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「ソハカ。お前さん、ちょっと頼まれてくれんか? その女のところに行って、もう一度詳しく話を聞いて来てもらいたいのだ。その、話ができたという時のことをな」
「……いいですよ。でも、リギルさんは?」
「うん、あいつはな。連れて行かんほうがいいと思う」
「そうですか? なぜ」
「はっきりと分からんのだが……」
ウリウスは急に黙って何か考えている風だったが、しばらくすると真剣な顔でソハカのほうに向き直した。
「よし。今リギルは瞑想しているようだ。これはまだ本人には知らせたくない話なのでな」
ウリウスはリギルの様子を探ってこちらに気が向いていないことを確認したのだ。何か不穏な感じを受けてソハカは思わず唾を飲み込んだ。
「お前さんももしかすると聞いたことがあるかもしれんが、この世界で起こるクルの調整というのは、実は決して完全ではない」
しかし、ソハカはそんな話は一度も聞いたことがなかった。今まで見た資料の中にも、そんなことを論じたものは見たことがない。
「そうか。まあ一般にはあまり言われていないことだからな。知らんのも無理はない。しかし、これは引き合わせの者の間では周知だ」
「そうなんですか?」
「ああ、そうとも。それに、別に教えられずとも、この世界の様相をつぶさに観察すれば自ずと分かること。調整というのは、けっこう綻びが発生する。リギルのように調整され切らない人間がいることも実は珍しいことではない。それを補うのも引き合わせの役目なのだ」
「でも、そんな話、だれも信じないんじゃないでしょうか?」
「だろうな。そもそもほとんどの人間にとっては、そんなことを突き詰めて知ろうとする理由がない。儂やお前のような変わり者でもない限り」
それはそうかも知れない。ソハカは思った。ごく一部の人間にとっては、知識や、物事の本質を探究することはこの上ない愉悦をもたらす。しかし多くの者はそうではない。
「最初は戸惑い、疑った者も皆いずれ忘れてゆく。ふつうクルの調整に疑いを抱くことは怖いことなのでな。ここに復活したほとんどの者が求めているのは永遠の安泰と安穏だ」
「それは分かります」
「とにかくだ。リギルはある意味で調整の歪みに挟まってしまったような状態にある。それに、リギルのあの異常と言うほどの精神力。お前もそれは知っているだろう」
ソハカは頷いた。
「儂はな、少し慎重に事を運ばなければならないと思っている。少なくとも、リギルが儂らの目を離れて暴走してしまうことは避けるべきだと考えておる」
「リギルさんの動き次第では、何かとんでもないことが起こると?」
「可能性は否定できん……何と言っても」
こっちは地獄なのだから、とウリウスは目で訴えた。
「儂はこれから、引き合わせの者たちを集めて意見を聞こうと思う。その上で最善の手立てをリギルに示すことができれば、それが一番良い。その間に、お前さんはその女のところへ行って事の真偽を詳しく調べてほしいのだ」
ソハカは神妙な面持ちで答えた。
「分かりました。やりましょう」
「ありがとうソハカ。この仕事はお前さんが適役じゃ。これもクルの調整なのかも知れんな」
ソハカは宿舎へ戻るとすぐに支度を整えた。リギルには、ウリウスに用事を頼まれたので先に旅立つとだけ伝えた。
妙に慌ただしく立ち去ろうとするので、リギルは変だなと思いながらもソハカを見送った。ソハカはリギルに心を読まれるとまずいと思って、急いだ。それに、ウリウスに教わった通りに、リギルの前ではこれから行く先の道順のことだけに意識を集中して、用事の内容や目的のことは一切意識に上らないように注意した。
「リギルさん……」
立つ間際に宿舎の前で、送りに出たリギルを見てソハカは一瞬泣きそうになった。しかし、リギルは冷静に言った。
「ソハカ。ウリウスの頼みならしょうがない。それに、いつでもまた会える」
「うん……じゃあ、行ってきます」
「ああ、しっかりな」
ソハカはすぐに立ち去った。