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信楽焼の狸、もしくは眼球の話

作者: 傘竹掛手

 日課にしている散歩の帰り道、毎日通る家の前にふと、見かけぬ信楽焼の狸を目にした。

 気付かなかっただけで今までも存在したのかもしれないが、目に止めたのはこれが初めてだった。

 しげしげと見つめると、何やら愛嬌がある。目は団栗のように丸く大きくカッと見開き、小さな歯をぎざぎざと尖らせて、隙を見せたらその小さな口で今にも噛まれてしまいそうである。蓑笠を浅く被り、丸い腹を膨らませてこちらをしげしげと見返す。

 微笑ましい気分になり、どうだ、鬱陶しいほどに清々しい朝だがその手に持つ徳利で一杯やったら。この青空も忽ち曇ってざぶざぶと雨を降らせてくれるんじゃないか。と心中で語りかけてみる。狸は相変わらず歯を剥き出している。

 休日の早朝に何をやっているのだろう、と我に返り、帰路に就こうとすると狸の目から何かが溢れ落ちた。ころころと目の前に転がってきたものを手に取ると、飴のようにきれいな球体をしたそれは、冬のふとした瞬間に手に取る冷えきったマグカップのように心地良い手触りをしていた。

 球体はころりころりと幾つも転がってくる。

 狸を見ると、左目が失くなっていた。

 そうか、これは眼球なんだ。それにしてもどうしてこんなに沢山転がってくるのだろう。一体幾つの目を、今までどうやって、どこに持っていたのだろう。

 狸に問いかけてみるが、依然として歯を剥きだしたまま、黙って眼球を転がし続ける。左目の奥から、ぽろり、ぽろり。涙のように。

 生まれてきた眼球たちは、意思も持たずにただ、道路の傾きのまま転がっていく。反対の道端へ、何も居ないように見える犬小屋へ、四辻に、コンクリートブロックの穴の中に落ちるものもある。ころりころりと転がって見失いそうになるが、目で追いかけるうちにまた新たな眼球が転がっていく。

 そんなに目を転がしていると本当に左目を失ってしまうよ。そう伝えようと狸を見ると、左目は元の場所にぴったりと嵌っていた。

 振り返るとあんなに転がっていた眼球はもう一つも見えない。

 狸は素知らぬ顔で、やはり歯を剥きだしている。

 いつの間にか蝉が、自分の時間がやってきたとばかりに小さく、しかし存在感を植え付けるような声で鳴き出していた。

 狸の時間は終わったのだ。

 砂埃を被って煤けてしまっている狸に雨が降るといいね、と呟いてその場を後にした。

 明日は曇り、ときどき小雨だそうだ。

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