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天国のマセル  作者: 中至
クルの報い
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リギルが出て行ったあと、クセルたちは不本意ながら王の命令に従うことでほぼ一致した。ただマセルだけはその議論にほとんど参加せず黙って成り行きを聞いているに過ぎなかった。


散会の時、クセルは心配だったのでマセルに念を押した。


「マセル。まさかお前逃げるつもりではあるまいな」


実は、クセルはリギルのことよりもむしろマセルの行動に不安があった。それはリギルの場合と違い、マセルには案ずるべき身内が一人もないからである。会衆のだれもが家族や親族に危害が及ぶことを何よりも怖れている。しかし、マセルは淡々とした笑顔でこう答えた。


「大丈夫だよクセル。心配ない」


マセルはこういう時口から出まかせを言うような男ではない。クセルは安心して、勢い込んでこう付け足した。


「そうだな。お前は賢明な男だ。なに、リギルだって大丈夫だ、リギルの妻には前からよく言ってある。軽はずみな行動をとることはないだろう」


マセルは笑顔のままだったが、それには何も答えずひとり家路に着いた。


すでに夜も更けていた。家に帰るとすぐにマセルは出立の準備をした。といっても、すでにこの日に至るまでに家の中はすべて整理してあったので、儀式殿まで行くのに必要な水と食料と若干の銭貨、そして愛用の短剣の準備を確認するだけだった。


その後マセルは「いっしょに行こう!」と叫んだリギルの心中を察して一人微笑んだ。


リギルの思いは分かっている……あれ以来ずっと。マセルは今まで何度となく思い返した場面をまた思った。自分がクル像を蹴ったとき、必死にしがみついて泣いていたリギルの顔を思った。


あの時、なぜリギルがあんな態度をしたか、自分はなぜクルを蹴ったのか、そして、なぜリギルと自分はそれ以来ほとんど口を利かなくなったか……。


実は、マセルはそんなことはどうでもいいことだと考えていた。いくら考えても、自分にすらその理由は言葉にできない。しかし、そんなことはどうでもいい。マセルにとって、リギルはいまだ唯一無二の親友だったのである。マセルはその気持ちを今まで一度も失うことがなかった。そして、互いに伝えないままであれ、リギルもきっとそう信じているに違いないという確信があった。それで、リギルが「いっしょに行こう!」と言ったことに驚かなかった。マセルの心はいつになく落ち着いていた。


マセルは、その後夜明けまでクルに最後の祈りを捧げ、一睡もしなかった。そして明け方早々に家を発った。会所に向かう途中にリギルの家に寄ろうと考えていた。


もうこの家に戻ってくることはない、と思った。しかしマセルは感傷を断ち切るためにあえて振り返らなかった。

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