3
リギルはソハカの誘いに応じて知の殿の町に向かうことにした。
「これに乗って行くので、馬機のようにはいきませんが」
ソハカは天氷からできた基礎材を知の殿に運ぶために来ていた。ソハカの車両は真四角の荷台が後ろに着いた大きな馬車のような形で、前部にある座席にソハカが先に乗り込んだ。リギルが続こうとすると、見送りしてくれていた年配の男が食べ物を包んだ袋をくれた。
「途中で食ったらいい」
リギルはその男と初めて話したので、少し戸惑いながらも礼を言った。
「ありがとう。それに、あの鹿、あれはあなたが作ったのですか?」
男は黙ったまま頷いた。
「素晴らしい技術ですね。とても驚きました」
そう言うと男は初めて笑顔になった。
「では行きましょうか」
ソハカが促したのでリギルも座席に乗り込んだ。ソハカが座席の前の機器を操作すると車両がゆっくりと前進を始めた。リギルが振り返ると、男はいつまでも立って車両を見送っていた。
「あの人は、技巧殿の人なのか?」
「そうです」
「名前を聞くのを忘れてしまった。すっかり世話になったというのに」
「カワダです。彼も無口なのでね。とっつきにくいけど、いい人ですよ」
周りには、さっきの工場と似たような大きな蔵のような建物が所どころにあった。人も何人かは見えた。リギルは窓の外の景色が流れるのが面白くてずっと見ていた。しかし、街道が分岐していて、そこから曲がると建物はなくなり、また道だけがずっと続いているだけになった。
「リギルさん、腹がすいたらそれ、食べてくださいね」
「ああ、ありがとう」
リギルは、男がくれた袋から1つ丸いパンのようなものを取り出して、かじった。
「うん、美味いなあこれ。とても甘い」
リギルは感心しながらあっという間に1個食べた。ソハカは何も言わず微笑んでいた。リギルが一息ついたのを見計らって、ソハカが話し始めた。
「それで、リギルさん今おいくつですか?」
「ん、ああ、俺はちょうど50歳だ。死んだ時点ではね。ここでは歳を取るということはないんだよな?」
「はい。ずっと50歳のままです」
「そうか……分かってたら、もっと若いうちに死ぬんだったかな? はっはっは」
冗談のつもりだったが、ソハカはクスとも笑わなかった。
「そうとも言えませんよ。現世での体験は貴重だ」
「ソハカさんは何歳?」
「僕ですか? 僕は14歳です」
「え?」
リギルは、ソハカが見た目よりさらにすごく若いので驚いた。
「見た目と違う?」
「まだ子供と言ってもいい歳だ。それにしてはしっかりしている」
「まあ、天に来て長いですからね。それに、たぶんリギルさんの時代と僕の時代では、同じ年でも随分違って見えるんでしょう。だってリギルさんも、僕から見るととても50歳とは思えないですから。僕の時代、50歳と言えばもう、ほとんど老いぼれですよ」
「なるほどな」
「そう、そう言えば、現世の歴史を綴った資料もあったな……それを見ればリギルさんが生きていた時代のことが出ているかもしれませんよ」
「なるほど……現世では、歴史は何年くらい続いているものなんだろう」
「ううん、その全体像はまだまだ未知です。かなり判明している部分もあるのですが、所どころ抜けているらしくて。推測ですが、クル教がひどく衰えてしまったか、特定の時期の人たちだけ天に現われないのか、そういうのがいくつもあるのです」