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スルトの子  作者: 活字狂い
21/22

スルトの子2 炎と雷と閃光と 終幕前編 スルトの御子




 静まり返った暗い空間に、自分の足音だけが響く。



 どこか硬い所を踏んだのか、一際高くなった自分の足音に驚き、マモンは恐る恐る自分の足下を見た。



 

 あの時、本人は決して認めないだろうが、捨て台詞を吐いて黒ウサギと名乗った女と共に転移した彼の前に現れたのは、暗い夜空の下に佇む、貴族である自分ですら圧倒されるほど巨大で厳かな城だった。女の案内でまずホールに入ると、彼はまず湯に浸かり、その後切り落とした首の付け根に再生能力が込められた薬が塗られた。できれば睡眠をとりたかったが、女はそんな時間はないという風に首を振ると、音もなく現れた黒い衣を纏い、薄くぼんやりと光るカンテラを手にした従僕を残し、音もなく消え去った。


 そこでマモンはふと、自分の前を進む従僕を見た。その従僕は下半身を引きずるように歩いていくが、足音は全く聞こえない。先ほど自分が踏んで高い音を出した床の上に乗った時も、微かな物音すらさせなかった。どうやら人の形を取ってはいるが、その中身はまったくの別物らしい。そういえば、故郷である赤界の辺境には羽虫の集団を一つにまとめて従僕とする術があったな、そう思いながら微かに耳を澄ませると、なるほど前を進む布の中からは、ざわざわと蟲の這いずる音が聞こえたような気がした。相手が蟲の集合体ならば話しかけても無駄だろう。巨大な城といっても客人をいつまでも歩かせるわけがない。そう遠くないうちに着くだろう。そう思いながら、マモンはゆっくりと歩き続けた。




「・・・・・・ま、まだ着かぬのかっ」


 だが、その甘い考えはいつまでも続く暗い道を歩き続けるうちにたちまちに消え失せた。一体どれぐらい歩いただろう。一時間か一日、あるいは一年か十年、はたまた百年だろうか。とにかく時間の感覚すらなくなるほど歩いてから、マモンは顔を顰め、唸るように吐き捨てた。だが、前を行く従僕はそんな彼の様子に振り向きもせず、ただゆらゆらと進んでいく。その姿に腹を立てたのか、纏っている衣をはぎ取ってやろうと一歩踏み出した時、その足が踏んだ床が甲高い音を出した。


「な、これは先ほどの・・・・・・まさか、ここは無限迷宮ラビリントスかっ!?」


 四階を構成する世界の中で最大規模といわれる黒界が、帝国を中心とした現在の七王国の体制になる以前の暗黒時代に作られた術の一つで、しかるべき手順を踏まねば永久に抜け出すことのできない対侵入者用として最大の罠の事を思い出し、こみ上げてくる恐怖に戦慄いた。



「だ、だが私は侵入者ではない。この城の主人に招かれた客だ。侵入者と客、その違いはなんだ?」



相変わらず黙ったまま先を行く従僕について行きながら、マモンはふと考え込んだ。


「侵入者と招待客の違い、それは招かれているかそうでないかだが、まぬかれるとはどういうことだ? それはすなわち招待されるという事だが、どうやってそれを証明する・・・・・・そうか、招待状かっ!!」



『招待状を、忘れないでくださいね』


 別れ際に黒ウサギと名乗った案内人が言った言葉の意味を理解しながら、マモンは自分の所持品を保管してある小規模な空間から贈られてきた招待状を取り出した。何の変哲もない封筒は、だが彼が取り出した途端、いきなりまばゆい光を放った。


「ぐっ・・・・・・な、何だと!?」



 その光が収まった時、突然現れた巨大な扉にマモンは嘴の先をぶつかりそうになった。それほどまでに突然、その扉は現れたのである。慌てて後方を振り返ると、おそらくホールに続いているであろう扉が見えたが、そこまでの距離は僅か三十歩ほどしか離れていなかった。そのわずかな距離を、自分は時間の流れを忘れるほど延々と歩かされていたのか。驚きと恐怖、そしてこみ上げてくる怒りを消そうという風に首を振ると、マモンは改めて目の前の扉を見た。


 それは、天まで届くかという巨大な鉄の扉であった。赤鉄と呼ばれる赤界で生産される赤く染まった鉄でできた中央が開くタイプの扉で、両側には巨大な火の鳥の見事な彫刻が施されており、その両目に当たる部分にはドアノッカーが備え付けられている。そのドアノッカーをマモンを案内していた従僕が二度叩くと、その巨大な赤い扉は音もなく開いて行った。


 会場に入って彼が一番最初にしたのは、呆然と立ち竦むことだった。


 なぜなら会場の中は、あまりにも広大で、そしてあまりにも美しかったから。


 恐らく大広間なのだろう、彼が入った部屋は縦に長い円柱状で、それだけならどこにでもある部屋のように見える。だがその規模が違っていた。縦に長いといっても横が短いというわけではなく、こちらから向こうの壁までの距離は一マイルほど(およそ四キロ)ほどもあり、縦の方はというと下はどんなに目を凝らしても見えるのは無数のテーブルとそれを囲む氏民であって、上を見上げると満点の星々の中に浮かぶ、千を優に超す宝石と黄金細工のシャンデリアが自分たちを照らしているのが見えた。部屋のあちこちでは総勢万を超す楽団が絶え間なく演奏を続けていた。さらに、どうやらこの部屋は上に向かっていくほど広くなっているらしく(台形を逆さにしたものが一番ちかいだろうか)、一番上はその端がどこかわからないほどであった。


「まさかこれほどとはな・・・・・・この“領界”の持ち主はさぞ名のある大貴族か」


 星の海に漂うシャンデリアを見上げながらマモンは呆然と呟いた。だがこれはまだ常識の範囲内だ。かつていた“王”の中には、それこそ宇宙に匹敵する規模の領界を持つ者もいたという。



「お待ちしておりました、マモン様」

「うぉっ!?」


 不意に横から声をかけられ、空に浮かぶシャンデリアを眺めていたマモンは一度びくりと体を震わせて声のした方を振り向いた。タキシードを着て羊の頭を持った男がこちらに完璧な動作でお辞儀をしている。恐らくこの屋敷の召使の一人であろう。



「申し訳ございません、お席にご案内する前にお手持ちの招待状をお見せいただけますでしょうか」

「あ、ああ・・・・・・これだ」


 マモンが差し出した用紙を受け取ると、執事はなんとそれをむしゃむしゃと食べ始めた。ごくりと飲み込んだところで、もう一度深々とお辞儀をする。

「本物でございます・・・・・・ようこそ選ばれしお客様。お席の方にご案内せていただきます。ああ、申し遅れましたが、私この屋敷の召使を務めますメール第八十九番と申します。何か用事がございましたら、どうぞご遠慮なさらずにお申し付けくださいませ」

「う、うむ・・・・・・すまんな」

 とんでもございません、そう答えてメェールが案内したのは、今いる場所からかなり下に降りたところだった。そこには巨大なテーブルが一つと、その周りに十二の椅子が並んでいるだけの簡素な場所であり、その座席のうち七つつほどがすでに埋まっていたが、そこに座っている者は上で会食している無数の氏民とは違い、そのほとんどの者が静かに給仕を受けていた。


「こちらでございます」


 メールという召使が案内したのは、ゆったりとしたローブを着こんだ青年と、優しげな笑みを浮かべている女性の間にある一つの席であった。その席にマモンが座ったのを確認すると、メールはゆっくりと頭を下げた。


「では他の皆様が参られるまで、どうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ」

「あ、ああ・・・・・・すまんな」


 とんでもございません、一言そう呟いて去っていくメールを見送ると、急に空腹を感じた。彼はさっそく目の前の料理に取り掛かった。赤ヒラメのムニエルに舌鼓を打ち、天然のグリーングレープを発酵させた緑ワインで喉を潤す。と、右隣の青年が話しかけたそうにちらちらとこちらを見ているのに気付いた。取りあえずお辞儀をすると、にっこりと笑ってお辞儀をし、椅子をこちらに寄せてくる。

「あなたも、この晩餐会に呼ばれたんですか?」

「ええ、という事は貴殿もですか?」


 マモンが頷くと、青年はああ、これは失礼と立ち上がり、胸にしまっていた眼鏡を拭いて掛けると優雅に一礼して見せた。


「私は黒界七王国が一つ、ミッドガルドで特級書記官をしていますアルタロスと申します。よろしくお願いいたします」

「ミッドガルドの特級書記官? アルタロスという名には聞き覚えがございますが・・・・・・まさか貴殿はミッドランド国王陛下の」

「遠縁にあたります。何の能力も持たない若輩者でございますが、一応子爵の地位を戴いております」

「それはそれは・・・・・・ああ、こちらも申し遅れました。赤界の男爵であるマモンと申します。どうぞお見知りおきを」

「これはご丁寧に。こちらこそ嘆きの大戦にて戦果を上げられた先輩を前にして、心が震えております」

「あら、そちらだけで盛り上がらないでくださいな」

 

 男二人で談笑していると、不意にマモンの左隣にいる女性が優しげに声をかけてきた。重く巨大な杖を脇に置いた、恐らく五百歳(ニ十歳)ほどの年齢だろう。

「おや、これは失礼を。つい話が弾んでしまいまして。あなた様のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「ふふ、殿方はいつもそうですものね。私はウォぺと申します。青界のハンヴィという都市で、神官長をさせていただいておりますわ」

「神官長をお勤めとは。確かハンヴィを治めているのはウィ侯爵のはず、失礼ですが侯爵閣下と何か御関係が?」

「私の父に当たりますの。といっても、書物が好きなだけの単なる偏屈親父ですわ」

「そんな偏屈親父などと・・・・・・ウィ閣下とは彼がミッドガルドにいらした時一度お目にかかったことがありますが、さすがは数多の書をお書きになられただけの事はある。とても有意義な時間を過ごさせていただきました」

「あらあら、そんな事を本人の前で言ってはいけませんわよ? 少なくとも一週間は話が途切れませんので」

 三人が食事と会話を楽しんでいた時である。いきなり向こう側の席でガシャンと大きな音がした。ふとそちらを見ると、細面の神経質そうな男が、背の低い、だが筋骨逞しい中年の男を体をがくがくと揺らして睨み付けていた。

「何ですか、あの場違いな男は」

「さあ? 見た覚えがないですね。彼に絡まれている男性ならわかるのですが。赤界に昔から住んでいるドヴェルグという種族の方ですね。嘆きの大戦にも一族を率いて参加していた長老格の一人です。大戦後の混乱で行方不明になっていましたが、最近になって帰還したと聞いています。その方を睨むなど、なんて愚か者のカスなんでしょう」

 アルタロスが蔑みながら見つめるその先で、男はレギスに向かって詰め寄っていた。

「手前、俺の武器を作れないとはどういう了見だ、おら?」

「・・・・・・」

「いいか手前、俺はな、案内人から懇願されて仕方なくここに来てんだ。手前のようなクズとは格が違うんだよ!!」

「・・・・・・・・・・・・」

「て、手前っ!! 無視してんじゃねえよ!! うらぁ!!」

「お、落ち着いてください、オータ様っ!!」


 自分を無視して酒を飲み続ける翁に切れたのか、掴みかかろうとした男の肩を彼の給仕を担当していた別の召使が慌てて引き止め、遠い席へと引きずっていく。引きずられながらもその男、オータは口から泡を吹いてレギスを罵っていたが、やがてしぶしぶテーブルの隅にある自分の席に座ると、目の前にあるワインをグラスに注がずラッパ飲みし始めた。


「やれやれ、あの道化にも困ったことですな」

「何でも案内人様が世界を渡っている時に無理やりついてきて、仕方ないから道化として飼われているだけだというのに」

「自分の身をわきまえず、恐れ多くもドヴェルグ殿に対してあの不敬な態度、自分の立場を理解する必要がありそうですな」

 上にいる無数の氏民が皆オータを嘲笑している中、マモン達三人もやれやれと首を振った。

「しかし、アルタロス殿といいウォペ殿といい、この席には特別な方々が集まっているようですね。できれば他の方々についてお聞きしたいのですが」

「ええ、構いませんよ。私と席を二つ隔てて座っておられるのが、赤界にて重装騎兵を率いておられた“恐熊”ナヌーク卿、そして彼と一緒に肉の食べ比べをしておられるのが、青界の名門中の名門、フォモール家の嫡子であられるクルハ公子。そして最後に、彼の向かい側の席に腰掛け瞑想しておられるのが、嘆きの大戦の撤退時体を張って数万の敵軍を迎え撃った結果多くの味方を逃がし、自分も帰還することに成功した七王国の一つ、ヘルヘイムに居城を持つ“城壁”エレムス殿です」

「何と・・・・・・エレムス殿にナヌーク卿だけでなく、青界において三公を輩出したフォモール家の御嫡子までおられるとは、この晩餐会を開いたのは一体どこのどなたなのです?」

「さあ、それは分かりません。ですが一つだけ言えることが・・・・・・見てください、私達がいる場所よりさらに下の所に丸テーブルとそれを囲む六席の豪華な椅子が並べられているでしょう? 恐らくあの場所には私達など想像もできないほど高貴な方が座られるはずです。そんな方々をお呼び出来る以上、それ相応の地位でないと」

 マモンとアルタロスが話していると、不意に部屋の中が暗くなった。舞台と思われる中央の広い床がぱっと明るくなり、自分を連れてきた黒ウサギという女がにこやかな顔で立ち、周りを囲む自分たちを見渡してにっこりとほほ笑んだ。

「お集まりの紳士淑女の皆様、この度は当城で行われる伴さん会に出席いただき誠にありがとうございます。只今よりおことばをちょうだいいたし開会式を執り行いますが、その前にこの晩餐会の主賓の方々をご紹介いたします。では皆様、大きな拍手でお出迎えいただきますよう、よろしくお願い申し上げます」


 案内人が言い終えると同時に、部屋の右側がぱっと明るくなった。垂れ下がっていた暗幕がするすると上げられ、羽を生やした無数の羽妖精達が花びらを巻きながら登場する。



 そしてその後から現れた彼らを見て、会場にいる者は皆、一斉に息を飲んだ。



「ではまず一人目のお客様をご紹介いたします。黒界七王国における最大の国家であるミッドガルド王国にて、長年ガロン陛下のお傍近くにお仕えし、嘆きの大戦では六大黒将の一柱“黒騎将”として活躍された公爵、レイン様です」

 案内人の言葉と共に骨で作られた装飾を身に着けた黒馬に跨った騎士がゆっくりと進み出る。胸部が膨らみを見せる鎧の形からしてどうやら女性のようだが、その首から先は消失していた。首無し公だ、ふと上の席でそんなつぶやきが聞こえた。

「続いて二人目、赤界にて機械魔城の城主を務められるクロック・クイーン閣下をご紹介させていただきます」

 レインの後ろから現れたのは、金属でできた生きた人形であった。クイーンというならば、恐らくは女性であろうが、その顔はまるで時計のようだった。いや、時計そのものと言ってもいいだろう。

「三人目と四人目の方はご一緒に登場していただきましょう。“黒き魔女侯”モリガン様と、“百鬼教授”小角様です」

 クイーンの陰から、今度は二つの人影が現れた。一方は背の高いグラマラスな美女で、もう片方は頭を覆面で隠した女の腹部辺りまでの背をした小柄な男である。覆面の隙間から金色に光る二つの目だけが覗いていた。

「モルガンに小角? 聞かぬ名だな。しかもパッと見た感じでは家畜に見えるが」

「いやいや、お主は知らぬだろうが、モルガン候は黒界はヘルヘイムに領地をもつ立派な侯爵閣下だ。小角殿も、赤界において陛下の信頼が厚い呪術師だと聞いている。並みの貴族ではその影に触れることすら出来ぬとか」

 彼らを見て、会場にざわめきが走る。だがそれは案内人が手をパンパンっと叩くと、ゆっくりと静まっていた。

「おほん、それでは五番目・・・・・・と言いたいところですが、この方はまだ来ていらっしゃらないので、最後に主賓筆頭をご紹介いたします」



 静まり返った会場に向け奥からカシン、カシィン、と音がする。そして、彼はゆっくりとその姿を見せた。



「・・・・・・・・・・・・な!! まさかあの方は」

「そんな、あの方は無限回廊の中に封じられていたはずだ」

「うむ、嘆きの大戦の際、家畜などに味方した愚かな前青王をお諫めしてな。まさか出てこられていたとは」

「ではご紹介いたしましょう。全てを消し去る“消滅の魔眼”の異名を持つ青界が大公、バロ・フォモール閣下であります!!」

 最初に現れたのは先端が布で隠された杖だった。だが直ぐにその持ち主が現れる。右目を眼帯で隠し、黒い髪と髭を持ち、軍服に身を包んだ男の姿が。




 彼は案内人の最上級の礼に軽く頷くと、ゆっくりと席に向かっていった。




「まさか大公閣下がいらっしゃるとは・・・・・・この晩餐会はあの方が開いたのですか?」

「恐らく違うだろう、彼は主賓筆頭と呼ばれていた。ならば彼も招待された側だろう。だが四界において大公閣下を招くことができる存在など、もはや四王方しか・・・・・・まさか!!」

「いや、それこそ違う。今の陛下達の現状を見ろ。竜王と称される緑王陛下ならともかく、他の方々は皆覇気がない。特に四界最大の領土を持つ黒界を治める黒皇陛下ときたら脆弱そのもので、政務のすべてを自称側近たる黙示録の四姉妹とやらにまかせっきりではないか」

「まあいいではありませんか。どちらにせよ貴族の方々と会う機会などめったにないのです。ここは少しでも印象を良くしておきましょう」

 紹介された賓客が皆席に着くと、再び会場がざわついた。その多くは自分たちを招待したのが誰かという話であったが、中には貴族と接点を持ちたいと考える氏民の声も聞こえていた。

「皆様、お喋りは紹介がすべて済んでからにしてくださいませ。では続いて、この会を主催するにあたっての進行役をご紹介させていただきます」

 彼女の声にざわめきがゆっくりと収まっていく。すると先程賓客達が現れた通路から、今度は三人の女が姿を現した。



 一人は青い髪の間から二本の角を生やした、冷徹かつ理知的に見える女性。



 一人は、髪飾りをした金髪と、赤い瞳をした艶めかしい美女。



 そして最後の一人は、長い銀髪をして、目隠しをしている神秘的な少女。



 彼女達は案内人の傍まで来ると、客席の伝道者に向けゆっくりと一礼した。


「ではここから先は、進行役のセイル様にお任せするとして、私は下がらせていただきます。ああ、私の事はどうぞ“黒ウサギ”とお呼びください」


 案内人はそういうと、ぺこりとお辞儀をして会場の外へと姿を消していった。




 その頭から生えている二本の長い黒耳を、ぴこぴこと揺らしながら。




 彼女がいなくなった後、角を生やした女性が一歩前に進み出た。


「さて、お集まりの方々。先程黒ウサギから紹介があったと思うが、私が進行役筆頭を務めるセイルです。この度は私共のお招きに応じていただき誠に感謝します。私達の目的はただ一つ、皆様の“退屈”を紛らわせるお手伝いをさせていただくことです」

「退屈ですか?」

 マモンの隣にいるアルタオスが不思議そうに首を傾げた。確かに四界の暮らしは退屈である。特に上流階級であり、働く必要のない彼らにとっては、毎日が退屈の連続であった。

「そう。私達は二千年以上という長大な寿命を持っているにもかかわらず、近年早死にする傾向にあります。それはなぜか。ただ惰性的に日々を過ごしているため、生きようとする気力がわかないからです。そのため私共はその退屈を紛らわすため、ある計画を立てました」

「ある計画? それは一体なんです?」

「その計画の全容はまだ明かせませんが、皆様に協力していただく物です。そしてそれが最終的に、皆様の退屈を紛らわせてくれる良い“刺激”となるでしょう。それでは、私達の主であり、この会の主催者にお出でいただきたいと思います・・・・・・ヤエル」

「はいはぁい。それじゃ皆さん、ご起立し最上級の礼をしてお待ちくださぁい!!」

 セイルの隣にいる艶めかしい美女、ヤエルの合図で伝道者達は皆立ち上がり、右手を心臓の上に押し当てた姿勢で主催者の登場を待った。それに合わせ、四隅で演奏されている曲が変わる。重々しくも広大な曲、即ち皇帝行進曲である。



 その曲に合わせ、会場の中央にある天幕が、ゆっくりと引き上げられていく。



 そして、それが全て巻き上がった時、




 そこには、一人の少年が立っていた。



「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・?」


 突然現れた少年の姿を集められた客達は皆無言で見つめていたが、やがて緑界から招待された一人の上級氏民が何かに気づいたかのように首をかしげると、どすどすと彼に近づいていく。従者たちが慌てて止めようとするが、それを文字通り吹き飛ばして少年の前に立った男は、狂ったように笑いだした。

「は、ははははははっ!! これは傑作だ!! バロール閣下もお出でになったから、どれほど高貴な方だと思ったが、何だこれは!! 家畜の餓鬼ではないか!!」

 そう、そこにいたのは彼らが家畜と蔑む人間の少年であった。長い黒髪に赤い瞳をした中性的な少年である。見目麗しいという言葉が付くかもしれないが、残念ながら彼らは家畜を見ておいしそうとは思っても美しいと思う心はなかった。

「えっと、セイル」


 男の視線を受けた少年が困った様に進行役のセイルを見ると、彼女はすまなさそうに頭を下げた。


「申し訳ございません、どうやら相手の力量も分からぬ“愚者”が混ざっていたようです」

「ぐ・・・・・・愚者!? 貴様、緑界において代々氏族長を務める一族に生まれた俺に対して愚者といったか!! もう良い!! 何がしたいかは分からぬが、ここでこの家畜を喰らってしまえば全てお終いだ!!」

「・・・・・・申し訳ありません主様、どうぞこの愚者を粛正することをお許しください」

「ううん、君がそんな事をする必要はないよ。この不埒者を狩るのは、主催者である僕の役目だからね」


 相変わらず高笑いを続ける龍族を見てため息を吐いたセイルに、少年は首を振って答えた。


「ふ、ふはははははっ!! こいつは驚きだ。単なる家畜がこの俺を狩るだと!? 真体も持たぬ屑の分際で・・・・・・面白い、やってみろ!!」

 不意に、龍の体が膨れ上がっていく。人型をやめて本来の姿に戻っていくのだ。口からは巨大な牙が幾本も生え、その身体は頑強そうな土色の鱗に覆われていく。

「行くぞ家畜、頭から食いちぎってやる!!」

 巨大な龍が少年に向かってその顎を向ける。だが少年は一度軽くため息を吐くと、左手をゆっくりと前に向けた。そして一言呟く。

「おいで・・・・・・“真紅の御手”」

「なっ!?」



 怪物が突進する様子を面白そうに見ていた他の伝道者は、だが次の瞬間自分の目を疑った。無理もない。少年のじつに万倍もの重量を持つ怪物の突進が、少年の左手によって軽々と止められているのだ。



 そしてそれを成し遂げた少年の左手は、肩まで灼熱の“赤”に染まっていた。




「ば、馬鹿な・・・・・・貴様、いやあなた様はもしや・・・・・・ひっ!! お、お許しください!!」

「いや、許さないよ。ここで君を許してしまっては、後に続く者が現れるからね。では味わうと良い。全てを灰燼に帰す灼熱の崩剣ほうけん・・・・・・レーヴァティン」

 少年の声に応えるように、真っ赤に染まった掌から真っ赤な刀身がゆっくりと現れる。それを持ち、少年は怪物に向けて何気ない風に切りつけた。そしてそれが触れた瞬間、怪物の姿は彼の言葉通り一瞬にして灰燼と化した。




「あれが紅き御手か、御手の中で最強と呼ばれる灼熱の剣」

「ああ、宇宙すら焼き滅ぼすといわれる剣だ。その価値は四宝に匹敵するという」

「四宝・・・・・・赤界の最も高き山の中で眠る、生ある物を生み出すとされる“根源にして原初の火”、青界の海底深くにあるこの世のすべての知識を保管しているという“海底神殿”、緑界の空に浮かぶ緑王エンシェントの宮殿にして、地上と同等の広さを持つ最強の空中要塞“アカシャ宮”、そして黒界七王国が帝都パンデモニウム、その中心たる黒鳥城の頂に保管されている、四界全てをあまねく照らしている太陽である“クリスタル”それらに並ぶ、おそらくは次元すらも破壊可能な最強の破壊剣!!」

「だが、それを使えるという事は赤王の血を引くという事になる。だがたとえ女顔とはいえ、あの方はれっきとした男だ」

「彼の王家は女系一族、男が生まれるというのは聞いたことがない」


「お見事です“リウ”様・・・・・・・さて各々方、未まだリウ様に従えぬ者がいるならば申し出るが良い。この方がその全てを一刀のもとに消し去るだろう。だがもし従うというのであれば、頭を垂れて跪き、臣下としての礼を取るが良い!!」

 セイルの言葉に、騒めいていた氏民たちは皆一斉に静まり返り、やがて最前席にいた五名の上流貴族がそろって彼に跪いたのを初めとし、皆競うように彼に跪いた。

「よろしい。リウ様、“六者の上客”、“十二の中客”、そして“無数の下客”その全てがあなた様に頭を垂れ、臣下として跪いています。どうぞ主催者たる“スルトの御子”として、開会のご宣言を!!」

「うん。それでは貴殿らに対し、赤界の正統なる後継者であり、深淵の御手の中で最強と称される“真紅の御手”を持つ“スルトの御子”たるリウがここに」




 一旦言葉を切ると、自らをリウと名乗ったその少年は自らが持つ灼熱の剣を高く掲げた。




「ここに、“赤王の晩餐会ばんさいかい”の、開幕を宣言する!!」




                                   続く

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