけた馬車がロバにひかれてこちらにやってくるのが見えた。馬車を操っているのは髪が真っ白になった皴だらけの老人で、こちらに気づくと手綱を握っていないほうの手をぶんぶんと大きく振った。


「お久しぶりです若先生、お元気そうですな」

「ああトルクさん、お久しぶりです。ところでつかぬことをお聞きしますが、自分はこの寺院にどれぐらいこもっていましたか?」

「どれぐらいですか? いつも通り一ヶ月ほどですが・・・・・・だめですよ若先生、時間が分からなくなるほど根を詰められては」


 今から一年ほど前、青年が修行にふさわしい場所を探して初めてこの集落を訪れた際、清国から流れてきた軍人崩れの野党の群れに孫娘を攫われそうになったところを彼に助けられ、その後宿泊代として多額の金を支払っていくこの礼儀正しい青年を好ましく思うとともに尊敬している老人は、敬愛の念を込めて彼を若先生と呼んでいた。


「すいません、気を付けていたはずなんですが・・・・・・ああ、そういえば私が寺院にこもっている間、何か変わったことはありませんでしたか?」

「変わったこと、ですか?」

「どんな些細なことでもいいんです。誰かが訪ねてきたとか、天気が急に変わったとか」

「はは、こんな村とも呼べない集落に来る物好きなんて、若先生以外にはいらっしゃいませんや。しかし変わったことですか・・・・・・ああ、そういえば二日前の夜だったかな? 東の方から巨大な雷鳴が響いて、風呂に入ってた婆さんが腰を抜かしそうになったことがありましたけど、まあ外は雲一つない星空だったから、首をかしげてたんですが・・・・・・先生?」


 笑い話をしようとしていた老人は、自分の言葉を聞いている青年の、いつもは穏やかな表情をしている顔から表情が消え、真っ青になっていることに気づいた。


「若先生、どうかなすったので? 顔色が真っ青ですが」

「・・・・・・すいませんトルクさん、急用ができてしまいました。申し訳ありませんが、明日には集落を発たせていただきますので、馬車に便乗させていただいてもよろしいでしょうか」

「そ、それはまた随分と急ですね。ま、まあ便乗自体はもちろん構いませんが、しかし、それならこれはどうしましょう」

「これって・・・・・・ああ、食料ですか」


 自分の言葉に頷きつつ、心配そうに馬車の中を見た老人の横に座ると、青年は馬車の中に山と積まれた食料を見た。どれも日持ちのするものだが、さすがに倉庫に寝かせておくほど長持ちはしないだろう。



「わかりました、なら今日の夜はこの食料を使って、集落で宴会をしましょう」

「宴会ですか? そりゃいい考えだ。じゃあ集落に着いたらさっそく準備させていただきます。そういえば先生、明日はどこに発たれるので? いや、もちろん詮索するつもりはないですが」

「いえ、別に隠すことではないんですが、この大陸の東の果て、其処から海を渡ったところにある故郷に戻ろうかと。妻にも会いたいですし・・・・・・それにしても」


 老人の問いに静かにそう答えると、青年は、人類史上初めてその身に二柱の神を降ろすことに成功し、親友である鈴原雷牙に匹敵する実力を持ち、“炎の鉄槌”の異名で呼ばれ畏怖される日村総一郎は、故郷、すなわち皇国のある方向を眺め、懐かしそうに目を細めた。





「それにしても、半年ぶり・・・・・・か」







続く



















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ