プロローグ
大賢者。頂上の杖。現代式魔法の祖。アブソリュート・ブレイカー。ワールド・ウォーカー。鋭き矢。大方円の主。或いは、もっと単純に救世の英雄とも。
こうして揃えれば、ずいぶん間抜けだと誰もが思うだろう。俺もそう思う。だが事実として(ひたすらやっかいな事に)そう呼ばれるだけの事を、俺はしてきてしまったのだ。
何をしたかと問われれば。まあ、ひたすらシンプルに、世界を救ったと言うより他ない。言ったところで誰も否定しないのは、事実ではある。
これで納得できないならば、もう少し捕捉する。『世界を滅ぼそうとしていた魔王を倒した』。
さらに意味が分からないし、荒唐無稽だし、ついでに幼稚だ。それは、物語として使い古されているから、ではない。実のところ、世界を滅ぼす魔王なんてものを求めているのは支配者だからだ。誰にとっても共通の敵がいる事ほど、構築しやすい支配はない。支配者の欲望に限度はない。限度がないならば、彼らの求める『完璧な敵』もまた存在しないが道理だ。
そのはずだった。のだが。
魔王なる存在は、今から四年前に誕生した。非常に馬鹿馬鹿しい話ではあるが。魔王発生から数日は、その誕生を喜ぶ声もあったらしい。今まで溜まっていた不満の矛先を、そちらに反らせると。
権力者の歓声は、十日と立たずに悲鳴に変わった。
大陸一の大国が消滅したのだ。
主要な街が消えた、だとか国が占拠された、だとか言うのではない。文字通り、膨大な国土ごと灰になったのだ。
完璧な敵は、完璧すぎた。正しく人類の――いや、全生物の敵として相応しい力を持っていた。僅か一撃で広大な土地を更地に変え、発生させる瘴気は動物を狂気の化け物へと変えられる。瘴気に耐性のある高い魔力を持った生物も、発狂こそしなかったものの、生態の強制改造は免れなかった。
人類は結託を決定した。
それは、被害と混乱から考えれば望みうる限りの速度だったと言える。ただ、魔王に対抗する力と言う意味では、遅すぎだった。まあ、それについては仕方が無いとも言える。なにせ、一個人で国を消滅させられる魔王と対峙するのに、間に合うタイミングなどあるのかどうか。
対魔王連合結成時、参加国は81国だった。そして、大陸に存在する101国の内、20が滅んでいた。正しく総力と言えるだろう。
結成の正確な日時を俺は知らないが、まあ、だいたい今から二年と少し前だ。つまりそれだけの年月で、24カ国にまで減ったことになる。この調子で行けば、あと数年で大陸そのものが滅ぶ――というのは、かなりのひいき目だ。疲弊を考えればい1年と持たなかったのは、誰が見ても明らかだったのだから。
だが、魔王の進撃は三年目を待たず唐突に終わる。
少し前から名を広げている若者がいた。当時の風聞を信じるならば、それは大魔法使いであり、魔王に唯一対抗できる戦力でもあった。らしい。若者は世界中の人の期待通りに、世界を救った。
世の皆が彼を――まあ、俺の事なんだが――称えた。完璧すぎた敵に怯えていた権力者は、終末の終わりを大々的に告げた。
俺は生きた伝説になり、世界は平穏を取り戻した。今は復興に向けて、どの国もせわしなく動いている。
だが――
誰も知らない事実がある。
それは、大賢者などと呼ばれている人間が、実は異世界人であり。
実のところ、魔法などと言う技術とは何の縁もゆかりもない、ただの高校生――遙か彼方から迷い込んできた異邦人でしかない、という事は。