[1―5]千変万化の万華鏡ヘルパー
ソフィアの加入でトリオになった俺たちは一路〈塔〉を目指さず、具現化と事象改変の特訓にいそしんだ。更なる時間のロスは手痛いが、毒を食らわば皿まで。散々回り道したのだから戦力の強化に専念したほうが、いざというときに困らないはずだ。
とはいえ、憂慮することもなかったらしい。
ソフィアは持ち前の実直さと向上心でメキメキ上達した。ただし熱中しすぎてぶっ続けで能力を行使したため、数時間の就寝を余儀なくされる羽目になる。
アビリティの副作用についての説明を省略した、俺の過失だ。
夢幻の世界の超能力は、無限に使えるわけじゃない。想像力をエネルギー源としているらしく、限度がある。RPGにおける『MP』に該当するのだろう。
では多用してエナジーが枯渇すれば、どうなるか──
アバターは〝強制睡眠状態〟に陥るのだ。
『夢の中で眠る』ってのもメタ構造じみているけど、『何をされても起きない』となれば悠長に構えていられない。泥のように熟睡している間に攻撃でもされれば、ひとたまりもないのだから。思念体にとっては死活問題となりうる。
博識のツバサによると、カプセル型装置『ヒュプノスポッド』で惰眠をむさぼる最中も、眠る肉体に反して脳みそは半覚醒状態らしい。物質化を実現するためには、演算処理領域を飛躍的に活性化させねばならない。酷使した脳を休眠させるためノンレム睡眠へシフトして、こちらでの活動に支障をきたし、行動不能になるとのことだ。
俺には理屈っぽい理論が見当つかない。要は『限界に達する手前で、適度な休息を取るべし』ということなのだと類推した。
ソフィアがあまりにも熱心で、休憩挟むタイミングを逸してしまったのだ。俺とツバサも超能力の解明時、加減が分からず図に乗って二人で仲良くおねむになったというのに、二の舞にしちゃうとは。『眠気が危険信号』と心がけてたはずなんだけどな。
彼女が目覚めたら、平謝りしないと。
ただ、ソフィアの寝顔がとてつもなく可憐だったことは付け加えておく。ツバサに釘を刺されなければ、よこしまな気持ちが自制心を凌駕するぐらいの激ヤバだった。スマホの待ち受けにできなくて無念だ。彼女、芸能人にも比肩する逸材だな。
閑話休題。
ソフィアは半日足らずで、俺やツバサと遜色ない使い手になった。
「もう教えることはないよ」
ポテンシャルに感服し、老師よろしく俺は免許皆伝を告げた。
謙虚なソフィアは、「私なんてまだまだ」とはにかんだけれど。
ともかく準備万端で、後顧の憂いはない。あとはスリーマンセルで粛々と快進撃を遂行するだけだ。
善は急げで俺たち一行は各々自転車を顕現させ、〈塔〉の根本までサイクリングした。
「でかいとは思ってたけど、壮観だな」
遠くからでも威容を誇るわけだ。徒歩で周回するのに、果たして何分かかることやら。そして見上げると首が痛くなるほど高い。上部が雲海に突入している。
「聖書に登場する〝バベルの塔〟を連想しちゃった。不気味かも……」
ソフィアがぽつりと所感を述べた。
人間が神々の庭園、天界に到達せんと建造したものの、大望が成就するどころか天罰で崩落したとされる、いわくつきの建造物。
『縁起でもない』と思うけど、彼女の感想は実に正鵠を射ていた。冷やかしでの立ち入りを拒む物々しさが、醸し出されている。肝試しで訪れた廃病院さながらだ。
「どうしたケン。『真っ先に全クリすんぜ』と豪語していた割に、よもや臆病風に吹かれたんじゃあるまいな」
「そ、んなわけあるかよ。武者震いが収まらねぇくらいだっつーの」
俺はツバサに虚勢を張った。臆した己に発破をかけるよう、入口へ歩み始める。
観音開きの大扉前で、俺たちは横一列になった。
意匠を凝らした重厚感あふれる造りのドア。奥は魑魅魍魎が跋扈する、魔境が広がっていたりして……。
「い、いくぞ、みんな。出陣だ」
俺が戦々恐々押してみると、難なく開いた。
まるで重量感がない。肩透かしを食らった心境だ。
と油断させたところを最凶のサプライズで急襲。ホラー映画の鉄板パターンか。
フロアの内装は『神殿』然とした趣だった。
大理石を一面に敷き詰めた床、レンガが積み重ねられた壁、ガラスのはまってない吹きさらしの窓。天井を支えているのか、ぶっとい円柱が東西南北にあった。入口ドアの対角線上の壁面に沿って、石段が二階へ続いている。
「ようこそいらっしゃいませ。ご主人様とお嬢さま」
場違いなうやうやしい挨拶で出迎えられた。
おさげに近いローツインテールの幼女が、おじぎしている。スカート丈の短いエプロンドレスと、黒ニーソというアキバメイドのコスチューム。
彼女が礼を終えて直立すると、俺は当惑した。
ロリメイドの魅力で骨抜きにされたわけじゃない。彼女の容貌がそっくりなのだ。
「う、うさぎちゃん?」
小学生時代の同級生で、俺の初恋の相手でもある女の子と。
彼女のあだ名が『うさぎ』で、本名は『ミナミ』。中学へ上がる前に転校してしまい、俺は思いの丈を打ち明けられずじまいだった。淡い恋心が砕けて以来、一度たりと連絡を取ってない。
だがしかし、昔の片想い相手であるわけないのだ。
なぜなら彼女、〝在りし日と寸分たがわぬ姿形〟をしてるのだから。
あれからどれほどの年月が流れたと思ってる。俺だけが成長し、うさぎちゃんはネバーランドの住人になったとでも……。
待てよ。ここは夢の国だ。
超能力が使えるのと同様に、超常現象の一つや二つ起こってもおかしくない。だいたいミナミはメイド服で登校するほど破天荒じゃなかった。すると目の前の幼女は──
「ドッペルゲンガー?」
ソフィアが俺の独白を代弁した。けげんそうに俺と幼女メイドを交互に眺める。
「えと、ソフィアもうさぎちゃんと知り合いだったっけ」
「うさぎちゃんって、セーラームーンの主人公?」
ソフィアが奇抜な問い返しをした。
「ボケなくていいよ。だって君、あのメイドさんを見て『ドッペルゲンガー』とささやいたんでしょ」
「メイドさん? 私には、執事服を身にまとったケン……はわっ」
ソフィアが唇を手で押さえた。
「俺は学ラン着て、ここにいるじゃん。執事とか、意味不明なんだけど」
彼女が地団駄を踏む。
「け、剣心と言いたかったの!」
飛天御剣流のるろうにと西洋の執事服じゃ、そぐわない気がする。
極度の緊張のせいか、ソフィアは幻覚にとらわれているのかもしれない。
だとすれば堂々巡りだな。公正な調停役に意見を仰ごう。
「ツバサの瞳には、しかとミナミが映ってるよな」
ツバサは首を左右に振った。
「え、冗談だろ。だってあんなにもうり二つで──ってかおまえ、引っ越してったうさぎちゃんの記憶が欠落とかってオチじゃねーの。薄情者め」
「失念しているのは確かだが……」
ツバサが言葉を濁した。ど忘れが心苦しいのだろうか。
「ご歓談中恐縮ですが、よろしいでしょうか」
うさぎちゃん(メイドバージョン)が横やりを入れた。
「あーと、どうぞ」
俺が発言権を譲ると、彼女はせき払いする。
「では自己紹介をば。わたくしは皆様の手助けを拝命しております、この〈塔〉のツアーコンダクターでございます。皆様のほかにも、たくさんのマスターをお迎えしました」
一足早く〈塔〉を登り始めた連中のことだろう。
「幾多の経験則で身にしみましたが、わたくしの定義は一様じゃないそうです。ある方はわたくしめを『父上』と呼び、またある方は『愛娘』とお呼びになりました」
急に怪談めいてきたぞ。彼女の正体は、怪人二十面相だとでも?
「どうやらわたくしの外見は、マスターの深層心理を色濃く投影するらしいのです。裏を返せば、確固とした自己像がありません。他者の情念を反映することしか取り柄のない、曖昧模糊な反射鏡でございます」
「十人十色で見え方が変わる、ってことかな」
「ご名答です、聡明なマイマスター」
俺の半信半疑な問いかけを、彼女は手放しで褒めそやした。
うさぎちゃんと同一の顔かたちなものだから、困惑することしきりなんだけど。
俺の心の奥底に、吹っ切れたはずのミナミが住み着いていて、ソフィアの中には『緋村抜刀斎』がいた(彼女、実写版イケメン俳優のファンなのだろうか)。
とくればツバサは、
「おまえの瞳には彼女、俺の姉貴が映ってるっつーことかよ」
「あ……ああ。こっちの世界にチナツさんがいて、面食らったよ」
女子大生の姉、阿部倉チナツは【スリーピングビューティー】計画に不参加だ。
というか、
「あんた恒例の興味本位なんだろうけど、やめときな。実用化前の機械のテストなんて、どんな影響があるか知れない。いわば〝人体実験〟でしょ」
俺の志願について、家族で唯一最後の最後まで難色を示したのは、記憶に新しい。
俺は姉を説き伏せんとして、あえなく断念。
「危険が怖くて冒険できるかよ」
家出同然でケンカ別れした。
俺のやることなすこと、いちいちケチをつけるのだ。もろ手をあげて応援してくれた、ためしがない。いつまでもガキ扱いして世話を焼きたがる。
俺だってとっくに一人前だっての。
そんな弟離れできない姉を、ツバサは昔からけなげに慕っている。俺と友情を結んだのだって、チナツ姉とお近づきになりたい一念なのだそうだ。
いちずは美徳だけど、女を見る目のなさはいかんともしがたい。友人の端くれとして、いつの日か更正させてやらんとな。