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十二の記憶  作者: 緋絽
紅の勾玉
2/11

朱く灯る方へ

緋絽です!新作第一段、行きまーす!

少年───子都岳(しのみやがく)はふと目を覚ました。頭の中が痺れたように鈍い。長い長い夢を見た後のように。

鈍さを払うように頭を振ると、頬を雫が伝っていった。

岳は無感動に目元の雫を拭う。

ついにこの日が来たと、頭の中で声がする。

体を起こすと二匹の子鼠が肩を駆け上った。ちい、と鳴く。

「飯寄越せってか?」

「ちい」

「自分で取りにいけ」

「ぢぃぃいい!」

耳の横で叫ばれてはうるさくて仕方ない。目にかかるほど長い前髪をかきあげそのまま後ろ頭を乱暴にかき混ぜる。

玉玻(ぎょくは)叉璃(さり)、うるせーぞ」

肩に乗っている二匹の子鼠に声をかけた。

岳は昔から鼠達の言っていることが理解できた。鼠と呼ばれるものとはすべて完璧に意思を疎通できる。まぁそれも、鼠と岳は同類(・・)なのだから当然のことではあるのだが。


岳の前世は十二支の()だった。そして、変わらず岳も。

何代も時を経て、人間として十一の生を生き、死に、そして子都岳という人間として十二度目の生を授かった。

何度生まれ変わっても、体は小柄なままだ。

それが、少し不満。

鼻で息を吐き、岳は先程まで見ていた夢を思い出した。

近頃、また頻繁に見るようになった夢。正確に言うならば、己の魂の過去の記憶。

先代が命を落としたの瞬間に、次代に過去代々の(の記憶は受け継がれる。そのおかげで、自分の力の使い方も、何故この呪いが掛けられたかも、鮮明に忘れず覚えていられるのだ。

岳は全ての始まり、あの時あの瞬間にいた()の記憶を思い出していた。



神は言った。

───宴に到着した順に神の末席に加えてやろう。宴会の座数は十二。

一族の代表に選ばれた初代は、その数少ない席に見事一の位で座り込んだ。もっとも高い神位に就き、初代はたいそう嬉しかっただろう。

そのために、どんな手も使った。怪我を負わせたし、逆に怪我を負いもした。

しかし、そうして辿り着いた先には、神々の怒りしかあらず。

下等な人間として呪いと共に巣に帰った初代の前には、ひたすら悪夢しかなかった。

消えたの里。桜が美しかったために、李桜(りおう)の里と呼ばれた。

ビリリと強い痛みが体を突き抜けたような気がした。初代の悲しみの痛みが、岳を体ごと刺す。

忘れられない光景。凄絶に狂ったような美しさで舞う桜吹雪の中、地面に転がる一族の骸。つんざくような初代(自分)の叫声。

岳は眉を顰める。

岳にとって、代々の()の記憶は自分の過去の経験と言っても過言ではない。遥か昔、上古の頃の()と考え方はほとんど変わっていない。生まれ落ちたその瞬間から、代々の()の記憶がそのまま彼を形成しているためだ。

二度と、間違えない。

岳は立ち上がり、穴から外に出た。岳は鼠と同じように大木の根元の穴を住処としている。ただ、やはり今は体が人間のため、何もかも鼠と同じというわけにはいかないが。

眩しい朝日が目に痛い。岳は夜を好むが、それでも今日だけは朝に出なければ間に合わない。

「玉玻、叉璃」

呼ぶと二匹は肩口から顔を出した。

「食い物調達に行くぞ」



ドンと岳の体に大柄な男がぶつかる。虫の居所が悪かったのか、舌打ちと共に振り返った。

「おい、そこのチビ!」

はぁ!?

岳は振り返って男を見上げる。

なるほど、確かにこいつはでかい。だが、図体だけだ。

「チビって誰のことだデカブツ」

下から睨みあげる。

一瞬、男には岳の瞳孔が縦に細く見えた。それが、術に掛けられた合図とは知らず。

「あぁ!?誰って、おま…」

ずかずかと近づいてきた男の足元を子鼠が二匹駆け抜けた。

踏みつぶしそうになった男がたたらを踏む。

全ての始まりの時、あの場にいた十二匹は、争いのための能力を手に入れていた。

それは、人でもなく、獣でもない、半端者として生きろという神の与えたもう一つの罰。

()は、人を惑わせる能力を手に入れた。昔から口がうまかったためか皮肉にも人にそうだと納得させる能力を手に入れたのだ。

つまり、簡単に例えると、林檎を見せてこれは青だと言ったら初めは嘘だとわかっても、その()の声に聞き入る内に、そう言われた者は“この林檎は青い”と思い込む。そう強く思い込むため、本当に青く見えるようになるのだ。

そのためか、代々の()の声は、人を惹きつけるようになっている。特に艶があるわけでもないのだが、いつまでも聞いていたいと惹きつけられる何かがあるようなのだ。

ちょうどいい。どいつを標的にしようかと思っていたところだ。

よろめいた男の腕を掴み、岳は歯を剥き出しにして笑った。

「まさか、俺のことじゃねーだろうな?」

男はゾクリとした快感に似たような震えが背を走ったことに気がついた。

「い、や」

岳は男の腕を引っ張り路地に引っ張り込んだ。

「雷針」

その言葉に突然男の全身に雷に撃たれたような痺れが走る。正確には、走った気がした。

突然のことに男は地面に尻餅をつく。

ど、どういうことだ。どうしてこんなことに。別に、このガキは何もしなかったのに。

力を入れて、痺れているような体を動かし、ようやく膝をついた男に手のひらを向ける。

「待て。動くな人の子」

「っ!?」

中腰でそれ以上立てなくなった男は岳に足を払われ再び地面に尻餅をつく。

満足げに岳はそれを見下した。

「おー、これでよし」

岳は唇の端を歪める。

「なぁ? 俺のどこが、チビだって?」

少し屈んで男の顔を覗きこんだ。

何故か威圧的を感じて男は体を仰け反らせる。

ちぃ、と子鼠が男の体を登り、首もとに座った。

男には、それがいつでも喉元を噛み切れると言っているように思え、カタカタと体を震わす。

しかし、このガキの声から意識が離せない。

「今、お前を上から見下しているのは誰なんだ?」

岳の薄くめくれた唇から犬歯が覗き見えた。

「あ、い、いや…」

「チビなのは、お前、だよなぁ?」

そうだ。小さいのは、この自分だ。

男は人形のように頷く。明らかな体格差を見ても、男は自分の方がでかいとは思えなくなっていた。

頷きに満足した岳は、横柄な態度で手を男に突き出す。

「おいデカブツ。金出せ。有り金全部だ」

その声に男は出さなくてはならないと納得した。そうであって当然だと思い込んだ(・・・・・)。

服の間に仕舞い込んでいた小銭入れを岳に手渡す。

中身を確認して岳は舌打ちした。

「ちっ、こんだけかよ。こいつ、さては働いてねーな」

働くのは人の子の義務だろ、とボヤく。

そしてそのまま男を放置してその場を去った。



町で買い物をした後、岳は巣に戻っていた。

暇そうにたくさんの鼠達をじゃれつかせていた岳は不機嫌そうに顔をあげる。

鼠達を散らし、根の隙間から空を窺う。

………時が、きた。

暇で暇で仕方なかったためか、岳はニヤリと笑う。

穴から出て鼠達の方を振り返った。

「玉玻、叉璃」

多くの鼠達から二匹が飛び出し岳の体を登る。

「少し巣を空けるぞ」

鼠達に告げた後、岳はふと空を見上げた。

視界の隅で、先ほどから朱い光がちらついている。その方角は、かつて神が住まうとされていた朱凰山(すおうやま)の方を指していた。

競争が再び始まる証。神の社が地上に降りた合図。

「神位を懸けた椅子取り遊戯の始まりの時だ」

岳はニヤリと笑みを零した。


次は、秋雨さん!

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