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スルトの子  作者: 活字狂い
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スルトの子2 炎と雷と閃光と 幕間 「蠢くもの」

 



 少年は、荒い息を吐きながら人混みの中を走っていた。


 途中でぶつかった何人かが不愉快げな顔で睨み付けるが、彼は足を止めようとはせず、ただ前を見ながら狂ったように走り続ける。先ほど元同級生である秋野達の姿を見たような気がしたが、それももう少年の脳裏から完全に消え失せていた。

 やがて、少年は人気のない場所まで来ると、ぜえぜえと肩で息をしながらがくりと膝をついた。陸上部の長距離選手であるため走ることは苦にはならない。彼を心身ともに疲労させているのは別の事であった。うつろな目であたりを探ると、隅に水道の蛇口が見える。這うようにそこまで近づくと、がくがくと震える手で蛇口をひねり、出てきた水を貪るように飲んだ。






「・・・・・・おや? もう逃げないのかい?」



「うぶっ!!」



 その少年の声が闇の中に響いたのは、その直後だった。



「やれやれ、僕は君に走れと言った覚えはないよ、小池君。確かに君は走るのは得意だけれど、別にそれを熱演してもらう必要はこれっぽっちもない」


 闇の中から現れたのは、どこにでもいる単なる少年だった。年齢は小池よりわずかに下であろう。特徴らしい特徴はなく、あえて特徴をあげるならば“普通”という名が付くほどに平凡な少年だが、小池はこの少年の内面が、その外側と全く違うことを知っていた。




いや、思い知らされた。 




「ん、んなこと言ったって、出来るわけねえだろうが!!」

「そうかい? けど“これ”欲しさに何でもやると言ったのは君だよ? なに、簡単なことじゃないか。コンサートに来た人に配られる飲み物に、“青酸カリ”を入れるぐらい」


 平然とそう言った少年を、小池はがくがくと震えながら睨み付けた。


「で、出来るわけないだろ!! そんな事したら、何百という人間が死ぬぞ!! なんで、なんでそんな事」


「なんでって? 決まってるじゃないか」


 暗闇の中、少年はまるでスポットライトを浴びているかのように、空に向かって両手を高々と広げた。



「“僕”が楽しいからさ!! それ以外に、一体どんな理由がいるというんだい?」



 狂ってる。 



 目の前で楽しげに笑っている少年を見て、小池は心の底からそう思い、そしてこの最悪な少年と関わってしまったことを、心底後悔していた。



 小池がこの少年と出会ったのは、今から半月ほど前、陸上の成績が伸びずイラついていた時だった。


 根津高等学校から陸上のエースとして引き抜かれた彼だったが、陸上部の面々、中でも金持ちからの侮蔑を込めた嫌がらせにストレスがたまり、さらに特待生は成績が振るわなければ即退学、しかも多額の違約金を支払う必要がある事からプレッシャーを感じ、成績が振るわなくなり、担当教師から勧告を受けた。



 その時だ、この少年が良い物があると言って、白い粉を差し出してきたのは



 少年は、初めはその白い粉を一種のドーピング剤だと言っていた。どんな検査にも引っかからない、まさに魔法の粉だと。


 確かに彼の言うとおり、この粉を服用した直後は高揚感が体全体を包み、全身に力がみなぎる感じがした。つい先日行われた夏の大会への選抜試験でも、ほかの部員を圧倒し、見事勝利することができた。



 だが、体の異変は、すぐに表れた。



 薬が切れることでの強力な脱力感と疲労、そして襲ってくる強烈なめまいと吐き気。それを抑えるためにさらに少年から粉を購入し、そのせいでさらに体の調子がおかしくなる。何度かそれを繰り返している間に幻覚症状さえ出始めるようになり、小池はこの白い粉がコカイン、いやヘロインすら上回る強力な麻薬だということにようやく気付いたが、その時にはもう彼の体は中毒症状に陥っており、少年に対する借金も膨大なものになっていた。



 少年がある提案をしたのは、ちょうどそんな時だった。


 


 初めは簡単なことだった。この麻薬「K」を新市街に住む若者に売る手伝いをするというならば、定期的にこれを供給するというのだ。少年の提案に、小池は無我夢中で飛びつき、学生を中心に、「K」は若者の間に広まりつつあった。



 だが、ここで警察の取り締まりが強化された。



 彼と同じように薬を売っていた下っ端の一人が初歩的なミスで警察に捕まり、麻薬が押収された。そのため新市街での販売が困難になった時、少年は小池に今回の提案をしたのだ。



 すなわち、警察の目を麻薬からそらすために、祭りの日にコンサート会場で配られる飲み物に、青酸カリを入れろと。



 人が死ぬかという事態になって、小池はようやく自分のしていることの恐ろしさに気付き、こうやって逃げ出したのだ。だが




「さてと、逃げ出したネズミはさっさと“駆除”しないとね」



「ひっ、や、やめ、やめてくれっ!!」


 少年がポケットから取り出したものを見て、小池は恐怖に震え上がった。彼が取り出したのは単なる切れ味の悪い折り畳み式のナイフだ。おそらくよほど力を入れなければ何も切れないだろう。だが小池は、この少年が組織の金をちょろまかした男をその切れ味の悪いナイフで軽々と一寸刻みにしているのを見ていた。


「そうはいかないよ。裏切り者には血の制裁をしなければならないからね・・・・・・じゃあね、小池君」



 少年の振るナイフが、するすると彼の指に伸びた時、



 









「あなたの欲をかなえましょう」





「あなたの望みをかなえましょう」






 呆気にとられる小池と苦笑している少年の前に、場違いなほど陽気で、だが氷のように冷たい声と共に現れたのは赤と黒のバニースーツに身を包んだ二人の女だった。彼女達が踊りながら左右に広がると、さらに奥の闇からスーツに身を包み、シルクハットを被った老人が現れた。



「あなたの欲望を叶えるバード協会、ただいま参上いたしました」



 あっけにとられる少年の前で、二人の女を付き従えたその老人は礼儀正しく一礼した。



「やれやれ、お楽しみを邪魔しないで欲しいですね、大鳥おおとりさん」

「いえいえ、お客様のお楽しみを邪魔するつもりはありませんよ? ですがわたくしからお客様へ提供した代物の代金が多大なものになっておりまして、その返済をお願いしたいと思いまして」

 

男はにこやかな笑みでそう答えると、呆然としている小池にすすすっと近づいた。


「お初にお目にかかります。わたくし皆様の欲望を叶えるバード商会会長、大鳥孫左衛門おおとりまござえもんと申します。ああ、別に覚えてもらわなくても結構ですよ。それではお願いします」


 男がパンパンっと手を叩くと、老人の両脇に控えていた女がそれぞれ小池の腕を持ち、固定した。



「ひっ、な、何しやがる!! 放せ!!」


 足をバタバタと動かして抵抗するも、彼女達はまるで鉄のように硬く動かない。と、男はふところに手をやると、そこから飴玉ぐらいの大きさをした、禍々しい黒色をした一つの物体を取り出した。


「いやあ、“晩餐会”に合流する前に、以前開発したこれの性能を試したかったんですよ・・・・・・ではご堪能ください。我がバード商会のおすすめする商品、この世のものとは思えないほど極上な、絶望の味を」


「や、やめ・・・・・・ふぐっ」

 口を閉じて抵抗するも、ものすごい力でこじ開けられ、無理やりそれを飲まされる。強烈なドブの臭いに吐きそうになるが、口を閉じられているため、飲み込むしかなかった。


「ぐ・・・・・・あ、があああああっ」

「おや? お口に合いませんか? それはそれは失礼を。その味はわたくし達にとっては、甘美な至高の味になるのですがねえ。さて、お客様」

 男は体をくるりと回転させると、一連の作業を見守っていた少年に、優雅に一礼した。

「これで代金の一部はお支払いいただきました。残りも早急にお支払いください。ところで話は変わりますが、そろそろこの街を出たほうがよろしいかと・・・・・・少々厄介な連中も現れたことですし」

「そうかい? ならしかたがないね。まあ、そろそろあの子が待っている復興街に帰ろうと思っていたことだし。それにこれほど強烈な麻薬なら、奴らも喜んで買うだろうさ」




 そう答えると、少年はふと虚空の彼方を見つめた。





「これで・・・・・・僕は君に近づけるかな? ねえ、“最狂”」






                                   続く



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