紅裙の姫君
どうも、緋絽です!
新キャラ登場!
岳達を異様な出で立ちの人間達が囲んでいる。
岳はチリリと首筋に何かを感じた。そしてそれは、大概、岳を裏切ったことはない。―――殺意、またはそれに限りなく近い害意が、岳に警戒させる。
「両手を上げろ」
言われるままに全員手を頭の上に上げる。
どうせ、両手を挙げたところで岳達の能力を封じられることはない。進は少し不便だろうが。
「よし、捕らえろ!!」
「卯様の御為だ」
人間達が槍やら探検やらを持って近づいてきたところで岳の瞳孔が縦に細まり、虎丸が体を低くする。
そして口を開こうとしたところで―――鋭い声が被さった。
「そこな者共は手足をもいだとて護身の意味を為さぬ。まずは耳を塞げ」
凛とした、しかしまだ若い少女の声が辺りを包む。
ざわざわと周りの人間がざわめいたこと、そして気の遠くなるような時間、争ってきた者の気配を感じて岳達はその存在を理解した。
「―――卯か」
岳の言葉にチラリと卯が目をやる。
その顔を見た猛がときめいたように目を輝かせた。
「うわっ、なんだあの子。ちょー可愛い!!」
確かに、と岳は卯に目をやった。
腰まで垂らした絹糸のように細く、月光のように輝く銀髪、強い意志を感じさせる瞳とそれを縁取るけぶるような睫毛、白磁のような肌、そして熟れた果実よりも赤い唇が、まだ少女である彼女を危うい美しさにしたてあげていた。さらに裾をひきずり何枚も衣を重ねている派手な色合いの、しかし妙に気品のある着物がより一層彼女の美しさを際立たせている。
「小さき者の口を塞げ。手を縛るのを忘れるでないぞ。でかいものは手、阿呆の顔をしたものは手足を縛るのじゃ」
「阿呆!?」
しかし、猛は卯の暴言にすぐさま眉をつりあげた。
「ちょ、ひどっ、酷くね!? オレなんかした!?」
猛の騒ぎように人間達が戸惑ったように卯を見る。
あまりの騒ぎっぷりに、本当に危険人物か判断しそこねているようだ。
「阿呆は寅じゃ」
その言葉に人間達が猛を親の仇でも見るような目で睨んだ。
卯は寅に狩られる立場であるからか、昔から寅を嫌っていた。
甲高い獣の悲鳴にそちらを見ると、虎丸が吹き矢を体に吹き付けられていた。
「虎丸!!」
猛がそう叫んで卯を睨む。
ザワリと猛の周りの空気が剣呑になったことを感じて人間達が後ろに引いた。グルルルルと低い唸りが猛の口の端から漏れる。
「すまぬな、食い殺されてはかなわぬのでな。そなたの愛猫は眠り薬を受けただけじゃ」
その言葉に猛の縦に細まっていた瞳孔が元に戻る。
「あ、そう? ならいっか」
いいのか。
岳は猿轡を噛まされながら玉玻と叉璃に目配せする。―――いつでも猿轡を噛みきるように。
二匹は不穏な空気を感じた瞬間に草むらの蔭に隠れていた。
「ふん……そこな小さき者は子かの?」
うるせーよ、お前は俺よりちいせーだろうが。岳は内心青筋を立てる。
「そしてその奇天烈な前髪の一部が白い面妖な奴は、丑であろう? 今代の子と丑は仲ようお手てを繋ぐことにしたのか?」
卯が随分砕けた態度であることを見て人間達が再び段々近付いてくる。
岳は眉を顰めた。
なんだここ。まるで、卯がいなくては決断ができないような。
猿轡を噛まされて返事ができない俺を見て、その次に進を見る。進が興味なさげに欠伸をすると片眉を跳ねさせた。
「まぁよいわ。こやつらを牢へ」
「はっ」
連れ込まれた牢は鋼鉄でできていた。
あんな草原に鋼鉄になるものがあるか?
「うぐ…っ、とーれーねーっ!」
猛が体をモゴモゴさせる。その足がバンバン当たる。
うぜえ。動くんじゃねーよ。
と猿轡を噛まされたままモガモガ言うと、何言ってんだと笑顔で返された。
虎丸は隣の牢でプープー鼻息を鳴らして眠らされている。
「どうする」
進がチラリと俺を見て言う。
もちろん、脱出する。
もう朱凰山には他の干支が集まって、何かをしているかもしれない。そうしたら、俺の“願い”を叶えることが難しくなる。
「この牢、どうやら卯が生成したものらしい。どれだけ押してもびくともしないぞ」
疲れたように進が溜め息を吐いた。
どうやら圧縮しようとしてうまくできなかったらしい。
「まじで!? じゃあ壊せねーじゃん!!」
卯の能力は材質変化。大気を除く万物をまったく別の物に変化させることができる。もちろん、造形も思うがままだ。―――例えば、草の束から頑丈な檻を作る、とか。
「逃げることなぞ考えても無駄じゃ。わらわの力はそなたらには破れぬ」
「卯!!」
猛が卯に向かって声をあげる。
「手荒なまねをしたことを詫びよう。すまなかったの。わらわも傷付けたくはなかったが、なにせこの縁じゃ」
卯が首を微かに傾げて微笑んだ。
「油断しては殺られるであろう? のう、廻る者達よ」
言外に、岳達が油断していたからこそ捕まったのだと言っている。そのことに気がついて岳は舌打ちをしたくなった。
「なぜ、捕らえる」
進が訊ねると卯はその形のいい眉を寄せた。
「わらわの“願い”の為じゃ」
「願い?」
「この競争で最後の一人になるまで勝ち残ったら叶う“願い”じゃ。そなたらにもあるだろう」
あの日神の怒りを買った動物達は、しかしまるで褒美のように、この競争に勝ったら各々の“願い”を叶えると神から伝えられていた。そうして争えと。
当然、岳にもその“願い”は存在する。勿論、進にも猛にも。
「“願い”、ねぇ」
岳はバラリと解けた猿轡と手首の縄を投げ捨てて檻の格子の隙間から卯の手を取った。
「な……っ、そなたっ……!」
どうやって縄をぬけたのだ!
なんのことはない、ただ玉玻と叉璃に噛みきってもらっただけだ。
卯は驚愕して手を引こうとするが岳にがっちり掴まれていて逃げれない。やけに恭しいのも腹が立つ。
岳と目があった。頭に被っている帽子の隙間から覗いた目は、―――瞳孔が縦に細長かった。
「なあ」
ゾクリと体に痺れが走る。
しまった。――子の能力に、かかった。
岳は掴んでいる手と逆の手で卯の髪の一部を掬った。
「銀糸のような美しい髪だな」
掠めるような声にビクリと体が跳ねる。
わけもなく顔に熱が集中する。
単に岳がそう感じるように暗示を掛けているだけなのだが、―――睦言を囁かれているように感じたのである。
岳は流れるようにそのまま卯の頤を手の平で掬った。上を向かされた卯の目の前に岳のニヤリとした笑みが浮かぶ。
「麗しの姫君」
岳以外が目に入らなくなっている中、周りが揺れているような気がした。
霞がかったようにクラクラする。
どうして、この人はわらわにこんな気持ちを与えてくれるのだろう。こんなに、胸が高鳴るような、そんな気持ちを。
「この檻を、壊せ…っ!?」
岳の足に勢いづいた何かがぶつかった。
「ぐっ…!」
「てめー岳! 何口説いてんだ!」
猛である。
思わず岳はぶちきれそうになった。
干支であるからか完全に暗示にかかりきっていなかった卯はそこで我に返る。
な、何!? 何があった!?
暗示が解けたことに気がついた岳は舌打ちをする。
それを聞いて卯は見る間に顔を紅潮させた。
「おっ……おのれっ!!」
「あーああ。残念。あと少しで卯に暗示掛けられて、檻が壊せたのに。どっかのクソ寅のせいで失敗じゃねぇか」
口説いていたわけじゃないことに気がついた寅が喉を詰まらせたような声をあげる。
「そなたらがそのようであるからおめおめと檻を解除できぬのだ! 真は態度次第で出してやろうと思っていたのに!」
卯が小さな手をブルブルと震わせ怒鳴る。それでも岳はどこ吹く風だ。
「出してやろう? 馬鹿かお前」
「何?」
岳の暴言に卯が眉をつりあげる。
逆に岳は上機嫌に唇の端をつりあげた。
「何もしてないのに閉じ込められたのは俺だ」
「俺は!?」
「………おれもいるぞ」
「お前らは勝手についてきたんだろうが。お前らが何されても俺には関係ないね」
こいつ、やっぱり性格悪い。
「やはり子だけはその質、直らなんだか。ほんに、嘆かわしいことじゃ」
いまだ掴まれたままだった手を、掴んでいる岳の手を振り払って取り戻す。そして袖で優雅に口許を隠した。
「貴様は過去にわらわの朋を殺したことがあったの。思い出すだけでも忌々しい」
「お前も俺の鼠を殺しただろ。お互い様だろうが」
ピリリとした空気が二人の間に沈澱する。
「あっ、じゃあ」
唐突に妙に親しげに笑顔を浮かべて猛が手を叩いた。
「過去を水に流して、一緒に行こうぜ!」
「はぁ!?」
いったいどういう思考だ!?
「オレ、虎嶋猛。君は?」
体を回転させて卯に近づくと満面の笑みで名乗る。
卯が唖然として口を開けている。
「おい」
猛の胸ぐらを掴み、絞める。
「どういうつもりだ」
「い、いや、ほら! か、可愛いから、さっ。つい、ほら……っ、な!?」
ほほう。
「そなたらと旅など……!」
「卯様!」
けたたましい足音を立てて人間が入ってくる。
その音に隣の檻の虎丸が目を覚ました。
「急いで本殿にお戻りください! 乱闘が起きかけています!」
次は、秋雨さん!