[1―7]昇降機を巡って小休止
俺たちは『石橋をたたいて渡る』作戦を決行した。発案したのはツバサだ。
「リーチの長い物で床の感触を探りながら歩めば、トラップなど恐れるに足らない」
俺は物干し竿を物質化した。竿の先っぽで数メートル先をコンコンしながら進む。牛歩戦術の感は否めないけど、せいてはことを仕損じる。
途中三つの落とし穴を発見した。一も二もなく迂回する。
おかげで誰一人欠けることなく踏破した。
ツバサの閃きさまさまだな。面はゆいので言語化しないけど。
「なんじゃこりゃ」
奇っ怪な光景で、俺は思わず口走った。
俺たちが三階へ続く階段まで渡りきると、登り口近辺に両開きのドアがあるではないか。『最初からここにあった』と言わんばかりの存在感を醸してるけど、俺が物干し竿でツンツンしている折は、扉の「と」の字もなかった。
ゴールした途端現れたかのごとき面妖さ。
舞台が夢だから、究極的には『なんでもあり』かもだけど。
「エレベーターっぽいな。試してみるか。ぼくはどちらでも構わない」
ツバサが二択質問を投げかけた。
「俺は乗ってみたいな。ゴールまでの近道って可能性もあるし」
「罠の危険性だって捨てきれないじゃない。最悪このフロア、仕切り直さないといけなくなるかも」
ソフィアは乗り気じゃなかった。
「リスクを分散、という方法もあるな」
「さえてるなツバサ」俺は華麗に指パッチンした。「そんじゃあソフィアがお留守番ってことで、一つよろしく」
「信じられない。男の子が示し合わせて女子一人、死と隣り合わせのダンジョンに置いてけぼりするなんて。ケンくんの無神経さには、開いた口がふさがらない」
格言と裏腹に、かんしゃくを起こしてマシンガントークのソフィア。
速やかにご機嫌取らないと、すねちゃいそうだ。
「なーんちゃって。俺が君をほっぽっとくわけないじゃん。俺らは一蓮托生の仲でしょ。死が二人を分かつまで、ずっと一緒にいるって」
「それって……けっここ、こここ、こけっ」
はらわたが煮えくり返ってたはずが一転、彼女はニワトリのモノマネをした。顔立ちは欧米系でも「クックドゥードゥルドゥー」と鳴かない辺り、純然たる日本人なんだな。
「ソフィアくん、キョドっても詮ないぞ。今のはプロポーズじゃないから」
ツバサが口を挟んだ。
「わかっ、てるよ」
ソフィアはほっぺを朱に染めて、口をとがらせた。
ツバサといいソフィアといい、めおと漫才みたいに息ぴったりだ。胸のうちがもやもやする。美男美女で意気投合し、俺を仲間外れにするからだろうか。
「ご両人、挙手で採決しないか。まかり間違っても『挙式』ではないぞ」
場を和ませたかったのか、ツバサがジョークを飛ばしたものの、ダダ滑りだった。せきをして汚点などなかったかのごとく、涼しい顔で議事進行する。
「エレベーター搭乗をよしとする者──」
手を挙げた割に、三人とも賛成票だった。ソフィアが折れてくれたのだ。
これで角が立たず、大手を振って乗りこめる。
中に入ると、ずばり近代的デザインの普遍的エレベーターだった。強いて変わった点を列挙するのなら、非常呼び出し装置が未搭載なことと、フロアの選択ボタンが『1』『2』のみアクティブなことだ。
とりあえず『1』ボタンを押すと、ドアが閉まった──と思ったら即座に開く。
パネルの表示を仰ぐと、『1』になっていた。
「テレポートかよ」
乱高下に特有のGもなく興ざめだ。
扉の外へ出ると、相変わらずのパルテノンじみた情景だった。
「お帰りなさいませ、ケン様」
見慣れた景色の中に、知人がいた。
ローツインテールの幼女メイド、ドッペルちゃん。再会を祝している素振りだ。
「ただいま」
自分の家でもないのに、おのずと口をついて出る。彼女みたいな奥さんがいたら、仕事が終わっても寄り道せず帰路につくだろう。
「って、所帯じみた空想にふける場合じゃない。ここ、〈塔〉の始発点なのか」
「イエス、マイマスター。二階を無事乗り越えられたようですね。おめでとうございます。お茶でも飲んで、一服なさいますか」
「結構」
ツバサがにべもなく手で制した。ノリが悪いやつだ。
「それより、このエレベーターのからくりを指南してくれ」
「榊さまは動力や機構に興味がおありで?」
ツバサがかぶりを振る。
「ぼくらが二階へ登る際はなかった。なのに、なぜ現在利用できるのか知りたい。可能な限り簡潔に頼む」
エレベーターが現れた場所は、階段の真横なのだ。ツバサの指摘通り、俺たちが上階へ行くときには扉すらなかったのに、今は我が物顔で収まっている。
「承知しました。ではかいつまんでご説明しましょう」
ドッペルちゃんは一礼する。
「そのエレベーターは、到達したフロアまでの直通となっております。各階の出口に行き着くたび、選択可能なフロアが増えていく仕組みです。たとえば三階までクリアすると、一階・二階・三階が昇り降り自在となりますね」
「先刻は一つもステージクリアしてなかったので、不可視だったわけか」
「ご明察です、榊さま」
「へぇ。ゲームでいうところの『セーブポイント』みたいな感覚かな」
俺は話に割って入った。
「わたくしのライブラリにはない概念ですね。いったい何を保持するのでしょうか」
「あ、いや。覚えるほどのことじゃないから忘れて」
はぁ、とドッペルちゃんが首を傾けた。
心機一転、俺は質問を一変させる。
「素朴な疑問なんだけど、この世界で死ぬとどうなるのかな」
ソフィアが目ざとく反応した。生死についての話題は、とりわけ敏感らしい。
「消滅したあと、復活しますね」
ドッペルちゃんがこともなげに言った。
「え、よみがるの? 現実世界で目覚める、とかじゃなくて」
「はい。わたくしの知る限り、ケン様が真の意味で起床なさる手段は二つでございます。どなたかが最上階へ到達なさるか、管理者権限を有した運営サイドの任意の覚醒です」
思念体が自発的に起きられる条件は、〈塔〉の攻略オンリーって寸法か。手こずるほど、リアル世界への帰還が先送りになるって、どうなんだ。
場合によっちゃ、拘束時間がエンドレスで伸びるってことになりそう。
「ときの流れは、現実と同期しているのか」
ツバサも俺と同じ懸念にぶち当たったらしい。さすが腐れ縁だ。
「いいえ。リアルでの六十分が、こちらの一日に相当します。榊さまたちがいらして二日近く経ちますので、お眠りになって二時間ほどが経過した計算です」
彼女の言葉で俺は胸をなでおろした。これで浦島太郎化におびえず、心置きなく冒険を満喫できる。打ち切りエンドっぽいけれど、俺たちの戦いはこれからだ。
「『よみがえり』のメカニズム、詳しく教えてもらえるかしら」
終始聞き役のソフィアが、打って変わって問うた。
「なんなりとお尋ねください、宝翔さま」
「ぞっとするけど、私が死んだらどこで生き返るの?」
ドッペルちゃんが満面の笑みで、床を指さした。
「地中深く、ってこと?」
「惜しいです。正解は、この〈塔〉の地下一階でございます」
「下へ降りる道がないじゃない」
ドッペルちゃんが俺たちの後方へ人差し指を向ける。
「エレベーターがございます」
「階下を示すボタンなんてなかったよ」
俺はソフィアを援護した。
「さようです。ゆめゆめ生者が迷いこまぬよう、一方通行になっておりますので」
すなわち俺の足元には棺が居並ぶ、墓地か霊安室があるってことなのか。おどろおどろしい思案をしたせいか、背筋が寒くなった。
「復活を遂げた暁にはこちらに上がってこれますので、大船に乗った気でいてください」
と屈託なく太鼓判を押されても、『ですよね~』と笑い飛ばせない。
本計画がきな臭い彩りを帯びてきたように感じるのは、俺の杞憂だろうか。
「今まで蘇生したアバターはいるの、よね」
ソフィアが探り探りで尋ねた。
「もちろんでございますとも。罠の犠牲となった方々は、そのたび不撓不屈の精神で再起なさいました。僭越ながら、幾度となく歯を食いしばるお姿に、わたくしは感動すら覚えます。皆様尊敬に値する、ご立派な決意を秘めていらっしゃる」
純真無垢なドッペルちゃんに「内情は賞金目当てだよ」とは口が裂けても言えない。
「ケン様ご一行の決心も、並々ならぬものがあるのでしょうね。理不尽なハードルが立ちはだかり、挫折しかけるときもあろうかとは存じます。しかれどもこの〈塔〉は何度でもリトライ可能。失敗をいとわず、登頂に邁進してください。微力ながらわたくしも、全身全霊で支援いたしますので」
俺が挑戦する大義名分、『楽しむこと』を見失ったら本末転倒だ。
彼女は初心にかえらせてくれた。感謝の言葉もないや。
「ドッペルちゃんは、俺たちの味方ってこと?」
「おあいにく様ですが、答えは『ノー』です」
舌の根も乾かぬうちに拒否るとは、思いもよらなかった。
「わたくし、どなたにも肩入れしません。『永世中立』をモットーとしておりますゆえ」
あくまで傍観者ということかな。
「ただ、お名前をちょうだいしたことといい、ケン様に形容しがたい思い入れが生じつつあるのもまた事実。戒めよと、己に言い聞かせている次第です」
ドッペルちゃんが『うれし恥ずかし』という感じで破顔した。
初恋の彼女の生き写しだけに、ドキッとさせられる。
「わがまま言わせてもらえば、俺の肩を持ち続けて欲しいかな。そしたらモチベーションが上昇する一因になると思うし」
「善処いたしますね」
快諾までいかないけど、袖にされるよりなんぼかマシだ。