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叙事詩~紡がれるうた~   作者: 伊達と酔狂
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四日目

 ♪ 四日目




 緑の香りがただようなか、朝日がこぼれおちる梢で小鳥たちがうたっている。

 時刻はまだ、七時を過ぎたばかりだ。

 山と木々に囲まれた立志館の校舎は、朝の静寂につつまれていた。

 校内に一般生徒たちの姿は見えな――いや、いた。

 零だ。

 一階、生徒会室の扉の前に緊張した(かお)の零が立っていた。

 昨日、藤枝がいったように彼は生徒会の仮役員になるため、早朝の学校にきていた。

 緊張からか、彼はずいぶん早い時間に目が覚めてしまった。目が覚めたとき、なぜかベッドに雫が這入りこんでいたのだが(寝るときはいなかった)きっとこれは悪い夢だろう、と彼は無理やりおもうことにした。完全に目が覚めてしまった彼は二度寝するきにもなれず、どうせ落ち着いていられないのだから、早くこの要件をすませてしまおう、とおもった。


 ……誰もいないなんてことは、ないよね?


 中学の生徒会とはことなり、高校の生徒会は(保安部も同様)、学校が終わってもよほどのことがない限り、交代制で誰かが待機している。そのことは彼も知っていたが、つい万が一のことを考えてしまい少し不安になった。そして仮とはいえ、自分が生徒会に入っても、ほんとうに大丈夫なのだろうか? と彼はおもった。 


 ……先輩たちの足を引っ張るだけじゃ……。


 漠然とした不安が積乱雲のように頭の中で広がる。緊張のため軽い腹痛もあった。

 この扉を開ければ、もう後戻りはできない。

 いままで自分がいた世界には、もう二度と帰って来られない。

 そんな予感のようなものがあった。

 生徒会の仕事は中途半端な気持ちでできる仕事ではない。

 正直、零はいまでも迷っていた。いや、怖れているのかもしれない。

 だが、これから先、なにかを守るために闘うときがくるかもしれない。その時、彼は昨日のように自分の意志でなにも決められないのは嫌だった。それに自分には無いものが遠野たちにあるのだとしたら、それをしりたいとおもった。

 そのために、いま、零はここにいる。

 しかし、いざ生徒会の扉を前にすると躊躇ってしまい、扉に何度も手をかけたり外したりして、扉を開くことができなかった。


 ……我ながら情けないなあ……。


 何度目になるかわからない深呼吸を零がすると、


「零くん、べつに無理しなくてもいいのよん?」


 彼の後ろに立つ藤枝が明るい声でいった。野生の勘でも働いたのか、零と雫(あたり前のように零についてきた)が登校すると、彼女は校門の柱に寄りかかって零たちを待っていた。本人いわく「愛の力」らしい。

 藤枝の横では、雫が心配そうに零を見つめている。


「兄さん……」

「だ、大丈夫。べつに無理とか、そういうんじゃないから!」

「雫ちゃんも今日はなんか元気ないねー。どうしたのかにゃ? 零くんとケンカでもした?」


 自分より背の低い雫の顔を、のぞき込むようにして藤枝はいった。


「いえ……そんなことは、ありませんが……」


 うつむく雫の肩を藤枝は、ぽんぽん、と軽くたたいた。


「?」


 雫が(かお)をあげると、


「大丈夫」


 ひまわりのような笑顔で藤枝はいった。


「心配ないよん、雫ちゃん! だって泣く子も笑う立志館の生徒会よ? あの人たちが一緒にいるんだから、零くんは絶対大丈夫!」

「その評価はでは、よけい心配になります!」

「にゃははは」


 笑いながら頭をかく。


「それに、これはきっと、零くんにとって必要なことよ?」

「……雪さん、もしかして――」


 零がいい終わるまえに藤枝は、


「それにしても雫ちゃんはかわいいにゃー。お兄ちゃんが心配で心配でしかたないのね~」


 雫の頭を抱きしめ、綺麗な髪に頬擦りをした。


「ちょ、ちょっと藤枝さん?!」

「にゃあー。お兄ちゃんおもいのいい妹ね。まさに妹の鑑! あたしひとりっ子だからちょっぴしヤケちゃうわ」

「ちょ、離してください!」


 藤枝から離れようと雫はジタバタもがくが、なかなか離れられない。


「苦しいです藤枝さん!」

「あ、ごめんねー。でも雫ちゃんがあまりにかわいいもんだから」


 雫を放し、藤枝は舌を出してみせた。


「ごめん、雫。心配かけて。でもさ、これから先なにがあるかわからないから、ぼくは少しでも強くなりたいんだ。その、強さって、正直よくわからないんだけど……。生徒会に入ればそれがわかるかもしれない。それに、いつも雫に助けられてばかりじゃ情けないしさ」


 苦笑する零。


「そんなこと……」

「カッコイイわ、零くん! それでこそ男の子よ! いいじゃない雫ちゃん。お兄ちゃんにカッコつけさせてあげなさいよ! 男の子はね、カッコつけるときにカッコつけなきゃダメなの。そういう生き物なのよ!」


 それにね? と藤枝はつづける。


「いい女は男の子にちゃんとカッコつけさせてあげるもんよ。零くんが自分で決めたことだもん、黙って見守ってあげましょ♪」


 心から賛同できないが、零の意思を尊重したいとおもい、雫は肯く。


「でも、無理はしないでくださいね、兄さん」


 零の手を両手でつつみこんで雫はいった。


「うん。こういうことは、自分でも向いてないってわかってるから、無理はしないよ」


 心配させないように零は笑顔をみせる。


「さあ、零くん! 生徒会室に殴りこみよ!」

「……雪さん、無謀って言葉をしっていますか?」


 雫と顔を見合わせ、零は苦笑する。

 生徒会室の扉を開けようと、零が手を伸ばした。

 が、ドアノブに手をかける前に扉は開かれた。


「遠野先輩!?」


 扉を開けたのは遠野だった。

 零の脳裏に昨日の放課後がよみがえる。

 身体が震えた。


 ――やっぱり、止めようかな……。


 無意識に息を止め、手を握りしめる。

 弱気になった心を叱咤し、零は正面に立つ少年をまっすぐ視た。

 窓から入る、朝の清澄な光を背に遠野は、


「おはようございます、みなさん。ふふ、朝から元気いっぱいですね」


 昨日、何事もなかったかのように、ほほ笑んだ。

 あれ? と、零は呆然となり気勢をそがれたが、それと同時にほっとする。

 我に返った零が挨拶を返すと、雫と藤枝も挨拶を返した。


「あの、もしかしてぼくたちの話、聞こえてましたか?」


 おずおずと恥ずかしそうに零が尋ねた。


「朝の静かな時間ですし、あれだけ大きな声でお話していたら、聞こえてしまいますよ」


 うわあ、カッコワルイかも! と零は頭を抱えたくなった。その横ではなぜか藤枝が胸を張って堂々としとおり、雫は不安げ面持ちで零を視ている。

 遠野は三人の話し声が聞こえたといったが、嘘である。生徒会室は防音だ。扉の横に設置されているインターフォン(緊急時に使用されるので、日常でほとんど使われない)はマイクにもなっているので、外の音を拾うことが可能だ。彼は人の気配を感じ、マイクで零たちの会話を聞いて、タイミングを見計らって出てきたのだろう。

 遠野は表情を改める。


「お話はだいたいわかりました。つづきはなかに入ってからにしましょう」

「はい」

 

 零が応えると遠野は彼らに背を向け、


「……」


 立ち止まった。


「遠野先輩?」

「……失礼しました。さあ、どうぞ」


 笑みをみせ、部屋の中へすすむ。

 三人を席に坐らせると遠野は紅茶を用意するため隣室のキッチンへむかった。


 ……あなたが自分の意思で決めたのなら、わたしは、もう……。





 ネオンの光りが消え、太陽が人々を照らす朝。

 鐘ヶ台高校の屋上にある鐘楼が朝日を反射して鈍く輝いている。

 神楽は屋上の柵に手をかけ、朝の街を眺めていた。

 風に吹かれ、彼の髪がゆるやかに揺れる。


「……」

 

 聞こえてくるのは夜の喧騒とは違う雑然とした音。

 屋上から辺りを見回す。

 繁華街だけあって辺りに見える緑はすくない。

 快楽や娯楽を求めて作られた街には木や花が生きる場所はほとんどなかった。


 ……厚顔無恥な偽善者は、与えられた平和の中で、ただ、堕落していく。平和を、喰い潰すっ……。


 眸の奥で断罪の焔が激しく輝いた。


「おい、神楽。こんな朝早く俺を呼び出しておいて、だんまりか? 会長がおまえに協力するようにいったから、わざわざ来てやったのに。なにか話があるんだろ? どうせ昨日、会長にいっていた人を貸してくれって用件だとおもうが。それが俺か?」


 いつまでたっても話すそぶりをみせない神楽に、副会長の木野原が不満そうにいった。

 この場にいるのは彼らだけだ。


「話が早くて助かります」


 天使のような笑顔でふりかえる。


「でも、それだけではありません。もう一つ、お話があります」

「もう一つ?」


 怪訝そうに聞きかえした。


「木野原副会長、会長になりませんか?」

「……なにをいってるんだ、おまえは?」


 警戒するように神楽を視る。


「ボクは寿会長より、木野原副会長のほうが会長に相応しいとおもっているのです。たしかに会長の能力は、ボクが憑依させた神族の力が加わり強くなりました。ですが、それだけです。理性的に動ける人ではない。しかし、木野原副会長は違うでしょう。あなたは理性的に動ける。立志館が潰れれば、会長は後先考えずにそのまま他の学校を力で支配し、護国司になるでしょう。その後も、私利私欲を満たすためだけに、力を使いつづけるのでは?」


 そうなるだろうな、と木野原はおもう。寿とは一年近いつき合いだ。それぐらいのことは容易に想像がつく。だが、神楽がなにを企んでいるのかわからない以上、うかつなことはいえなかった。


「そうなれば、他の護国司が黙っていませんよ? さすがに寿会長の力だけではすぐに潰されてしまうでしょう。百日天下がいいとこです」


 舞台俳優のように両腕を広げる。


「ですが、木野原副会長ならもっと上手くやれるのでは? 木野原副会長には寿会長よりも強い力をさしあげます。どうです、立志館が潰れた後、会長の座に就きませんか?」

「会長を裏切れと?」


 微笑み、神楽は肯く。


「俺が会長を裏切るとおもっているのか?」

「副会長は、いまのままでいいのですか? 見たところ、あなたは会長に不満を抱いている。残りの任期も低能な会長の下で働きたいのですか? どうせ、生徒会の資金も会長がほとんど独占しているのでしょ。そして――それ以外の利益も」

「……なんのことだ?」


 そうですか、と神楽は首を傾げる。


「噂で聞いたのですが、最近この辺りで違法ドラッグが売買されているようですね。学生を中心に……。しかも、その売人も学生らしいですよ。御存知でしたか?」

「しらないな」

「ふふ、そうですか? それにしても、いったいどこの学校の生徒でしょうね? そこの生徒会は気づいていないのでしょうか?」


 木野原の貌が険しくなった。


 ……こいつ、どこまでしっている?


 神楽は話をつづける。


「そういえば、鐘ヶ台でも昨年の夏に似たようなことがありましたっけ? その時は立志館が出てきたそうですね。しかも、ほとんどひとりで解決したとか……。抵抗する生徒会役員は処分され、残った者は解任。死を免れた彼らは今頃ステキな牢獄生活を満喫中でしょうね。背後にあった暴力団組織も壊滅したとか。似たようなことをする者は後を断たないようですね」

「……ああ、そうだな」

「フフ。当時は随分稼いでいたのでしょうね。利益の分配はどうしていたのでしょうか? ちゃんと分配しなければ、不満が生まれますから、気をつけなければなりません。寿会長ならきっと独り占めでしょう。当時の会長はどうだったのでしょうか?」

「さあな。俺はその時一般の生徒だった。会長ならなにかしっているかもしれんが」

「ああ、そうでしたね。うっかりしていました。ところで、本来なら事件後、最低でも一年間は護国司と文武科学省が管理するところを、立志館は生徒の自主性を尊重し、新たに生徒会作らせましたが……果たして、それはよい結果をもたらしたのでしょうか?」


 嗤う。


「まあ、世間話はこれぐらいにして。木野原副会長、どうです? 考えてもらえませんか?」

「……」


 たしかに神楽のいうとおりだろう、と木野原はおもった。

 このまま立志館を潰してもいずれは……。それにしても、こいつは本当にただの一般学生なのか? 文武科学省から派遣された特待生じゃないのか……? いや、それなら立志館を潰す意味がわからない……。

 困惑しながら木野原は問う。


「……おまえ、何者だ? 本当の目的はなんだ?」

「? ボクはただの一般人ですよ。目的は、生徒会に入ってこれからの高校生活を楽しくすごすことです。それ以外にはありません。フフ、神に誓ってもいいですよ? 寿会長は立志館を潰しても、ボクを生徒会には入れてくれないでしょうし」

「……」

「フフフ。当たりました? でも木野原副会長は約束を反故にしない、信用できるとおもったので、この話を持ちかけました」

「俺がこの話を会長にばらしたらどうするつもりだ?」


 神楽は肩をおおげさに竦める。


「その辺はちゃんと考えてありますから大丈夫です。なんの保険もなしにボクはこんなことはしません」


 こいつのことだ、ハッタリではないだろう、と木野原は納得すると同時に警戒を強めた。 


「まあ、いますぐ答えを出してくれなくてもいいです。ですが放課後はボクに少し付き合ってください。頼みたいことがあるので」

「ああ、わかった……」

「できればその時にでも答えを聞かせてください。いい返事を期待しています」


 屋上のドアに向かい、思い出したかのように神楽は振りむいた。


「そうそう、木原副会長の彼女は、ずいぶんとお綺麗らしいですね」

「?」

「寿会長は手癖が悪いと聞きましたが……。彼女は大丈夫ですか?」

「……」

「フフ。それではまた、放課後に」


 天使のような笑みを残し、神楽は屋上をあとにした。





 生徒会室に入った零たちは、初めてこの部屋に訪れた時と同様に用意された椅子にすわった。テーブル上には遠野が淹れたアッサムティーと焼き菓子が数種類のっている。彼らが部屋に入ったときには遠野の他に会長の如月、朱神、大地がいて、すでに仕事をしていた。如月は紅茶を飲んでいただけだが……。この場にいない武内とフェレスは学区内を巡回中だ。

 零は誰か一人はいるだろうとおもって来たのだが、まさかこんなにも役員がいるとはおもわなかった。 緊張が増すなかで、彼はこんな時間に役員が四人もいることを疑問に感じた。一番面識のある遠野に、緊張と恐怖をふくんだ声で尋ねると、


「いま、少々立て込んでいまして」


 彼は困ったように苦笑してみせた。


「……」


 高校の生徒会と中学校の生徒会ではやはり違うな、と零はおもった。


 ……ぼくなんかじゃ務まらないかも……。


 話しおえた彼はティーカップを口に運んだ。

 一口飲んだ後、窓の外に視線をやると少し硬い朝日のなか、大きな桜がしずかに咲いていた。

 室内のカーテンはすべて開かれている。

 部屋に差し込む朝日は寝不足気味の零の目には少々眩しすぎた。

 眸をほそめる。


 ……昨日ここで遠野先輩と闘っていたとき、他の先輩も見ていたのかな……。そうだとしたら、ぼくが生徒会に入りたいといっても、断られるかも……。


 昨日のことを思い出し、零はため息をつく。

 と、膝の上におかれた零の手に雫がそっと手をかさねた。

 伝わってくるのは、ぬくもり。


「――天宮君、君の話はわかった。私としても君が生徒会に入ってくれるのはうれししいよ。が、なにを朝から兄妹で見つめあっているのかね? さては、口ではいえないふしだらなことを考えているのでは!?」


 話を一通り終えた如月がいうと、


「ふしだらなのは望君の頭の中だけですわ」


 資料を読んでいた朱神がツッコミを入れた。


「ずるいにゃ、零くん! あたしとも見つめあって一晩中愛を語り合いましょ!」

「甘いですね、藤枝さん。残念ながら兄さんは夜更かしせずにちゃんと眠るので、一晩中見つめ合うことはできません。なので、私はおやすみからおはようまで兄さんの寝顔を一方的に見つめます! なんと、初回限定特典は兄さんのかわいい寝言付!」

「せめて、おはようからおやすみまでにして下さい!」


 三人のやりとりを楽しそうに視ていた如月が指を組みなおし、


「さて、天宮君。これからいろいろと大変だとはおもうが……よろしく頼むよ?」

 

 シニカルに笑った。


「いえ、そんな……。こちらこそ、よろしくお願いします」

「天宮君、仮とはいえ生徒会の仕事はさまざまな危険がともなう。自分の命が危ないと感じたときは、任務を放棄してくれてかまわない。生徒会を辞めるのも自由だ。嫌になったらいつでも辞められる」

「……はい」


 如月の言葉で、本当は自分が生徒会に入ることを反対されているのではないか、と零はおもった。そこへ、キッチンから紅茶のお代わりを持ってきた黒いエプロン姿の遠野が、


「べつに天宮くんに辞めてほしくて、会長はこんなことをいっているのではありませんよ。こんな世の中ですから、まず、自分の命を最優先に考えていてほしいのです。ですから、無理はしないでくださいね? かわいい妹さんや友人もいるのですから」


 如月の言葉を補足した。


「そういうことだ、天宮君」

 

 紅茶のお代わりを受け取り、如月は肯く。


「……はい、わかりました」

「兄さん、絶対無理はしないでくださいね」

「そうよ、零くん。かわいい雫ちゃんと超かわいいあたしがいるんだから!」

「ありがとう、ふたりとも……」

「藤枝さん! いま、自分だけ『超かわいい』っていいましたね!?」

「うにゃ? そんなこといったかにゃ~?」


 如月は紅茶で咽喉をうるおし、


「さて、とりあえず話しはこんなものかね」


 朱神にいった。


「そうですわね。後は私たちで処理しますから。もう教室にお戻りになってくれてかまいませんわ」


 眼鏡をなおし、うなずく。

 零たちが退室しようとすると、


「ああ、そうだ、天宮君。放課後までに遺言書を書いといてくれ。こればかりは私たちにもできないからね」


 如月が零にいった。雫が零の上着をつかむ。


「絶対に書かなければならない、という決まりがあるわけではない。自分で必要ないとおもうのなら白紙でもかまわない」

「……はい……」

 

 重くうなずき、零は生徒会室をあとにした。





 零たちが一年A組の教室に入ると、


「おはよう。今日は三人で来たの? めずらしいね」


 自分の席にすわった奥森がいった。


 おはよう、と挨拶を返しながら零たちも席につく。


「ちょっと、用があって。さっきまで生徒会室にいたんだ」

「……そっか、やっぱり生徒会に入ることにしたんだね」

「うん。雪さんもいってたとおり、自分で経験してみようとおもう。やっぱり考えるだけじゃわからないこともあるとおもうし……」


 一瞬だけ、奥森は哀しげな貌をした。が、すぐに人当たりのよい笑みをみせる。


「零君が立志館の生徒会役員になるのかぁ。はは、僕、自慢しちゃおうかな」

「止めてよ、深伽美くん。それにぼくはまだ仮の役員だよ?」

「それでもすごいことだよ。ところで――」


 雫を視る。


「雫ちゃんが元気ないのは、それでかな?」


 一時限の目の教材を用意する雫のようすは、傍から見ても精彩にかけていた。藤枝が話しかけているが彼女の反応は鈍い。


「ぼくが頼りないから、雫に余計な心配かけちゃうんだろうね……」


 苦笑する零。


「そんなっ……頼りないなんておもっていません。でも、それでも、心配なんです……。兄さんのことが……心配なんです……」


 眸に涙をうっすらとにじませ、雫はいった。声がわずかに震えている。


「……ありがとう、雫」


 困ったように微笑みながら零がいうと、チャイムが鳴り、担任の土方が教室に入ってきた。





 巡回を終えて登校してきた武内が文句をいいながら、遠野が作った朝食を食べている。

 もちろん、料理の味に文句があるわけではない。


「ほんとうにあの甘チャンの坊やを生徒会に入れるのか? オレはごめんだぞ。あんな奴と一緒に仕事するのは」

「……」


 彼の隣には一緒に登校してきたフェレスがしずかに食事をつづけている。


「ふむ。そんなに反対かね?」


 如月が二度目の朝食(登校時にも食べている)を食べながらいった。


「反対に決まってんだろ……!」


 感情を押し殺した声。


 ……弱っちいくせに、誰かを守ってまっさきに死にそうな奴なんていらねえんだよ……。


 なあ、兄弟(バカヤロウ)? と武内は胸の裡でつぶやいた。


「しかし天宮君が入れば、美しい妹の雫君もついてくるとおもうが?」

「たしかに雫ちゃんはカワイイ。そのうち絶対パンツを見てやる! が、それはべつノー!?」


 鈍い音がひびいた。

 フェレスのフォーク攻撃を武内が持っていた箸で防いだ音だ。


「落ち着けヴェルミナ! それはさすがにシャレにならねえ!」

「フフフ、英雄様? 朝、保安部の南海(みなかみ)様とともに、助けた他校の女生徒から電話番号を聞こうとしていましたが……どうなさるおつもりだったのでしょうか?」


 南海(みなかみ)熱司(あつし)

 彼は保安部、実動班一番隊の隊長だ。

 学年は如月、朱神と同じ三年生で、武内の悪友でもある。武内が入学して間もないころ、栄えある最初の覗きは女子テニス部と固く心に決め、更衣室へと覗きに行った時、武内は南海と出逢った。それからふたりは意気投合し現在にいたる。ちなみに更衣室を覗いていたふたりを発見したフェレスは迷わずふたりを愛用のパンツァーファウスト(対戦車砲)で吹き飛ばした。


「望君、ほんとうに大丈夫なのでしょうか? わたくしも正直不安ですわ。なにもこんな時に彼を生徒会に入れなくても……」

 

 フェレスに言い訳する武内を横目に朱神がいった。


「みな、多かれ少なかれ天宮君に不安を抱いているようだね。だが、私は本来なら彼のような者こそ生徒会に相応しいと考えている。それに、これは彼の意思だよ? ここは立志館だ。個人の意思を尊重したい。たとえどんな結果になっても、それは彼の責任だ。それぐらいのことは彼もわきまえているだろう。もちろんできる限りフォローはするがね」

「そのフォローする人が危険ではありませんか? 最悪の結果も考えられます」

 

 朱神が食い下がると、


「これもなにかの縁でしょうし、天宮くんのフォローはわたしがさせていただきます」


 遠野がおだやかな声でいった。


「!?」

 

 遠野の隣にすわる大地が小さな身体を振るわせた。


「今月は新入生が入ってどこの生徒会も忙しいですから、わたしが県外に出ることもないでしょう。ですから、天宮くんのことはわたしに任せてください」

 

 そうだね、と如月がうなずく。


「一番面識のある副会長が適任かもしれない。それでいいかね?」

「蒼君がそういうのでしたら……」

 

 朱神は渋々うなずいた。武内は勝手にしろといわんばかりに残っている食事を勢いよく食べ、フェレスは笑みをみせながも、彼の身を案じた。

 大地は遠野を見上げる。


「あ、あの……蒼くん。わたしもお手伝いするのです」

「ありがとうございます、桜さん」

 

 やさしい笑みで大地に応える。

 その日の放課後。

 零は生徒会に仮役員として迎えられ、遠野と一緒に学区内の警邏の仕事をしてから帰宅した。

 仕事はどうだったかと雫に尋ねられた彼は、


 「……ハードな一日だったよ」


 苦笑しながら答え、食事もそこそこに眠りについた。

 ゆえに、零は知らない。

 この夜、事件が起きたことを。





 夜の街に響く――破壊の音。


前衛陣(フオアード)、さがれぇ!!」


 南海(みなかみ)の声で、さらわれた生徒を救出しようとする前衛陣が退避。

 それに合わせ後衛陣(バツクス)が最大出力の障壁(シールド)を張った。


「!?」


 が、敵の攻撃を防ぎきれずに数名の保安部員が倒れる。


「どうした、立志館? おまえたちはこんなに弱かったのか?」

 

 木野原が嗤う。彼の後ろには鐘ヶ台の生徒が十数人。

 そのなかに、立志館の生徒が五名捕らわれていた。


「……」


 戦闘がはじまってからずっと、


 ――おかしい。


 南海は違和感を覚えていた。


 ――木野原がこれだけの能力を使っていることもだが……。


 勝てない相手ではない。

 だが、さきほどから、ここぞという時にかぎって強大な(いかずち)が南海たちを苦しめていた。


 ――いまの攻撃もあいつじゃねえな……。


 巧妙に隠されているが木野原自身の力ではないだろう。

 南海は法具で武装した拳で、襲い来る雷を殴り飛ばし、


「……」

 

 木野原の背後を視る。

 データにはない顔が、そこにはあった。

 神楽だ。


「……」

 

 神楽は南海と眸だけを交えながら、


(正義君、彼は気づいているようですが……)


 自分だけに聞こえる声を聞く。


(うん。そうみたいだね、ラファエル)


 その顔に天使の笑みは、ない。


「木野原さん、もう十分です。引き上げましょう」

「どうせ潰す相手だ。ここで潰せるだけ潰してもいいだろう?」


 神楽のことばに聞く耳をかさず、木野原は攻撃をつづける。

 寿と同じように彼もまた力に酔い、暴力に酔っていた。

 攻撃をつづける彼を視て神楽は、


 ……しょせん、このていどか。


 内心、舌打ちをした。


 ――下衆(げす)が……!!


 激しい攻撃はつづく。


「……」

 

 負傷者を守る後衛陣を狙った攻撃を拳で殴り落としつつ、南海はおもう。

 この程度なら問題はない――普段の自分たちならば。だが、正体不明の敵がいる。おそらくかなりの能力者だろう。さきほどの攻撃で後衛陣に負傷者が出たいま、防いでいられるのも時間の問題だ。救出できた生徒と負傷者をつれ、撤退するのも難しいかもしれない。


 ……英雄たちは間に合わない、か……。


 英雄たちの顔をおもいうかべ、彼は――笑った。清々しい貌で。


静爾(せいじ)


 信頼する後輩の名を、南海は呼ぶ。

 玖道(くどう)静爾(せいじ)。学年は二年。保安部・一番隊、隊長補佐。


「……」


 流れおちる血を拭うことなく進み出る。


「静爾、おまえが指揮を執って全力で撤退しろ」

「っ……」

 

 長槍型の法具をもつ手に力が入った。


「わかるな?」

「………………」

 

 互いに――背をむけた。


「わりぃな。いつもイヤな役ばかりさせちまって」

「……いえ」

 

 ふせた面をあげ玖道は全員に告げる。


「全員、全力で撤退」


 だが、


「おまえだけにカッコつけさせねえぞ、熱司。俺も残るからな」

「熱司さん!」

「自分も残ります!」

「先輩!」

 

 三年、二年の前衛陣が口々にいった。

 しかし、南海はなにも応えない。振りむきも、しなかった。

 仲間に向けて玖道が法具をかまえる。


「聞こえませんでしたか? 全員――撤退!!!」



 逆らえば斬る、という覚悟の声。

 だが、そのなかには身を引き裂くような、かなしみがあった。

 沈黙は一瞬。

 一般生徒と負傷者をつれ、後衛陣が戦線を離脱してゆく。


「へっ、上出来だ、静爾」

「……ありがとう……ございますっ……!!」


 こぼれ落ちそうになるなにかを、歯を食いしばってこらえる。

 後衛陣を守りながら前衛陣も戦線から離脱。


 立志館が――撤退した。


「おい、見ろよ! あの立志館が逃げていくぞ!!」

 

 木野原が嘲笑う。


「弱いな! こんなに立志館は弱かったのか?!」

「弱くねぇさ」

 

 ひとり残った南海は、断言した。


「おまえより、あいつらのほうが百万倍強ぇよ」

「はっ、負け犬の遠吠えってやつか?」

「踊らされてる奴が、いい気になってんじゃねえよ。滑稽だぜ?」

「?」

「おまえ――馬鹿だろう?」

 

 笑う。


 ――行こうぜ相棒!!


 南海の装備する手甲型の法具が彼の意志に応える。


 Jawohl!! Die Sicherung entheben――Explosion!!!

(応!! 安全装置解除――フルドライブ!!!)


 南洋(みなみ)の海は荒れ狂い

 天鳴まといて

 すべてを喰らう


「――っおおおおおおおおおおおおおああああああ!!!!!!」


 命を散らす声。

 戦闘用の黒いロングコートが踊り狂う。

 かれの後ろに、雷鳴を轟かせながら巨大な竜があらわれ、


「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!」 


 咆えた。

 

 


 

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