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スルトの子  作者: 活字狂い
13/22

スルトの子2 炎と雷と閃光と 序 炎舞う

 




炎が、舞っていた





 その日、冬の夜空に雪ではなく、真っ赤な炎が舞っていた。





 少女が目覚めたのは偶然だった。瓦礫の間で気絶していた彼女は、何かが当たる感触で眼を覚ますと、ぼんやりとした頭で周りを見渡し、自分はまだ夢を見ていると思った。



 何故なら彼女の周りにあるのは、ビルやデパートが立ち並ぶいつもの光景ではなく、赤と黒、二つの色に覆われた世界だったから。






 その光景を一言で表せば地獄だろう、二言で示せば世界の終わりだろう。だが、そのどちらも知らない少女の目には、その光景は昨日、祖父と祖母の見ている前で、画用紙に描いた絵に似ていた。









  赤と黒のクレヨンで、白い画用紙が、ぐちゃぐちゃに塗りつぶされた景色





(あ)



 祖父母のことを考えた所で、少女はふと家族のことを思い出した。そうだ、確か今日は妊娠して入院しているお母さんのお見舞いに、病院に来たんだった。だが、退屈そうにしている自分を見た祖父母が、デパートでクリスマスのプレゼントを買ってくれたのだ。

 彼らを探すため、少女は自分が入っていた隙間からのそのそと這い出た。と、彼女の少し癖のある髪の間から小さな石が転がり落ちる。どうやらそれが当たった感覚で目が覚めたらしい。別段気にする事無く立ち上がると、少女はあたりを見渡した。だが周りは赤と黒に覆われ、人影どころか、建物すらどこにも見えない。



「・・・・・・?」



 その時、彼女は自分の体が、何か黒い色に覆われていることに気付いた。手でこすると、ぽろぽろとこぼれ落ちていく。首を傾げながらも、ぱたぱたと服を振ってそれを払うと、彼女は病院のある方角に向かって歩き始めた。周りに見慣れた建物はない。だが、北の方角に微かに山が見える。あれは病院の北側にある山だ。そして、デパートは病院の南側にある。

 こくんと小さく頷くと、少女は山に向かって歩き始めた。彼女が進むたび、足に踏まれ、黒い色をした物が零れ落ちていく。それが原形をとどめていなかったのは、彼女には幸運だった。

        

 

 


    








    何故ならそれは、人が生きながら炭化し、ぼろぼろに崩れた物だったから











 自分以外の誰もいないことに気付かない少女は、自分以外の誰かを探しながら病院に向け歩き続ける。だがやはり誰も居ない。居るわけがない。人間が炎に焼かれ、生きながら一瞬で炭へと変えられたこの地獄に、奇跡的に助かった彼女以外誰が居るというのか。



 それでも少女は病院に向けて歩く。時々躓き転びながら、少女はようやく病院が見える角までたどり着いた。





       そして、彼女の眼に飛び込んできたもの、それは









     病院が大地もろとも、跡形もなく消え去って出来た、底が見えない深く巨大な穴と









           その上で踊る、赤と黒の炎だった




























  15年後


















 アメリカ合衆国某所  魔女達の夜本部“ヴァルキリプス”


 

  















 退屈な会議は、長々と続いていた。




「それでは次の議題、魔器論理学のデヴィソン助教授より、自分の受け持つ第二級魔器使“赤髭”バルバ君の第一級魔器使への推薦についてですが」


 書類を読んでいた壮年の男ガが右手をさっと上げると、会議室の中央にあるスクリーンに、口の周りを赤髭でこんもりと覆った青年が映し出された。

「いや、それはまだ早いよ。バルバ君は確かに“黒翼の誇り”第十一支部制圧作戦で華々しい戦果を挙げたけど、その指揮能力には疑問が残る」

「そうよ。第一級魔器使はその場にいる二級・三級の魔器使を統率する権利と義務を持つわ。なのにこの……赤髭君だったかしら・・・・・・は、書類を見る限り個人の戦闘能力は高いけど、連携しての戦いより一人で突進するほうが好きみたい。それによって被害が結構出ている。それでは駄目ね。少なくとも後千回は戦闘を経験してもらわなければ」

「ふんっ、それにこいつは自分の持つ魔器を極端まで疲労させる。おそらく力任せにぶっ叩いているからだろうが、そんな扱いをする野郎を一級にするわけにはいかねえな」

 部屋の北側に座っている男女が、それぞれ穏やかに微笑し、軽蔑したように笑い、不機嫌そうに吐き捨てて反対した。


「はい。ではこの議題については不可ということで・・・・・・では次の議題、っとこれは議題ではなく報告ですね。第一級魔器使“機関士”ネビル君より報告が入っています。“黒翼の誇り”に包囲されているモスクワへの強行突入、及び物資の補給に成功。現地にて生存している魔器使達の指揮を取るとの事です」

「へえ・・・・・・予想していた日時より大分早いね。さすがはヘファト教授の神話級魔器“グラシャ=ラ=ボラス”を持つだけの事はある」


「ふん、当然だな!!」


 細目の穏やかそうな壮年の男にそう言われ、その横に座っている濃い髭面の男はぶっきら棒にそう答えたが、自分の作り上げた魔器をほめられて嬉しいのか、頬が微かに染まっていた。



「今日の会議はこれで終わりかしら。そろそろ研究所に戻りたいのだけれど」

 

 髭面の男のちょうど反対側に座っている若い女が、窓の外を見てふと呟いた。すでに日が傾いている。首に巻いた赤いスカーフを軽く弄り、女は退屈そうに息を吐いた。


「おや? もうこんな時間ですか。それにしてもヘルメス教授、ホムンクルスの製造は確かに大切ですが、根を詰めすぎると身体によくありませんよ」

「うるさいわよグリアス教授。ま、それもあるのだけど、私最近量産型魔器の開発をしているの。知ってるわよね?」

「・・・・・・ああ、あの役にたたねえ“屑物”か」

「あら・・・・・・・・・・・・今何か言ったかしら、ヘファト教授」

 

 髭面の男、ヘファト教授の嫌味に、女、ヘルメス教授はすっと目を細めた。


「ああ言ったさ。いいかヘルメス、魔器はな、それを使用する魔器使との“相性”が一番大事なんだ。それを無視して誰にでも使用できる安物を作っていると、碌な結果にならねえ」


「ふん。けどヘファト、あなたの作れる魔器は一年に十個も無いじゃない。最近“緑原の征服者”の活動が活発になってきてるし、何より今は質より量の時代。戦力の増強は必至よ」


「はっ!! それでエイジャに効果の無い魔器を与えて、魔器使を無駄死にさせるってのか!! そんな屑ばかり作っているから、手前の作るホムンクルスの性能だって中途半端なんだ!!」

「・・・・・・ヘファト、あんた言ってくれんじゃない」

 

 二人の教授が立ち上がって睨みあう。そんな一触即発の空気に、周囲に緊張が走った時だった。


「・・・・・・落ち着かぬか、お主ら」


 彼らの後方、一段高くなっている議長席から、低い声が響いた。



「し、しかしマクレガー副学長」


 彼に講義しようとするヘルメスの動きを、初老の男は右手を挙げて制した。


「落ち着けヘルメス。ヘファトもだ。量産型魔器の製作は我がヘルメスに命じたこと。言いたいことがあるならばまず我に言うがよい。大体会議はまだ終わっては居らぬ。なのに教師を束ねる“四大教授”のうち、二人が争ってどうするつもりだ」



「「・・・・・・」」



 静かだが、反論を決して許さない厳格な声に、二人は黙って席に着いた。




「流石はマクレガー副学長。さてと、残る議題は後一つだね」

 

 軽く拍手をして、彼らの間に座っていた教授―グリアスは司会を務める助教授に、穏やかな笑みを向けた。


「は、はい。これが本日最後の議題になります。一昨日、つまり二千十五年七月八日に、日本皇国高知県太刀浪市にて、同地に派遣した第二級魔器使“絶対零度”ヒスイ・T・D、本名ヒスイ・トゥアハ・デ・ダナンが、自ら禁技と定めた絶技“絶対零度アブソリュート・ゼロを二度使用した事についてです。これは懲罰法第三十条、“自身の力量を超えた技の使用禁止事項”に触れます。この件についての査問が提案されていますが」

「あら、まさかヌアダ教授のご息女が法を破るなんて・・・・・・絶技は一歩間違えば都市を吹き飛ばし、大地を切り裂き、海を干上がらせる危険な技よ。それを二度も使用するなんて。例え暴走させなくとも、これは充分懲罰の対象になるわね」

「へっ、結局は暴走しなかったからいいじゃねえか。それに報告書は読んでいる。相手は爵持ちだったようだな。なら絶技の使用は仕方ないんじゃねえか?」

「いや、どんな理由があれ彼女は過去の事件により自ら禁技とした絶技を使用したんだ。やはり一度査問会に掛けなければならないよ。そういえば・・・・・・休職中のヌアダ教授は何て言ってるんだい?」

「は、はい・・・・・・それがその“彼女はもう子供ではないのだから、犯した罪に対する責任は自分で取れるはずだ”だ、そうです」

「ふぅん、さすがは嘆きの大戦を終結させた“三傑”の一人にして、冷徹無慈悲な“銀の腕”。それが例え自分の娘でも容赦無しか。それでは査問会にかけるということで。それで? どうします副学長、一度呼び戻しますか?」


 グリアスに声をかけられ、マクレガーは暫し下を向いて考え込んでいたが、やがて大きく頭を振った。


「いや、今あの都市から魔器使を出すわけにはいかぬ。せっかく高天原の勢力圏に入り込んだのだ。こちらから査問官を派遣しよう。それでよいな?」

「はい。構いません。それで誰を送ります? こう言っては何ですが、僕達は先の痛ましい事件―“魔女狩り”があったせいで、仲間意識が非常に高い。誰も好き好んで仲間を裁きたいとは思わないはずです・・・・・・仕方ない。あまり乗り気はしませんが、ここは僕「あ、あの」・・・・・・なんだい?」

 


 話の途中で割り込まれ、グリアスは恐る恐る手を挙げた一人の助教授に、その細い眼をさらに細くして向けた。

「ひっ・・・・・・は、はい。それがその“閃光”が名乗りを上げていますが」

「・・・・・・閃光だぁ?」



 その言葉に、ヘファトは思わず加えていた葉巻を嚙み潰した。会議室に先程とは違う緊張が走り、出席している教師達がざわざわと騒ぎながら互いに顔を見合わせた。表情を変えていないのは三人、ヘルメスとグリアス、そしてマクレガー副学長だけだ。

「・・・・・・へっ、まさか“大罪人”若しくは“反逆者”に対し派遣される“極刑”の執行権利を持つ最高査問官が、直々に赴くとはな。どういうことだ、あの餓鬼は一体何考えてやがる」

「へ、ヘファト教授、仮にもザラフシュトラ副学長のお孫さんに対し、餓鬼などというお言葉は」

「うるせえ!! 黙ってろ!!」

 

 助教授の一人にそう言われ、ヘファトは思い切り目の前の机を殴りつけた。ガァン!! と強い音が周囲に響き渡る。それが収まると、彼はちっと忌々しげに舌打ちをし、会議室を出て行った。

「やれやれ。ではヒスイ君に対する査問は、太刀浪市に最高査問官であり第一級魔器使である“閃光”のスヴェン君を派遣することでよろしいですね」

「うむ・・・・・・だが念のためだ。同じ最高査問官で、彼とチームを組んでいる“一殺多生”も同行させよう。では、これにて本日の会議を終了する!!」



 マクレガー副学長が最後にそう締めくくると、会議に参加していた教師達は立ち上がってお辞儀し、次々に部屋の外へと出て行った。









 そんな中、今だ座っているヘルメスは、唇の端をふと怪しげに歪ませた。








 



 会議が終了し、1時間ほど経った頃である。





 切り落とされた胎児や、複数の動物を組み合わせたようなグロテスクな標本が浮かぶ瓶が、所狭しと置かれている研究室の中で、ヘルメスはテレビ電話と向き合っていた。




『今何と言ったか』



 画面に映っているのは、整えられた黒髪と髭を持つ美丈夫だ。彫りの深い顔の中、二つの瞳が自分を冷徹に見つめている。


「ふふっ、どうやらよく聞こえなかったみたいね。ならもう一度言ってあげましょう。ヌアダ教授、あなた自分の娘が査問会に掛けられることはもう知っているわよね。しかも査問官は最高査問官である“閃光”。彼とあなたの娘との間にある因縁、まさか知らないはずがないでしょう? もしかしたら、“極刑”なんて事になるかもしれないわねえ」




『何が言いたい』




 相手、すなわち査問対象であるヒスイの父親、ヌアダが低い声で尋ねると、ヘルメスは気持ち悪いほど穏やかな笑みを浮かべた。


「あら、せっかちね。まあいいけど・・・・・・閃光は二年前まで私が受け持つ生徒だったわ。今でも若干の交流はある。私が言えば、少なくとも極刑だけは取り止めるはずよ。そうね・・・・・・どんなに重くとも、記憶の封印ぐらいじゃないかしら」


『・・・・・・』


 沈黙する男を眺め、ヘルメスはその穏やかな笑みをにやりと歪ませた。


「けど、もちろんそれには条件がある。あなたの持つすべての魔器の基礎になった“光輝の剣”クラウ=ソラス。これを私に研究材料として提供するなら口利きをしてあげましょう。どう? たかだか剣一本で愛しの娘が助かるのよ? これほどいい取引はないと思わない?」


『返事は今すぐ必要か?』


「ええ。出来れば今す『断る』・・・・・・ごめんなさい、今なんとおっしゃったかしら?」




  喉まででかかった罵声を必死に飲み込むと、ヘルメスはヌアダを睨み付けた。自分の娘が死ぬかもしれないというのに、この男は眉一本分もその表情を変えようとしない。




『聞こえなかったようだな。ならばもう一度言おう・・・・・・断る。戦う事を決めたのは娘自身だ。自分の始末ぐらい自分で付けられるだろう。それにクラウ=ソラスはわが一族の秘宝の一つ。愚かな娘の命と引き換えなど、到底出来るものではない』


「・・・・・・そう、分かったわ。ええ分かりましたとも。残念ねぇ。人がせっかくチャンスをあげたというのに。いいでしょう。ならばもう取引は持ち掛けないわ。その代わり、次にあなたが娘を見るときは、きっと葬式のときでしょうよ!!」


 苛立たしげにテレビ電話のスイッチを切ると、それでも怒りが収まらないのか、彼女は辺りの瓶を手当たり次第に殴りつけた。瓶がが割れ、その中の標本がどろりと床に落ちる。鋭い破片が手に突き刺さり、彼女の両手は真っ赤に染まっていった。





 と、その手がいきなりぼろぼろと崩れ落ちた。





「あら? 今回は随分と早いのね。まあいいわ。“替え”は幾らでもある。私がホムンクルスを作り始めたのは、そもそも“この”ためなんだから」


 くくくっと笑うと、彼女は首に巻いたスカーフをしゅるしゅると解きながら、隣の部屋へと入っていった。



「さてと、男達はどんな肉体が好みかしら。豊満? それとも幼児体形?」








 そして、彼女がスカーフを完全に取り去ったとき、そこには




  そこには、卵形の、巨大なルビーが埋まっていた。















 同時刻 日本皇国島根県出雲市


 ここ出雲市には、巨大な出雲大社を中心に大中数十の社殿が軒を連ねている。小さい社殿を含めれば百を軽く越すこの社殿群こそ、“日本の影の支配者”はたまた“裏天皇家”と呼ばれ畏怖される、政府最高機関である枢密院を支配する黒塚家の総本山であった。




「・・・・・・」


 百以上ある社殿の中心、出雲大社の一室で、男は手に取った書類を不機嫌そうに眺めていた。




 年は三十代後半。短く刈り込んだ髪型とと浅黒く日焼けした肌、右頬にある巨大な傷跡、鋭い瞳を隠す黒いサングラスなど、見た者にはまずヤクザを思い浮かばせる。




 だが、その物腰からは理知的な雰囲気が滲み出ていた。



「あら? 何だか不機嫌そうね。げんちゃん」


 向かいの席で紅茶を嗜んでいる中年の女性にそう言われ、彼は疲れたように息を吐いた。


「ちゃん付けで呼ぶのはおやめ下さい。神楽様」

「けちねえ。そらぐらい良いでしょう? “私”の執事長なんだから」


 黒塚家執事長を務める黒沼玄くろぬまげんは、半年間行方不明になっていた、目の前で優雅に笑っている黒塚家当主、黒塚神楽を見て再びため息を吐いた。


「太刀浪市に新たな人材を派遣することには賛成です。それが“雷神の申し子”であることにも反対はいたしません。今まではあの都市の重要性を隠すため、わざと能力の低い、信用できない者を配置しましたが、魔器使が来た以上こちらも能力の高い者を置かないと押し切られますからね・・・・・・ですが」


 一端口を閉ざすと、彼は二枚目の書類に目をやった。


「ですが、気に入った少年を“立志院”に入れ、将来的には高天原に入隊させたいですと? 別に立志院に入れるのは構いませんが、高天原への入隊はその“最高司令官”としてどうかと思います。私達は“素人”の力を必要とするほど戦力が無い訳ではありませんし、何より日本の防衛など本来私“一人”で充分です」

「それはそうでしょうけど・・・・・・なら玄ちゃん、この子がニーズヘッグを殺したのだとしたら?」

「は? いえ、それはありえません。いいですか神楽様、ニーズヘッグは爵位は低いですが貴族であり、そしてエイジャの貴族は本物の“神”なのです。神を滅ぼすことが出来るのは同等の力を持つものだけであり、現在の日本では私達を除けば雷神の申し子、世界を旅してまわっている炎の鉄槌、そしてあと数人でしょう。もちろん日本に来た絶対零度では、例え彼女が百人いても不可能。あの都市に白夜が潜伏していることはすでに判明しています。ニーズヘッグを滅ぼしたのは、恐らく奴でしょう」

「あら、それは無いわねえ。だって彼は“戒め”を受けているのだから。第一玄ちゃん、あなた私が嘘を吐いているとでも言うの?」


 不意に、部屋の温度が急激に低下した。だが空気すら凍らせる寒さの中でも、玄はけろりとしたままだ。


「いえ、それは・・・・・・分かりました。良いでしょう。本当に信じがたいことですが、念のためです。監視を含めその少年を、ひとまず“立志院”に入れましょう。ですが」

「ですが・・・・・・なあに?」

 



 神楽が可愛らしく笑うと、途端に温度が元に戻っていく。それを肌で感じながら、玄は深いため息を吐いた。

「ですが、本当に爵持ちを滅ぼせるだけの実力があるのかどうか調べるために、夏季に行う“行事”に参加してもらいます。そこで合格すれば良し。不合格ならばその実力が無かったと見て不可。それでよろしいですね。無駄に人死にを出したくはありませんから」

「・・・・・・まあ良いわ。って、もうこんな時間じゃない。そろそろ失礼させていただくわね。旦那様にお食事を作ってあげないといけないし」

「ええ。わざわざのご足労、ありがとうございました。あと、”食事”はお控えください」

「あらあら、ちょっと”つまんだ”だけじゃない」


 一礼する彼に、朗らかに笑うと、神楽は鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。それを見送ると、本日何度目かになるか分からないため息をげっそりと吐き、右手で痛みだした胃の部分を押さえると、玄は傍らに設置してある電話の受話器を取った。

「ああ、私だ。鈴原の奴は今どこにいる? いや、親ではなく子供のほうだ。ああ、そうか。なら繋げてくれ」



 暫らく音信中のプルルルという音が聞こえ、それが終わると、







『はぁい、何ですか司令。こちとら今忙しいんですけどねえ』


 受話器の向こうから、何かを殴りつける音と共に、苛ついた男の声が聞こえてきた。



「忙しいだと? 鈴原、貴様に命じたのは“奴ら”の監視だけのはずだが?」




『はあ、そりゃそうですけど、奴ら何処からか攫ってきた女の子を魚に酒盛りしようとしたんで、今ぶっ飛ばしている最中です・・・・・・ちっ、うっとおしいんだよ、手前ら!!』


 強い舌打ちと共に、何かが爆発する音と、ギャアギャアという悲鳴が聞こえてきた。




『で? この糞忙しいときに一体何のようですか? くだらない話なら俺怒りますからね?』


「高天原最高司令官としての命令だ。“雷神の申し子”は其処での任務が終了しだい、高知県太刀浪市に赴き、守護司としての任を果たせ」


『は? 何ですあんた。人に監視なんて面倒くさい任務押し付けといて、次は退屈な守護司の仕事をしろですって? いいですか司令、俺はこの任務が終わったら、ホテルに直行して千里といちゃいちゃしたいんですよ。こちとらもう三日も出してないんだ。さすがにそろそろ溜まってるんですがね』





 ぶつくさという声に、玄は痛む胃を抑え、苦しげに眉を顰めた。




「これは黒塚家当主、黒塚神楽様からの直々の要請だがな」


『だから何です? あんな婆さんより俺はぴちぴちな千里を抱いていた・・・・・・ぶべっ』




 その時、ドゴッ という音と共に、向こう側で男のうめき声が聞こえてきた。



『・・・・・・黒塚家当主様からの御命令、確かにお受けいたします』





 それから数秒後、今度は落ち着いた感じの女性の声が受話器から聞こえてくる。その声を聴いて、玄は再び溜息を吐いた。


「いつもすまんな、水口君」


『いえ、慣れていますから。とにかくらいの補佐はお任せ下さい。では任務に戻りますので、これで失礼します』






 物静かな女性の声を最後に通信が切れる。受話器を電話の上に置くと、玄はむうっと苦しげに呻き、テーブルに置いている愛用の胃薬に手を伸ばした。




















 炎が、舞っていた。





 かつて病院があり、今は大地すらないこの場所で、一人の少女を観客に、くるくる、くるくる、くるくると、二つの炎が、舞っていた。





 それは赤 気高さすら感じる澄んだ炎



 それは黒 どろどろと歪み、濁った炎





 炎は離れては近付き、近付いては離れる。それはまるで




 そう。まるで、踊っているかのよう







 少女は・・・・・・もはや希望も絶望も何もかもが消えうせ空っぽになってしまった少女は、仰向けに倒れたまま、炎の踊りを眺め続けた。









 意識を失う前も、そして、意識を失った後も







 自分から全てを奪った炎を、光が消えた両目で、いつまでも












 いつまでも、いつまでも、眺めていた。






                                   続く


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