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9、名前

 告げられたのはよく知っている場所だった。


 隣街の外れにある寺。祖父の葬儀が行われたのもそこだった。ここからもそう遠くない。


 「確かめたいから」


 そう言う彼女は頑なだった。危なっかしい足取りを見ていられなくて、仕方なく俺が負っていくことになった。


 「ふふふ。なんか子どもに戻ったみたい」


 「どこが? 寧ろ介護老人だろ」


 「ああ、ひっど~いっ!」


 明るい声には生気が満ちていた。でも、支える体重は酷く軽かった。死後、抱えた母の重みが思い出される。茶化した会話を続けるには、少し重過ぎた。


 「……、あんまり見ないようにな」


 「……、うん」


 高くに昇った陽が、街の様子を顕にしていた。倒れた建物も人も、何一つ隠すことなく。何でも明瞭ならよいというものでもないだろうに。


 「……、夏だったんだね」


 そう呟く彼女を乗せて、俺は暫く黙ったまま歩みを進めた。


 目的地に着いた途端、彼女は俺の背中から飛び降りた。どこにそんな力が残っていたのだろう。境内をぐいぐいと駆けていく。墓地へ入ったところで完全に彼女を見失った。


 人一人の運搬で疲れ切っていた俺は、遅れて彼女を探すことになった。整然と並んだ墓石の群れを暫く進むと、膝をついた彼女の姿があった。


 「……、名前、あったの……。やっぱり、もう……」


 墓碑に名前を見つけたのだろう。そう言う彼女の声にはもう、先ほどまでの明るさはなかった。


 眼に浮かぶ涙が次第に玉になっていく。ぽろりと落ちて、敷かれた砂利に弾けた。


 「……、ごめんなさい」


 墓石に縋り付きながら、彼女は絞り出すように声を出した。


 「ごめんなさい。突き放して。ごめんなさい。一緒にいられなくって。寂しかったよね。タケちゃん。こんな情けない母親で、本当に、ごめんなさい!」


 堰を切ったように溢れる謝罪は、静かな墓地にやけによく響いた。


 (違う。そうじゃない。そうじゃないんだ)


 「……、なぁ。タケちゃんって……」


 突き動かされるように、俺は咽び泣く彼女に声を掛けていた。

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