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スルトの子  作者: 活字狂い
1/22

序幕  煉獄という名の災厄





 それは、炎であった



 この日。





 この日も、都市は、いつもと変わらぬ日常を過ごしていた。



 クリスマス・イブということで、商店街はレースや小物、アクセサリーで飾られ、気の早い店では、正月用の門松が売り出されており、歩く人々の表情も明るい。



 商店街の先にある総合病院では、創立二十周年を記念し、院長の祝辞が述べられており、


 その周囲にある幾つもの教会では、灯される蝋燭の下、子ども達がこの日のために練習した賛美歌を歌っている。


 かすかな歌声が、風に乗って聞こえてくる公園、そこにあるクリスマスツリーの下では、夫婦や恋人、家族連れや友人同士が、肌寒い空気をものともせず、ゆっくりと、日が沈むのを待っていた。





 そう、





 この日、この時まで、皆この日常が、永遠に続くものだと信じて疑わなかった。




 だが、燃える炎のように赤い夕陽が、完全に沈むその瞬間、







 


 都市は、煉獄の炎に包まれた


















 目の前に広がる地獄の光景を、男は地面に座り込み、光を失った瞳でただ呆然と眺めていた。








 何もかもが、燃えていた。






   商店が、教会が、病院が、公園が、




   木が、草が、花が、河川が、大地が、




   そして何より、万を越す人々が、





  その全てが燃えていくのを、男は、ただ呆然と、眺めているしかできなかった。



  着ている服は、その所々が煤け焼け焦げている。おそらく、身体には大小幾つもの火傷を負っているだろう。





 先程、彼は飛び込もうとしたのだ。絶叫を上げ、狂ったように泣き喚きながら。






 父と母を、妻と娘を、そして、妻のお腹に宿っていた新しい命を、



 自分の全てを奪った業火、その中に。


 

 炎にまみれるその寸前で、男を止めたのは、彼のすぐ脇で必死に消火活動をしている消防隊員だった。だが、必死の消火活動に関わらず、炎の勢いは止まらない。いや、むしろ、炎はますます膨らんでいき、そして、



 巨大な爆発とともに、消火活動を行っていた隊員を三名、その内に飲み込んだ。






 自分の周囲で新たな地獄が生まれる中、男は、

 涙も汗も鼻水も、自分の流せるもの、その全てを流しつくした男は、

 周囲で、どれほどの人間が死のうとも、

 周囲で、どれほどの惨劇が生まれようとも、

 目の前の巨大な炎を、ただ呆然と、眺めていた。






 彼は、思ってしまったのだ。







 自分の家族を含め、数多の命をその内に飲み込み、今尚成長しようとしている、憎悪しなければならないはずのこの煉獄の炎を、









               美しい、と















 男は目を見開き、ガチガチと奥歯を鳴らしながら、目の前の光景を眺めていた。







 彼が今いるのは、公園に設置された、臨時の野外病院だった。

 いや、病院と言うよりは、ここは死体置き場というほうが正しいだろう。

 人々の憩いの場であるこの場所は、重度の火傷を負った患者で埋め尽くされていた。





 彼らは果たして患者と言えるのだろうか。彼らを治療できる医者のほとんどは、ここにはいない。彼らがいるのは、ちゃんとした設備のある病院で、そこに運び込まれているのは、助かる見込みのある人間だけだったから。




 かすれた声を出し、母を求めて泣く子がいる。

 痛みに泣き叫び、地面を転げ回る男がいる。

 黒く染まった皮膚を掻き毟り、ぶつぶつと呟く女がいる。




 

 彼は、或いは、彼女らは、




 男の目の前で、皆、静かに死んでいった。




 ふと、我に返った男は、自分の奥歯が、もう鳴っていないのに気付いた。いや、むしろ自分は、この光景を見て、微かに笑っている。

 そのことに気付いたとき、彼は、自分の内側から湧き上がる、黒い悦びを感じていた。





 黒い死者が埋め尽くす、この地獄ヶ原で








西暦二千年、皇紀元年、十二月二十四日、この日、高知県太刀浪市西部にて発生し、後に「聖夜の煉獄」という名で呼ばれる大災厄は、五日の間燃え上がり、




総勢、二万五千余の死者を出し、終わった。



そして、



片や、自分の全てを飲み込んだ、赤い炎に魅せられた男、

片や、死に行く人々の、その叫びに、黒い悦びを見出した男、





この日、二人の男に生まれた感情が、十五年後の事件の、始まりと終わりの要因だった。










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