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「陥りやすい思考だ」
ソハカは反射的に答えた。
「しかし、それこそ人間の勝手な解釈というものですよ。それに……」
ソハカが途中で話をやめたので、リギルはソハカの顔を見つめて黙っていた。
「……言わせてもらえれば、リギルさんはまだ全然足りないんですよ。たぶん」
「足りない? 何がだ」
「時間ですよ……。リギルさんが天に来る以前に、ここに暮らしている人間にはすでに圧倒的な時間があった。たとえばあなたの好きなそのイラという女性。それにあなたが天で見た人たち。彼らが、どれほどの間ここで暮らしているか想像してみてください。もしかすると彼らも最初は戸惑ったんじゃないかな? あなたと同じように。しかし、圧倒的な思考の猶予があった。現世では考えられないような膨大な思考です。きっと、思考の絶対量は決定的だ」
「……つまりは、俺がまだ何も知らないから?」
「いや、知ることももちろんだけど、知らないというより、考えることです」
「……」
「もちろん、その考えそのものが常に推移するものです。すべてを考え尽くしたなどと言うことはウリウス様でも不可能でしょう。思考の結果に確たる保証を与えることなどできない。人間である限り。でも、人間に考えることを許したのもクルのご意思でしょう? よく考えもしないでそれ自体調整しろなんて、間違っていますよ」
リギルは反論する言葉を失った。
「いちいちもっともだな。確かに今の俺は、自分でも何をどうしたいのか分からない。まるで子供だな」
「いいえ。それはいいんです。それは自然なことだし、それがリギルさんの良いところとも言える。ただ、とにかく人間がクルに向かって何を調整しろ、なんて指図できるはずないです」
ソハカの物言いは断定的で、取りようによってはかなり高圧的だ。しかし、リギルはなぜか気にならなかった。むしろ天に来てこのかた、初めて素直に信用できる友を得たような気がして嬉しかった。
「ところで、前から気になっているんだが、その、ウリウス様というのはだれだ?」
ソハカはそれには答えず、黙って考えていたかと思うといきなり大きな声を出した。
「行ってみましょうか! ウリウス様にお会いするんです!」
リギルはなぜか急に可笑しくなって笑いながら言った。
「だから! そのウリウスってのは何者なんだよ」
「え? ああ……すみません」
ソハカも釣られて笑った。
「ウリウス様は、知の王と呼ばれる方です」
「知の王?」
「そうです。その知恵は他に並ぶ者なく、世のすべてを知り尽くしたお方ということです。資料にもあります。確か……」
ソハカは違う資料を出してまたリギルに見せた。
「ウリウス様はどんな悩みでも聞いてくださると書いてありますよね? 思い切って行ってみましょうよ、そこへ」
「ソハカは会ったことがあるのか?」
「とんでもない。とても偉い方ですから。それに、本当に、真剣に悩んでいる人じゃなければ失礼です。……書いてあるでしょう? 冷やかしなんかでいい加減な質問をして、逆鱗に触れて追い返されたって話」
「ああ、書いてあるが……なんか、胡散臭い話だな。なぜそんなにお偉い人が、わざわざこんな粋狂みたいな真似をする。悩みを募ってそれにいちいち答えてやるなどと、それが知の王と呼ばれる者のすることか?」
「でも、リギルさんは本当に迷いがあるのでしょう? だから一人でその答えを探し歩いていたんでしょ? 会う資格がありますよ」
「ソハカお前、俺に託けてそのウリウス様ってのに会ってみたいだけなんだろう?」
「はは……でも、会うべきですよ」