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長く考え込んでいたリギルがついに聞いた。
「ではまず問う」
「よいのか?」
「ああ」
リギルは迷いを振り切るように答えた。
「では聞こう」
ウリウスは軽く頷いて静かに待っている。ソハカがウリウスの心を再度読もうと試みた。しかし、その心にはほぼ何もなかった。さっきは、思考の内容が膨大過ぎて掴み切れないといった印象だったのが、今はそれとは対照的にウリウスの心の表層には何もないように見えた。ただ澄んでいる。
リギルが噛みしめるように話し出した。
「私はここへ来る前、ここにいる知の殿のソハカにあなたのことを聞き、それで私なりに考えた上でここへ来た。まず問いたい。あなたは、この天はすでにクルのご意思のままにあり、この有り様が永遠に続くと思うか。そうではなく、今の在り様はいつか終わるべきもので、その後にはクルの意思に適う本当の天の姿が現れるのではないか?」
ウリウスはリギルが言い終えると短く頷き、すぐに答え始めた。
「うむ……それについて決定的な判断は、儂も下し得ない。しかし私見としては、おそらくこの世界は永遠にこのままだろう。なぜなら、そもそもここには時の経過という観念がないからだ。
つまり、この世界にはそれを示す事象がまったくない。ここにいる者たちは皆、現世で死んだ時を引き継いでここに来る。子は子、若者は若者、儂のような老人は老人のままでな。だれも目覚めたときのままで一向に歳を取らん。
あるいは、ここには我々以外に生き物はおろか草木も生えておらん。芽吹き、育ち、種を残し、枯れるという営みはない」
記録の者たちが一斉に筆を走らせ始めた。
「いやもちろん、過去、現在、未来という因果感覚は持っている。だが儂が考えるにこれは事実現象としてあるというよりも、現世での我々の思考の習慣から来ているもののように思える。実際には、ここでは、誕生、成長、あるいは死といった事象はまったく経験できない。何より、ここに移された人間のうち未だだれ一人として欠けておらんからな。
長い者はもうそれこそ永遠と言ってもいいような時をここで生きておるが、だれも死んでいないし、取り去られてもいない。つまりここには『終わり』という概念がない。そう考えるほうが妥当だ。
もちろん我々は『終わる』という感覚を理解できるが、それは現世での自然の在り様から学んだものに過ぎない。終わり、という観念は現世を経験した上でないと理解できんのだ。我々は現世にあって、いつか終わるべき人生を経てここへ来たからこそ、永遠に生きているという観念と実感を得ることができるわけだ」
ウリウスは、リギルの理解を待つために言葉を切った。しかし、リギルはすでに冷静さを取り戻していた。
「続けてくれ」
「よいか? こう考えると、この世界が終わるとか、それに匹敵するような大転換が起こるといった可能性は考えにくいのではないかな。少なくとも我々人間が感知できるという意味ではな。もちろん、クルが何かの意図をもってそれを予定している可能性はある。あるいは、我々が全く認識も記憶もできない形ですでに何かの変化が起こっている可能性すらある。しかし、この世界はそれを我々に認識させる前提で作られていない。それに、十言にもそれを暗示するような言はない」
リギルは意識的に深く呼吸した。ウリウスの論には納得せざるを得ないものを感じた。もちろん、そもそもリギルの質問に確証ある正答を供し得る人間などあり得ない。しかし、少なくともこの世界で最高峰とも言うべきウリウス自身がそう考えているというだけでも、それはほとんど論駁の余地がない気がした。
「分かった。あなたの論は至極妥当と思える。では、あなたもやはり、この天での人々の振る舞いはクルのご意思に適うもの、我々をお作りになったクルが、本当に我々に望んでいたことだと言うのだな?」
ウリウスは、ゆっくりと頷いて答えた。
「儂はそう考えておる。儂は、この世界の、その表す通りのところがクルのご意思なのだと信じておる。まあクルが支配する世界なのだから、むしろこれは当然の話と言えるかもしれん」
リギルは、まっすぐにウリウスの目を見ている。
「しかし……そうか。もちろんお前さんの言いたいことも分かる。その上で、儂の考えを先に言っておこう」
リギルは動じることなくウリウスを見つめていたが、内心では正直がっかりしていた。おそらくウリウスはリギルが心に抱いている問題を自ら読み取り、その誤謬を完膚なきまでに解き明かしてしまうつもりだろう。
知の王と呼ばれるウリウスをして、リギルはもはや反論の余地を得ないほどに、この天に異議を唱えることの無意味さを思い知らされるのだろう。もしかすると、それで良いのかもしれない。これは負けではない。勝ち負けではないのだ。しかし……。
リギルはウリウスがどんな正論を吐こうとも自分自身の心だけは折れてしまわないように身構えた。