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「現世……」
リギルは、ソハカに素直な好感を抱いた。率直で端的な物言い。おそらくそれは他意がないからだろう。人をそのままその人として見る。当たり前のようなことだ。つまり、ふつうだ。しかし、それが却って新鮮に感じられる。
リギルの思いを察して、ソハカが言った。
「リギルさん。あなたは天に来て少し戸惑ったのでしょう。いずれにしろ、それで旅に出るとはまた思い切った話ですが。引き合わせの方とお話になりましたか?」
「引き合わせか」
「そうです。あくまで一般にですが、そういう場合にはまず引き合わせの方に話が行くのが通例だと思いますから」
「まあ、問題といっても具体的に何か起こったというわけではないし。ただ、私自身思うところがあって、それで我がままを言って旅することにしたのだ」
「まあ、それも決して悪いことじゃないでしょうが。それより、私の家にお出でになりませんか? 私は知の殿の町におります。いろいろ知りたいのなら資料が役に立つかもしれません。それに……」
「それに?」
「はい。私の当て推量ですが、もしかするとあなたは知の殿の町のほうが馴染めるかもしれないですよ。そんな気がしたんです」
リギルは少し考えた。
「その資料というのは、どういった?」
「そうですね。たとえば各都市群の成り立ちや歴史、あ、天氷の資料もあります。とにかく、人に聞いて回るよりはこの世界のことがよく分かるかもしれません」
見てみたい、とリギルは思った。少なくとも、これ以上一人でやみくもに動き回ったところで仕方がない。
「しかし、そんなものがあるなんて、他では聞いたことがない」
「色欲の町辺りなら当然でしょうね……でも、知への欲求は性より根源的だとウリウス様が仰っています」
そこへさっきの年配の男が入ってきた。男は黙ってソハカに作ったものを手渡した。
「ああ、ご苦労だったね。ふん、これは良くできた。リギルさん。これでどうです?」
リギルはソハカに手渡された物を見た。手のひらに収まるくらいの、すっと伸びた細い脚が華奢な印象を与える小鹿を象った透明な置物だ。リギルはふと心配になってその細い脚を爪で弾いてみた。
「天氷でできているので折れたりする心配はありませんよ。どうですか? 気に入りましたか?」
「うん。これは素晴らしい。こんなきれいな置物は初めて見た。でも、天氷をこのように細かく加工するとは、いったいどうやって?」
「それが技巧殿と呼ばれる所以ですよ。現世で用いられた技術のようです。彼らがいなければ、これほど都市は発展しなかったでしょう」
「技巧殿の町はここから近いのか?」
「いや、ここは掘削用の工場ですから、町まではかなりあります。途中にも工場や宿舎が点在していますが、馬機で行くとしても町の中に入るには三日くらいと言ったところでしょう」
「ふうん」
「しかし、私はもう知の殿に帰ります。リギルさん、これからどうされますか? もし嫌でなければ知の殿に行きませんか?」
「そうだな。正直言って、一人でうろうろしていても何の解決にもならないと考えていたところなんだ」
「そうでしょう? そうしましょう。私もリギルさんともう少し話したいですし」
リギルはすっかり冷めてしまった褐色の種煎茶をごくりと飲んだ。強い苦みがあって驚いたが、もう一度ゆっくりと味わってみると、その苦味が心地よい美味さに感じられた。