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ソハカが覇の源を去ってからもリギルはずっと同じところに寝泊まりして、時々マセルのことを思いながら瞑想するだけで、それ以外は見たところまるで無為に寝起きしているだけのように見えた。何の策もなく、ただ無尽蔵の時間だけが頼りであった。
いつものように宿で眠るでもなく横たわっていると、リギルのもとに一人の女が訪れた。使いの者であった。
「リギル様、よろしければ殿堂までいらしてください。ウリウス様がお呼びです」
リギルはもたもたと宿を出ると女に連れられて裏庭に回り、ずけずけと入って行った。途中で案内の男が出迎え、女と交代してリギルを案内した。
「どうぞ。ウリウス様がお待ちです」
ウリウスは小さな書斎にいて、自分で茶を入れているところだった。リギルの顔を見るとにこやかに招き入れ、その茶を勧めた。
「どうだ? 調子は」
「聞かなくても分かるでしょう。何も成果はない」
「まあ、なかなか難しい試みだからな。時にお前さん、ずっとここにいるつもりか?」
「まあ、しばらくは」
「そうか。儂は儂で忙しいのでな。なかなか相手もしてやれんが」
「ふっ、別に相手をしてもらわなくても良い」
ウリウスは茶を先に飲んだ。
「相変わらずだのう。ところでな、リギル。お前、もしそのマセルという者と会えたとして、それから先どうするつもりじゃ?」
「そんなことは何も考えていない。俺はマセルを探すことにしか興味はない」
「お前なあ……確かにマセルというのがお前にとって大事なのは分かる。儂だって協力したいと言っておるんじゃ。だがな、リギル。お前、他にもまだ大切な人はおるのだろう」
イラのことか、とリギルは思った。
「なんじゃ、その、今のところお前がするのはマセルの心を探ることだけだろう? そんなもの、別にここでなくてもできるじゃろう? 悪いことは言わんから、お前そのイラという娘のところへ戻ったらどうだ。もうソハカもおらんのだし」
リギルは考えた。確かにもう旅をする意味はないと思う。なぜここにずっととどまっているかと問われれば、それはただ、もう行くべき場所がないからだと答えるしかないと思った。イラが自分に会いたがっていることも承知している。仮に、マセルに会うまで戻らないなどと言えば、それはイラにとっては永遠の別れを告げられたようなものだろう。
しかし。それこそが調整……もしイラのもとに帰れば、リギルは自分が今のまま強い信念をずっともち続けられるかどうか不安だった。きっといつの間にかマセルに会うという希望は形だけのものになり、実際にはイラと平穏に暮らし続けることだけを願うことになる。そうなればもう他の連中と変わらないのだ。よもやイラ以外の女を貪るようになろうとは思わないが、しかし本質的には同じことだ。
「そうやってイラから逃げても同じことじゃ!」
ウリウスが突然大声で言った。リギルは驚いて顔を上げた。ウリウスはすぐに笑顔に戻ってリギルを眺めている。
「かもな」
リギルは答えた。イラの愛に甘え、溺れるのならそれは自分の弱さだ。いや、たとえ甘え、溺れてもなお、自分が願い続けるならそれは叶う。俺はイラに向き合うことを避けていた。それこそが弱さ。マセルがあの時憎んだ、俺の弱さなのだ……。
「リギルよ。そのマセルという男は、最後までお前たち会衆に留まったのだろう? いっしょに暮らしていたのだろう? そして、最後までお前を友と呼んでくれたのだろう?」
「どうも……どうもマセルのことを考えると涙もろくなる」
リギルはウリウスに見えないように顔を背けて腕のところで涙を拭った。
「そうだとも。あいつは何も言わない。でもいつもいっしょにいた。あいつは最後まで俺たち会衆の仲間でいた。マセルは強い男だ。本当に、敵わない」
リギルはイラのもとへ戻ろうと思った。そして、できることならば妻にも会ってきちんと思いを告げ、クセルたち会衆の仲間たちにも謝ろうと考えた。
「それが良い。リギル。儂も妙案が浮かんだら知らせる。皆のもとに帰り、そこで堂々とマセルを探すのだ。それが良いぞ。リギル」
ついにリギルも覇の源の町を去ろうと決心した。