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ついにその時が来た。殿堂に行ったソハカは部屋に戻ると意気込んで行った。
「リギルさん! ついに来ましたよ。今52番です。いよいよ次ですよ」
二人は、もう一度だけ宿舎で睡眠をとって、後は部屋を出て殿堂の前で待機しようと相談して休んだ。
「リギルさん。リギルさん。そろそろ行かないと、順番が来ますよ」
リギルは、ソハカに揺さぶられて目を覚ました。殿堂に入る際は部屋を明け渡すように言われていたので、二人は宿舎の婦人らに挨拶して、殿堂に向かった。
ところが、二人が殿堂に近付くと、すでに多くの人々が入り口に集っていた。門番の大柄の男が、互いに押し合わないよう大声で制止していた。
リギルとソハカは、人ごみに入り込まないようにゆっくりと入り口に近付いて行った。しかし、いつの間にか自分たちの後方にも大勢の人々が入り口を目指していて、二人は仕方なく流れに身を任せて殿堂の中に入り込んだ。
中は非常に高い天井の大きな広間になっていて、人々は入った順に整列させられて、一人ひとりが番札を確認されていた。リギルとソハカも人の列に並んで番札を用意した。
確認の男がリギルに言った。
「番札をご提示ください」
リギルは黙って53番と書かれた番札を見せた。
「質問者ですか?」
リギルが
「そうだ」
と言うと、男は返事もせず次に並んでいるソハカに同じことを尋ねた。
「番札をご提示ください」
ソハカは黙って53番と書かれた番札を見せた。
「質問者ですか?」
ソハカは、一瞬躊躇したかに見えたが、
「いいえ、前の者の付添いです」
と答えた。すると男は
「お連れ様には番札は必要ありません」
と言うと、手を差し出した。ソハカは自分の番札を男に渡した。男は返事もせず次の者に同じように確認を進めていった。
リギルは殿堂の中を見回した。おそらく数百名いる。リギルとソハカはそのちょうど真ん中くらいにいた。
「静粛に」
だれかが大声で言った。直後に入り口の門が大きな音を立てて閉ざされた。騒然としていた人々が次第に落ち着くと、また声がした。
「それでは、ウリウス様との接見にあたり、諸注意を申し上げます」
男の太い声は反響して、一瞬どこから聞こえているのか分からなかったが、一同が何か厳粛な雰囲気に飲まれたように静まり返ると、それは天井近くにある出窓のような場所に立っている男が発したものだと分かった。
「接見の順序は今並んでいただいた通りといたします。接見の間には質問者一人が入ります。質問者以外のお連れの方は同時に入れますが発言は一切禁止、質問者への助言などの会話も遠慮してください。許されるのは質問者本人とウリウス様との一対一のやり取りのみです」
男はいったん言葉を切ったが、だれ一人他の者と話したり、音を立てたりしなかった。
「なお、質問者に許される質問はいかなる場合でも最大3つまで。あるいは、それに至らない場合でも途中で制止された場合には接見は終了となります。以上に従わない時は強制的に排除いたします。みなさん、これはウリウス様の善意による機会ですのでくれぐれも心得違いなどなきよう。お願いいたします」
男はそう言い切ると、一礼してさっさと立ち去った。一同がその男に注目している間に、いつの間にか人々の背後に何人も女性が立っていて、そのうちの一人が整列している人々の先頭の人に近付いて言った。
「それでは、ご案内いたします。私の後に続いて、ご順に移動願います」
その声をきっかけに、人々がどっと喋り出したので殿堂内は一気にまた騒然となった。殿堂の入り口の門が再び開かれて外の光が差し込んだ。人々は先頭の女性に着いてゆっくりと進んだ。広間から出るとすぐにとても長い通路があって、先頭の人々は途中で左に折れて進んでいるようだがリギルとソハカのところからは先頭の様子はあまり見えない。とにかく前の人に続いて二人はだらだらと進んだ。ソハカは通路の天井や壁を右、左と興味深そうに眺めている。リギルはかなり緊張した面持ちで頭をまっすぐに上げ、いつもより歩幅を大きくして進んだ。
しかし、実はリギルは内心かなり不安だった。今聞いたばかりの説明を頭の中で何度も繰り返し確かめていた。質問は3つまで。ということは、ふつうに会話をするようにではなく、あらかじめ聞きたい内容を整理して3つに絞り込んだ上で端的に問いを発する必要がある。噂から推測するには、もっと親身になってこちらの話をよく聞いてくれると期待していたが。
あるいは、リギルのほうが特殊なのだろうか? そう思って見れば、この行列を作っている人々はどちらかというと、何というか……失礼な言い方だが、だれもそれほど深刻な顔をしていない。みんな、何かを見物に来たかのうように嬉しそうに笑いながら思い思いに期待を話している。
ソハカにしてもそうだ。ソハカは明らかに浮かれている。リギルは何か自分だけが深刻そうにしていることのほうが場違いな気がしてきた。