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[1―4]縁は異なもの味なもの

「宝翔さんを放置する気かよ。今しがた、見ず知らずの男に襲われかけたんだぞ」


 ツバサが三白眼で仰ぎ見てくる。


「ぼくらだって行きずりに等しい間柄の男、だろうが。『人畜無害』を訴えたところで、自己弁護の域を出ない」


 ツバサの正論に、ぐうの音も出なくなる。

 いや、論破とかナンセンスだ。蚊帳の外の二人が喧々がくがくやっても仕方ない。

 肝心なのは当人の意志なのだから。


「宝翔さんは、どうしたいですか」

「わ、私は……」


 宝翔さんはどぎまぎして、沈思黙考した。


「『考えるな』とは言わんが、可及的速やかにしてもらえると助かる。のんびりしているうちに、〈塔〉を登頂する連中から後れをとってしまうので」

「せかすなって、ツバサ。彼女には彼女なりのペースってものがある」


 うむ、と言いつつも不服なのだろう。ツバサはせわしなく貧乏ゆすりしている。


「ありがとう、ございます」


 宝翔さんがおずおずと礼を述べた。


「どういたしまして。問題が問題だし、即断即決を強いるのは酷っすから」


 彼女はつぶらな瞳をぱちくりさせたあと、相好を崩す。


「いい人ですね。さっきの男性とは雲泥の差」


 耳なじみのない賞賛で、地に足がつかなくなる。俺はいざこざに首を突っこむきらいがあり、

「偽善者」とか「お節介焼き」と煙たがられることしばしばだ。

 異性の、しかも容姿端麗な女の子から『いい人』なんて賛美されたら、有頂天になってしかるべきだろう。


「やれやれ。恐怖体験後で心もとない心中は、お察しする。けどあなたは男の下心に免疫がないようだ。老婆心ながら、『いつか痛い目に遭う』と忠告させてもらおう」


 宝翔さんといい雰囲気(俺の主観)だったのに、ツバサが水を差した。


「どういう、ことでしょうか」

「面識がない人間を無闇やたらと信用するのはいかがなものか。あなただって、先ごろと同じてつを踏みたくないはず。ぼくらがあなたに危害を加えない、という保証はどこにもないのだから」

「私をどうにかするつもりなら、二人がかりでとっくにしているのでは?」

「…………」


 宝翔さんに一本取られ、ツバサは閉口した。

 俺はツバサの肩に手を置く。


「お固いこと言うなって。永久につるむわけでもなし、『来る者拒まず』くらいの気楽さでいいんじゃないか。旅は道連れ、世は情け。頭柔らかくして臨機応変にいこうぜ」

「ケンは楽天的すぎる。過ちが起こってから責任の所在を問うても、ときすでに遅しだ。こぼれた水は、盆に返らない」

「人付き合いに淡白なおまえらしからぬ、入れこみようだな。ひょっとして俺たちの旅路に新顔が加わることを危惧した、ジェラシーに端を発する──」

「バカも休み休み言え。なぜぼくが嫉妬せねばならんのだ」


 ツバサが鼻白んだ。


「だって、宝翔さんを遠ざけようとしてんじゃん」

「迂遠にぼかしたのがいけなかったらしいな。では直球で明示しよう。色欲まみれで見境ないケンが彼女に乱暴するのを、ぼくは未然に防止したかったまで」

「人をケダモノと同一視すんな! そしてなぜおまえは除外され、俺限定なんだ」


 憤慨する俺の腕を、肩から払うツバサ。


「ぼくはチナツさん一筋。ゆえに目移りしない」

「交際してもいないのに浮気うんぬんとか、笑止千万だぜ。あとこの際だから言っとくぞ。俺はため年の男を『義兄さん』と呼びたくない」

「いい加減、シスコンを卒業したらどうだ」

「おまえ……禁句を口にしたな。俺は断じて実の姉に萌えたりしない。血縁のない女子を好む、ノンケだっつーの!!」

「どーせ姉の面影重ねるんだろ。的外れというなら具体例を示してみろ。ただし芸能人や二次元キャラは禁止する。どうだケン、白旗あげるなら今のうちだぞ」


 水かけ論じみてきた。さりとて退かぬ、こびぬ、省みぬ。

 男には絶対譲れない戦いがあるのだ!


「誰が降伏なんぞするかよ。俺は彼女みたいな清楚系美人が、ど真ん中ストライクだぜ。ほらな。男勝りな姉貴とは似ても似つかないだろうが」


 俺は宝翔さんをびしりと指さした。

 ツバサがほくそ笑む。


「ケンよ、語るに落ちたな。『彼女が仲間に加わったら欲情して歯止めがかかりません』と白状したも同然だぞ。ぼくが節度を保つ風紀委員になればいいのか? ご免こうむる。そんな七面倒くさい役回り、願い下げだ」


 口の減らない野郎だな。得てして詭弁はツバサの十八番だけど、俺だってたまには実践できるってところ、知らしめてやるか。

 俺は宝翔さんの真正面まで進み、両手で細い肩をつかむ。


「俺は『蛇』だから」

「は……はぁ」


 彼女は生返事をした。心なしかほっぺたが紅潮している。

 はしょりすぎて真意が伝わらなかったのかも。蛇足ならぬ補足しとくか。


「俺は蛇ににらまれると、カエルみたいに身動きが取れなくなるんです。ガキのころ山でピクニックして、噛みつかれた経験があるもので。だから身の危険を感じたら、精巧な蛇のおもちゃのたぐい、作り出してください。きっと俺、足がすくんで変な気起こすどころじゃなくなるから」


 俺は振り返り、ツバサに向かってどや顔した。


「自身の弱点を開示して、抑止力代わりにしたつもりか。後先考えずにもほどがあるな。まだ彼女、ライバルになる公算も大なのに。あと無自覚みたいだから耳に入れておくけど、おまえは勇み足で、あたかも彼女に告白した体になっているぞ」


 俺は顔の向きを宝翔さんに戻した。

 彼女、今度は紛れもなく頬を上気させている。

 確かに俺は売り言葉に買い言葉で、彼女を「どストライク」などとうそぶいた。

 はうっ。

 己のやらかした粗相を意識した途端、急激にこっ恥ずかしくなった。宝翔さんの肩から腕を外し、下がりがてら土下座する。

 謝罪の意図もあるけど、それにも増して合わせる顔がないのだ。


「面目ない、です。会って間もないのに、どさくさ紛れで告った感じになっちゃいました。厚かましいというか、もはや普通にキモいっすよね。望まれれば速攻で視界から消えうせますので、遠慮なく命じてくださいませ」

「か、顔を上げてください。私、気にしてないんで。要するにさっきのは言葉のあやで、私個人にはなんら他意がないということなのね」


 額を地べたにつけているので美貌は拝めないが、ほのかに寂寥感がにじんでいるような気がした。俺にありがちな、希望的観測かもしれないけど。


「いや、『なんら』とまで言うと語弊があるかもで。宝翔さんを超絶きれいと思ったのは嘘偽りない俺の本心だから」

「ケン、どこまで墓穴掘れば気が済む。地球の裏側までか。おまえがひとたび口を開くと、丸く収まるものもカオス劇場へ逆戻りしそうだな」


 ツバサが哀れみと疲労感をブレンドした声色で述べた。


「わ、悪かったな。どうせ俺は、稀代のトラブルメーカーですよ」


 惨めだが、俺にできるのは卑屈になることだけだった。


「ふっ──ふふ」


 宝翔さんが吹き出した。俺が背筋を正すと、小ぶりな口元を手で覆っている。


「二人のやり取り聞いてると、肩ひじ張るのがバカらしくなっちゃった」


 これはプラスとマイナス、どちら寄りの発言なのだろう。


「私は人にじーっと見られるのが苦手、かな。同性からの熱視線が特に」


 唐突に宝翔さんが漏らした。そして眉間に縦じわを刻むツバサのほうを、おどおどした感じで一瞥する。

 ふぅむ。だからしゃべるときも、うつむき加減なのか。


「宝翔さんまで律儀に欠点明かさなくていいのに」

「それだと仲間として不公平でしょ。私は対等な関係でありたいの」

「つーことは、俺たちと」

「はい。足手まといじゃなければ、私も同行させてください。お二人から想像を創造する魔法の扱い方、ぜひとも修得したいですし」


 袖振り合うも多生の縁。きっとこれも、かけがえない出会いに違いない。


「『足手まとい』なんてとんでもない。俺としても願ったりかなったりだよ。宝翔さんに働いた不祥事の数々の埋め合わせ、しなくちゃいけないから」


 宝翔さんは首をひねったあと、バストタッチと告白もどきに関する言及と悟ったらしい。赤面して、俺を『きっ』とねめつける。いかんせん、迫力不足だけど。


「ツバサはどうだ」

「異議なし、というか、さじを投げたよ。ぼくが何べん苦言を呈しても、ケンはテコでも動かないのだろう。ならば好きにするがいい。お荷物のあしらいなら、おまえで十二分に学習しているしな」


 婉曲に俺を能なしと示唆しやがった。なんとこしゃくな男の娘だ。


「はいはい。三人パーティー結成ってことで、満場一致な。そんじゃリーダーとして、俺から一つ提案」

「初耳だぞ。いつからおまえがリーダーだったんだ」

「話の腰を折るなよ。だってツバサ、スペック高いけど協調性ゼロじゃん。新人に丸投げするわけにいかねぇし、消去法で俺しかないだろ」

「暴論ここに極まれりだな」


 ツバサにひんしゅく買おうと、俺は痛くもかゆくもない。黙殺する。


「苦楽をともにする以上、俺たちは仲間だ。だからファーストネームで呼び合おう。あと敬語も禁止ね。ドゥー・ユー・アンダースタン、ソフィア」


 宝翔さん改め、ソフィアは苦笑する。


「片言の英語だと説得力ないです──ないね」

「同感だ。おまえには統率者の資質、欠如してるんじゃないか」


 ツバサとソフィアがそろってブーイングする。


「わーったよ。多数決により、俺はリーダーを解任されました。以降は三人とも上も下もない、同列の立場ってことでよろしく」

「ふふ。つかの間かもだけど、よろしくね。ケンくん……そしてツバサくん」


 ソフィアは男の呼び捨てに抵抗があるのかもしれない。気恥ずかしそうに、俺とツバサを『くん』づけした。


 このときの俺には知る由もなかった。

 幸か不幸か、ソフィアとの運命共同体が一過性じゃない、ということを。

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