[1―8]裏技裏道なんのその
「サンキュー。んじゃぼちぼち第二ラウンド、行ってくるよ」
俺はドッペルちゃんに別れを告げ、エレベーターに舞い戻った。
ソフィアが隅でぶすっとむくれている。
「なあ彼女、どうしちまったんだ。俺が茶々入れちゃったからかな」
ツバサに耳打ちして、情報収集を試みた。
「推し量るに、『リア充爆発しろ』という心情だろう。不愉快さは分からんでもないが」
「俺が充実しているように見えるのか」
「ああ。バカップルの熱々っぷりほど、犬も食わぬものはない」
こいつらの中では、俺とドッペルちゃんが『相思相愛』って相関図なのだろう。感受性が豊かというか、多感な年ごろなんだな。
できれば自由闊達な発想力、〈塔〉の攻略に活用して欲しいけど。
青春を謳歌中らしい俺は無粋な言葉を飲み下し、『2』のボタンを押下した。
≒ ≒ ≒ ≒ ≒
エレベーターが駆動し、二階の出口で降りる。
三階への長い階段を抜けると雪国であった──なんて名作文学を模した超展開はなく、定番の石造りスタイルだ。
ただし床が六角形のタイル貼りで、中央にアルファベット文字が刻まれている。
あと壁の張り紙の文面も一新されていた。
『いろはにほへと』
ツバサが腕組みして解読にかかる。
一つだけ確かなのは「居酒屋チェーン店を指しちゃいないだろう」ってことだ。
「ハチの巣状に入り組んだタイル床、か。なんかこの風景、既視感あるような」
俺はフロア全体を見通して、罠の性質を検討した。
「今度は私が様子見するね」
ソフィアはマジックハンドを顕現させ、『Q』と書かれた最も手前のパネルをつついた。落とし穴探査の応用だろうけど、へっぴり腰なのが見え見えだ。
「ソフィア、無理しなくていいって。俺が代わるから」
「わ、私だってこれくらい、朝飯前なんだから」
よかれと思った申し出は裏目に出たらしい。ソフィアは頑固になっとる。
「落とし穴はなさそう、ね」
彼女は恐る恐るという感じで、タイルに足を載せた。
「特に何も起こらない。ふぅ」
両足で立ち、振り向きざまマジックハンドをカチャカチャする。
「どう。私だって、やればできる子なんだから」
「見直しましたとも。だからこっちへ──」
俺は視界の隅で異変を察知した。
まずソフィアの足元。タイルがランプのように赤く点滅している。
次に壁面の一部が二十センチ四方で陥没した。まるで砦の門にうがたれた迎撃用の銃身を出す穴、銃眼みたい。
と考えて、このフロアの原風景を俺は思い出す。
漫画の中だ。うろ覚えだけどドラゴンボール初期で、これに近い侵入者撃退用の仕掛けがあったと思う。
「ソフィア、マジックハンドを伸ばせ!」
彼女は俺の切羽詰まった形相に気圧されたのだろう。疑義を挟む余地もなく、言われた通りにする。
俺は玩具のアームをつかみ、全力で引っ張った。
「きゃ」
ソフィアはバランスを崩して前のめりになった。
俺は両腕を広げてキャッチの体勢を整え、彼女を抱きしめる。
ソフィアがいた『Q』のパネル上を、高速で横切る影があった。
矢だ。
とがった矢じりつきの一本が、ソフィアの頭部があった空間を通過する。
あと数秒立ち続けていたらソフィアの側頭部に──って、グロい考えはよそう。水際で回避できたのだから。
「ケンくん……あ、ありがとう」
ソフィアも矢の餌食になるビジョンを思い描いたのかもしれない。俺の腰に回した腕に、ぎゅっと力をこめた。
「き、君が無事で何よりだよ」
俺は腕の中にあるソフィアのぬくもりを感じた。
彼女は息絶えてない。それが肝要だし、俺の行為も報われる。
なんて言いつつ、ついでに鼻もくんくんさせちゃうのは、ご愛嬌だ。プラチナブロンドの髪の毛、または小柄な肢体からいいにおいがする。
女の子って、みんなこうなのかな。それともソフィアが特別とか。
ツバサがからかい混じりに言う。
「ケン、発情期に拍車がかかってるな。たがが外れて、とっかえひっかえとは」
「盛りのついた猫呼ばわりするな」と反発しかけたとき、ソフィアが俺のそばを脱した。羞恥心でいたたまれなかったのかもしれない。
「い、今のは私を助けるためであって、ケンくんにやましい気持ちは──ないと思う」
ソフィアはもじもじして、上目遣いになった。
いじらしい、ええ娘やでー。またぞろ抱擁したくなる。
でも今度ハグしたら、俺は確実に前科一犯になっちゃうだろう。彼女に白眼視されてはかなわない。夢の中といえど、真摯であらねば。
紳士だけに。
…………。
口外しないでよかった。言ったら、針のむしろとなったに違いない。
俺はしれっと話題を転じる。
「ツバサ、暗号解読はどんなあんばいだ」
「どんな引っかけがあるかと深読みしたが、フタを開けてみれば子供だましらしい」
ツバサが歩き出し、躊躇なく『A』のタイルを踏みしめた。
「おい、勝手に動くなよ。おまえにも矢が飛んで──こない?」
ツバサは振り返る。靴の下にあるタイルは明滅していない。
「実験終了か。なんのことはない。『いろはにほへと』は古めかしいひらがなの並び順だ。それをアルファベットの順序に置き換えてやるだけでいい」
続く順路は、【B → C → D → E】となるわけか。
トラップのあくどさに反比例して、低難易度の設問だ。ゆっくりやれば二度と矢は発射されないだろう。
ただ、もっとベターな手順がある。最短距離を行く、コペルニクス的発想が。
「ツバサの正攻法をないがしろにしたいわけじゃないけど、俺もコロンブスの卵チックな荒業発見しちゃったんだよね」
ツバサが『A』のタイルから取って返す。
「聞こう」
「トラップの発動条件が踏んづけることなら、ワープすりゃいいのさ。三人の協力プレイで、向こう岸に〝橋〟をかけるんだよ」
「…………」
ツバサとソフィアが絶句した。
パネルに触れない現実的な移動手段。俺はそこから着想を得て、ブリッジに至った。
前述の国民的漫画の主人公・孫悟空が愛用する筋斗雲を作れりゃ申し分なしだけれど、異能力を用いたとしても『空想上の物体』は生み出せない。それができたら、ドラえもんの『どこでもドア』で一気に最上階へゴーだろうし。
ただしフロアの端から端までまんべんなく橋をかけるとなると演算も大規模で、一人の想像力ではカバーしきれないおそれがある。エネルギー切れを起こして爆睡が関の山だ。
『ならば机上の空論じゃん』と思うかもしれないけど、起死回生の抜け道がある。
物資化能力は複数人の共同作業もいけるのだ。一人よりも二人のほうが、より大がかりなものを作り上げられる。
一例が〈塔〉への道すがら浮遊させた気球。あれは俺とツバサ二名の共作だ。
「不可能ではないだろうが、ケンはそれで満足なのか。ぼくはてっきり、仕掛けを真っ向から乗り越えることに意義を見いだしているのかと思っていた」
ツバサが俺の意向を確認した。
「イメージの具現化も、れっきとした俺たちの〝力〟じゃん。それにツバサが罠の謎解きしちまったからな。あとはルーチンでこなしていくだけだもの。だったらショートカットもありかなと思ったわけ。俺ら、出足がだいぶ遅かったしさ」
「私もケンくんに同意。ツバサくんのやり方でも大過ないだろうけど、もっと安全確実な方法あるなら、そっちのほうが望ましいから」
ツバサが首肯する。
「ぼくも自説に執着心はない。ケンの策でいこう」
俺らは打ち合わせして、丸太橋をかけることにした。
俺の理想は吊り橋だったけど(ソフィア相手に吊り橋効果が通用するか試したかった)、構造が複雑になるので贅沢は言わない。
「いっせーのーで!」
俺のかけ声に合わせ、右翼のツバサと、左翼のソフィアが呼吸をそろえる。
極太の丸太を縦に一刀両断し、台座で支えただけのシンプルなブリッジの完成だ。
「大成功だな。消えちゃう前に渡りきろう」
俺がいの一番に、皆の力を結集した創造物へ歩を進めた。本来はケンケンパしなくちゃならないパネルを眼下に収め、悠々と渡る。後ろめたさより優越感を覚えた。
──俺たちの能力は、このダンジョンを制覇する切り札になり得る。
それが実証されたから。
四階への階段がある対岸へ到着した。振り向いて、後ろのソフィアに手を差し伸べる。
「お手を拝借します、姫君」
彼女はきょとんとしていたが、朗らかに顔をほころばせる。
「歯の浮くようなキザセリフだね。似合わないよ。何か魂胆あるんでしょ」
「邪心などございませんとも。俺はフェミニストだからね、ミス・ソフィア」
「信用ならないけど、かわいそうだから乗ってあげるか。苦しゅうない、我が騎士よ」
ソフィアが芝居がかった調子で俺の手を取る。
俺はかしずく従者のごとく、歩行をサポートした。彼女がフロアに着地するのを見届け、手を離して回れ右する。
「ぼくにはお預けか」
しんがりのツバサがぼそりと言った。
「おまえは男だろうが。絶世の美女ってんなら、喜んでお姫様抱っこでもしてやんよ」
「ソフィアくんだけ特別視するとは。女尊男卑だぞ」
なおもツバサが恨みがましくこぼし、独力で降り立つ。
俺の親友は、殊のほか根に持つタイプらしい。
最後尾のツバサが渡りきった時点で、壁面にエレベーターの扉が現れる。
これでつつがなく三階まで版図を広げた。
頂まであとどれくらい階層があるにせよ、俺たちのチームなら向かう所敵なしに思える。ランナーズ・ハイに近い心境だとしても、自分の直感を全面的に支持することにした。