8
指定された儀式の日が近づいた。この晩、会衆の男たちは全員が会所に参集した。明朝に出立しなければ儀式に間に合わない。会所は重苦しい静寂に包まれ、一様に黙って俯いた男たちを燭台の灯りだけが照らし続けていた。
クセルは徐に一度振り返ってクル像を見ると、次に一人一人の目に順繰りに訴えるようにして言った。
「クルを知る者はみな天にある……たとえ形ばかり屈しようと我らの心には常にクルがいる。このことを忘れてはならない」
もちろんこれは、何度も繰り返し議論されたことである。しかし時に及んで会衆の者はほとんどが黙って頷きクセルに賛同を示した。
だがリギルがクセルの目を睨み返すと言った。
「クルを象ればクルが宿る!クルのほかに神はいない!」
クセルが苦々しい表情でリギルを睨み返した。これも何も新しい発言ではない。そしてここにいる誰もがリギルの言い分にいかなる反論もし得ないことを承知していた。
リギルはクセルの唱えた『クルを知る者はみな天にある』という十言に対し、別の2つの十言『クルを象ればクルが宿る』『クルのほかに神はいない』をもって反論したに過ぎない。会衆はこの日に至るまで延々とこの議論を繰り返していた。
「やはり俺は逃げる」
リギルは宣言した。
「俺は今夜、妻を連れて逃げる。クラサキに身内がいる。とりあえずそこへ向かう」
クセルは思わず立ち上がって叫んだ。
「そんなことをすれば私たち全員に、ああ、それだけでなくクラサキにまで危害が及ぶ。軽はずみな行動はよせ!リギル」
「クセルよ。あなたはいつも洞察深く信用できる俺たちの兄貴だ。しかし今夜ばかりはあなたに従うわけにはいかない。俺は行く。たとえ殺されようと、これが正しい道だ」
リギルはそう言うと席を立った。クセルは呼び止めようとしたが言い得る言葉が見つからないまま立ち尽くしていた。何人かが深くため息をついた。
リギルは会所を出ようとしたが不意に立ち止まり、男たちを振り返ると大声で言った。
「マセル。いっしょに行こう!」
男たちはハッとしてマセルの顔を見た。マセルは何も答えなかった。