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スルトの子  作者: 活字狂い
12/22

スルトの子 終幕 朝日の中の抱擁









 長い漆黒の夜が、明けた。







 太陽が昇ってくるのを、聖亜は瓦礫の上に座ってぼんやりと眺めていた。





 彼の周りには、膝の上で死んだように眠っている白髪の少女と、彼女を心配そうに見つめる黒猫の姿しかない。


 復活した三体の人形は、ニーズヘッグが滅ぶのと同時に力尽いたのか物言わぬ人形になり、今は少年のすぐ傍らに三体並んでおかれている。




 先程まで頭の中で喚いていた炎也と言う名の少女も、熱さと疲労でへばったのか、沈黙したままだ。






 そして、鍋島は、










 彼は瓦礫に埋もれて死んでいた。














 その顔はどす黒く変色しており、特に左目は完全に潰れてしまっていた。まるで、







 まるで、あの蛇神と同じように。だが、











 だがその表情は、眠るように穏やかだった。































「そう悲しげな顔をするな、聖亜」

「キュウ」

 彼の遺体の前で悲しげに俯く少年の肩に、飛び乗ると、黒猫は聖亜の頬を、己のざらざらする舌で優しく嘗めた。



 まるで、涙を流さず泣いている少年を、慰めるかのように



「それより、右腕は大事無いか?」

「ああ、大丈夫だ」




 あの時、ニーズヘッグの巨躯を灰も残さず焼き尽くした彼の右腕は、今は通常の、つまり人間の腕に戻っていた。もっともキュウが言うには元の状態に戻ったのではないようだ。一度変化したものは、完全に元通りにはならないらしい。なるほど、言われてみれば確かに多少違和感はあった。









「ならば良い。それよりヒスイが目覚めたら移動するぞ。ここに留まっていたら、厄介な事に巻き込まれかねん」

「・・・・・・」




 黒猫の声に何も答えず、聖亜は俯いたまま、そっと右腕に触れた。




「・・・・・・聖亜、そなた一体何を悩んでいる? そなたはニーズヘッグを、神たる貴族を滅ぼした。もっと己を誇ってもいいと思うがな」

「・・・・・・キュウ、結界喰らいって、何だ?」

「・・・・・・何?」

「何で俺はこんな力が使える? 何で右腕が変化した? 何で俺は、ああも残酷に笑えた? 俺は、俺は」



 人々にとって、邪魔な存在なのか?








あの時、黒い巨大な龍が消滅したとき、地面には女の姿をしたニーズヘッグが虫の息をして倒れていた。




「・・・・・・」

「ふ、ふふ。もう、わたくしはこれまでのようね」

「驚いたな、まさか先ほどの一撃に耐えうるとは」

「だが、ここまでだ」

 

 倒れている女に向けて、聖亜は無慈悲に灼熱の刃と化した右腕を突き付けた。


「ふ・・・・・・心配しなくとも大丈夫よ。いくら私が炎に強いといっても、すでに致命傷を受けたこの身体は、もう長くはもたないわ」


 ニーズヘッグの言う通りだった。彼女の身体は手足の先から炭化していき、細かい粒となって風にさらさらと流されていく。


「・・・・・・」

「ふふ、終わりの果てを見れないのは残念だけれど・・・・・・いいえ、むしろ良かったのかもしれないわね」

「終わりの果て? なんだよ、それ」

「悪いけれど、教えてあげる義理はなくてよ。ああ、けどこれだけは・・・・・・わたくしは占い師ではないけれど、これだけは確実に予言できる。聖亜とか言ったわね、あなたは必ず、その力を恐れた同類により裏切られ、そして殺される。その日を、楽しみに・・・・・・待って、いる・・・・・・わ」



 最後にそれだけ囁くと、彼女はその異名に恥じずに少年を嘲笑しながら、黒い粒となって風に流され、飛んでいった。

 



「それは・・・・・・」



 右腕をぎゅっと押さえ、必死に何かに耐えている少年を、黒猫は何も言わず見つめていたが、やがてため息を吐き、彼方の空を見上げた。




「結界喰らいとは、エイジャの張った狩り場の効果を無効化する能力を持つ者のことだ。狩り場自体ではないぞ、そなたも取り込まれていただろう。無効化できるのは、あくまで狩り場に取り込まれる事で発生する意識の消失、その他身体的障害のみだ」


「・・・・・・」


「そして、その能力はエイジャにも、まして人間にも持つことは出来ない。そなたがこの能力を持っているのは、そなたが・・・・・・そなたがエイジャと人間の、“混血”であるからだ」

「混血・・・・・・なら」

 

なら、あの黒い蛇神が発した言葉は本当なのだろうか、自分が、呪われた混血児である事は。


「・・・・・・そしてその腕“真紅の御手”だが」


 少年の心を知ってか知らずか、彼が聞いているのを確認するかのように、黒猫は聖亜の顔をじっと見つめた。



「獄界に四王あり。すなわち北に黒皇南に赤王、西に青王東に緑王。彼ら、あるいは彼女らは、それぞれが世界を消し、銀河を砕き、宇宙を滅する能力を持つ。そしてその力こそ・・・・・・深淵の御手しんえんのおて


「黒、赤、青、緑・・・・・・じゃあ俺は」

「赤王に連なる何者が、そなたの片親なのだろうな。だが真紅の御手の名がレバンテインだと? 何とも偽者臭い名前だの。なぜレーヴァティンではない?」

「だってこれは、世界を滅ぼす剣なんかじゃなくて、俺の右腕だし、俺なんかにそんな格好いい名前・・・・・・似合うはずが無いから」





 笑いながら聖亜は答えた。そして笑いながら、彼は





「・・・・・・んっ」



 顔に落ちた水滴で、ヒスイはぼんやりと目を覚ました。まだ意識がはっきりしない。けれど、頬にぽつぽつと落ちる水滴の感触は、なぜかはっきりと分かる。


「雨、か?」


 それにしては、唇に当たった水滴の味はしょっぱい。目をごしごしと擦り、上を仰ぎ見た少女の瞳に、ふと少年の顔が見えた。




 笑いながら泣いている、その顔が。














 彼は泣いていた。


「聖亜、そなた」

「会いたい・・・・・・な。父さんと母さんに。どこで知り合って、何で好きになって、そして・・・・・・そして、どうして俺なんか生んだのか、会ってちゃんと、聞きたいな」










 『俺は、親なんていらない』






 あの時、夕陽で真っ赤に染まった橋の上でそう言った少年が、親を求めて、泣いていた。










 その少年を見て、ヒスイは











 母にも、姉にも、妹にも、友人にも、そして恋人にもなれない少女は























 だが、その全ての代わりに抱き締めた。












 母の代わりに、姉の代わりに、妹の代わりに、友人の代わりに、恋人の代わりに













 朝日が照らす中、自分が泣いている事に気付かない幼子おさなごのような少年を、少女はいつまでも、


















 いつまでも、いつまでも、抱き締めていた。















































 その時、心に一つの種がまかれた。







 それはあまりに小さくて、そして儚げであったけれど、






 それでも










 それでも、この種を育てていいのだろうか










 花咲くまで愛しても、いいのだろうか




                                   スルトの子   了    



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