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リギルは感慨深くその話に聞き入っていた。知の殿か……確かに、何の知識もなくひとりで考えようにも、大した考えなど浮かんでこないことは実感した。今の自分にとっては知ることこそ一番大事なのだ、リギルはその思いをあらためて強くした。
「話が逸れてしまいました」
ソハカが続けた。
「それで、リギルさんはどうして死んだんですか?」
別に聞かれて困ることでもないが、リギルは、ソハカが自分のことをずけずけと尋ねる理由が分からなかった。
「あ、すいませんつい。どうしても人の問題に首を突っ込んでしまう癖が抜けなくて。すみません」
「いや、別にいいんだが、どうしてかと思ってね」
「すみません。じゃあもっと単刀直入に聞きましょう。リギルさん、何をそんなに悩んでおられるのですか?」
リギルは、あまりにも率直なソハカの物言いが可笑しくなってきた。
「……はっは、おかしなやつだな。そんな聞き方があるか」
「はは、すいません」
リギルはこの若者が決して嫌いではなかった。リギルは生前の経緯を話して聞かせた。また、ソハカのことも聞いた。それと、リギルが何に悩んでいるのか、何を疑問に思っているのかについても話し合った。
「……つまり、調整というのが本当なのか、本当にあるとして、それがクルの意思に適った正しい調整なのか。そういうことですね?」
「うん、まあ、たぶんそうだ」
「なるほど。それはすぐに答えられる質問ではないな。でも確かに、同じような疑問を持つ人はいます。決して特別なことではありません。ただ、たいていは天に来てしばらくするとそういう悩みは自然に解消します」
「そうなのかもしれないが……」
「もうすぐ知の殿の町に着きます。リギルさん。知の殿には、そういう話が好きな連中がたくさんいます。役に立つかもしれません。その前に、用事を済ませないと」
色欲の町と同じように舗装された道があった。ただ色欲の町よりも広々としていて、高い建物はあまりない。家並みが整然と続いていた。
ソハカは一軒の大きな邸宅の前で車両を止め、リギルに言った。
「リギルさん、しばらくここで待っていてもらえませんか? 僕はこの基礎材を引き渡してこないといけないので」
「いいのか? 何なら手伝おうか?」
「いいえ。この車両ごと置いてくるだけですから。でも少し時間がかかるので」
ソハカはリギルを中に案内して、中にいた一人の女性にリギルを紹介してくれた。
「それじゃリギルさん。僕ちょっと行ってきますから」
ソハカが出て行った後、女性に連れられて部屋に入ると、女性は
「ソハカの母親です」
と名乗った。ソハカから何も聞いていなかったのでリギルは慌てて挨拶した。
「ああ、そうでしたか。リギルと言います。いきなり失礼かと思いましたが、旅の途中ソハカさんにお世話になり、ご厚意に甘えておじゃましました。お許しください」
「お気になさらずに。ソハカはいつもそうなんですよ……資料をお調べとか。どうぞご自由にご覧になってください」
母親は反対側の壁にある棚を手のひらで指して示した。棚には石板を磨いたような四角いものがずらっと並んでいて、側面に何か書かれていたがリギルの知っている言葉ではなかった。リギルはそのひとつを手に取った。ずっしりと重い。リギルは立ち去ろうとする母親を呼び止めて聞いた。
「失礼。これはいったいどこを見れば……」
「あ、ごめんなさい。これはこうやって、まずここを押しますと……この中で、リギルさんが一番読みやすい文字を探して、指で触れてください」
表面が明るく光って、枠の中に文字の羅列らしきものがあった。それは書かれたものではなく白い光の中に浮かぶように表示されていた。リギルが順々に目で追っていくとその中で一行だけ「スムクール語 或旧バツカノ圏」と読めるところがあった。
「この字に触れればいいのですか?」
母親が頷いた。そこを指先で慎重に振れると表示されていた文字の羅列が消えて、何か別の文書が現れた。今度はリギルの知っている文字ばかりで書かれていた。
「なるほど……」
リギルはそこに書かれている内容以前に、その仕組みそのものに大いに驚いた。