5、母の姿
眼の前で泣き崩れた彼女と重なったのは、母の姿だった。
隣街には母の実家があったのだ。爆発があってから暫くして、俺は母と祖父の家を訪れた。父が徴兵された後、頼れる親類は祖父しかいなかったのだ。ぐしゃぐしゃに燃え崩れた家屋の様子は、今でも記憶に残っている。
皆が寝静まった真夜中の爆撃だったのだ。こんな状況で一体誰が逃げられるというのだろう。
母は血相を変えて瓦礫を除け続けた。見るに堪えなくなった俺は、気が付いたら縋り付くようにして母を止めていた。母の手はもう傷だらけだった。
力なくその場で崩れた母の泣き声は、今の彼女と同じように声にすらなっていなかった。
父子家庭で育った母には、こんな形での祖父の喪失は相当の衝撃だったのだろう。元々身体の強い方ではなかった母は、見る見る衰弱していった。
俺は、何もすることができなかった。しかも泣きそうになっては母に宥められるものだから、それが余計に悔しくて、情けなくて。
祖父の葬儀からほどなくして母は亡くなった。父の訃報が届いたのはその後だった。
自然に伸ばした手は、彼女の頭を撫でていた。掛ける言葉も見つからないが、何もせずにはいられなかった。
痛みなんてわかるはずもないけれど、今の彼女をただ見ているのは苦しかったのだ。
手に伝わってくる冷たさは、息を引き取った母の体温に似ていた。